1968の年のデトロイト、空港でチャーターバスに乗り込んだら「ミスター・フジオカ?」と呼びかけられた。黒人男性の声だった。運転手の脇にある椅子に大きな男が坐って、視線を宙に、返事を求めている様子だった。ミスター・オーウェル。ぼくの声で、ぼくの現われたのを知ったのだった。前の年、彼の運転で数日デトロイトを走りまわった。その彼が、盲目で現れた。日本人の妻をもつ彼を「日本通」だからと、同僚の黒人ドライバーがアシスタントに推薦したという。Black is beautiful! が叫ばれていた。騎馬巡査が二人組になって物騒な町をパトロールし、見本市会場では、警備員が拳銃をむき出しで腰に差している、それが格別におそろしいものに思えなかったとき、オバマ登場40年前のことだった。月刊誌『工業英語』の巻頭言には、こうした番外がいくつか積み残されている。
藤岡記
宇宙を説明するとき、限りはあるが果てはない、という言葉が使われる。それはまるで球面を撫でるごとくである、ともいわれる。限りなく深い学問がなければ理解できないものと思っている宇宙を、身近なゴムボールを連想するような譬えで説明されると、不思議なもので、事柄は、さらに理解できなくなってしまう。
宇宙は膨張し続けている、ときくと、ゴムマリが火に焙られて大きくなって、よくはずむようになるのを喜んだ冬の日の子供のときのことが思い出されて、宇宙の話はどこへやら、正月のモチを火鉢で焼いて、ぷッ、と膨らむのを今か今かと待った話、モチは乞食にやかせた方がよい、なぜならば、ひもじさから待ちかねて、よく返すからといわれて、なるほどそういうものかと合点したこともあったと、つぎつぎと思いだされる。
Robert A. Millikan(1868~1953)という、電子の電荷を測定する実験でノーベル賞を得た大物理学者が、宇宙線を研究していて“The Creator is still on the job.”といったときくと、宇宙が分らないことでは、学者も我も御同様ではないか、と思ってしまう。(このミリカンの言葉を訳してみてください。【この質問に答える】※この質問は締め切りました
果てがない、を技術の方ではendlessという言葉を使い、無限、と訳す。たとえば、endless belt, endless trackだ。たしか社史にあった。アメリカ西部の軟弱な地表を拓くために開発されたCaterpillar tractorの「無限軌道」は……と。“Caterpillar”はまだ固有名詞だった。大上段に構えて勇ましい文言だった。「これぞ技術と哲学との意義あるmarriageのひとつだろう、人間が、無限を手中に収めたのだから……」。こうまでいってしまうと、この連想もそうかそうかと素直に聞けなくなるが。
上記ミリカンは、電場を落下する油滴に、X線をあびせて荷電させ、その変化を観察し測定することで「電気の原子」を証明した(1909年)のだが、これまでの「水滴」ではなく「油滴」を使う発想で得られた成功だった。それはマニトバ平原を走る雨に打たれる車窓から荒涼とした光景を眺めているとき、ふと、ひらめきがあった、とうのである。
“What a fool I’ve been to try in this crude way to eliminate the evaporation of water droplets. (水滴が蒸発するのを防ごうと、こんなひどい方途でやっていたとは、なんと間抜けだったことか)”。さらに続く。「人間は、この三百年もの間、時計の油を改良し続けてきたが、その目的はといえば、蒸発しない潤滑油を得んがためではなかったのか?」
沼沢に敷かれたレールをしゃにむに走って、決して快適とはいえない旅を強いられていたメリカンの脳裏を駆け巡った発想は、科学の歴史にMillikan’s experiment(ミリカンの実験)、oil droplets(油滴)を記録する。
もっとも、この天才メリカンの夫人は、連想の方の人であったらしい。あるとき、晩餐に招いた客に、実験が手間取っているので先に食事をしてくれ、“I have watched an ion for one hour and a half and have to finish the job.(あと一時間半ほどイオンを観察して、それで仕事がかたづくのでと、そういっておくれ)”、と夫人に言付けを頼んだところ、夫人は客に、……washed and ironed(洗濯してアイロンかけて)と伝えた、というのだから。
(JANUARY 1978)
【お断り】11月9日号の本欄でラッセル卿、「公開講座 第5回」(11月2日号)でディケンズの言葉を引用して皆さんの【この質問に答える】をお待ちしていましたが、元気に挑戦してもらいました。12月7日号のブログ『翻訳以前』で詳しく解説し「優秀作」を紹介します。
【この質問に答える】では、本文中に登場する短い英文の翻訳を受け付けております。お寄せいただいたなかから、
藤岡先生が選んだ優秀作を選出、誌面で発表します。選ばれた方には\500のアマゾンギフト券を進呈します。みなさま、是非、ご参加下さい!



























