入門翻訳勝ち抜き道場

巻頭エッセイ

1968の年のデトロイト、空港でチャーターバスに乗り込んだら「ミスター・フジオカ?」と呼びかけられた。黒人男性の声だった。運転手の脇にある椅子に大きな男が坐って、視線を宙に、返事を求めている様子だった。ミスター・オーウェル。ぼくの声で、ぼくの現われたのを知ったのだった。前の年、彼の運転で数日デトロイトを走りまわった。その彼が、盲目で現れた。日本人の妻をもつ彼を「日本通」だからと、同僚の黒人ドライバーがアシスタントに推薦したという。Black is beautiful! が叫ばれていた。騎馬巡査が二人組になって物騒な町をパトロールし、見本市会場では、警備員が拳銃をむき出しで腰に差している、それが格別におそろしいものに思えなかったとき、オバマ登場40年前のことだった。月刊誌『工業英語』の巻頭言には、こうした番外がいくつか積み残されている。

藤岡記

 
エジソンは、ダイナマイトを埋めた……
藤岡啓介
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「暁鶏一たび改暦を報じて一週日間、金銭の我を圧するなく、権勢の我を苦しむるなく、利慾の我を奪うなく、頂天立地、縦横無碍(むげ)大自在あるのみ……」。明治の人、秋水幸徳伝次郎は、新しい年を迎えるに当って、「楽しい哉新年……」と筆をそめて、こう書き残している。

年が改まることは、暦だけの仕掛けでなく、ひとの魂(こころ)をいっとき過去から解き放ち、自由自在に想いを馳せることを許すものだ。自分の能力の限界があったとしても、この想いの中では無限の可能性があるし、無事息災を念じても、全くの善哉で、そこに不安はない。

気宇大きく、天下を論じ、生活にも仕事にも、夢を懸ける……。そして三百六十五日、夢と現実の狭問に生きていく。現実が夢に傾きすぎると、矛盾が激しく生じて破局をもたらす。秋水が無惨に刑に処せられたのも、夢は世直しであり、現実とは、爆裂弾の製法をひとに問うたという一事であつた。

近代化学の生んだ化物、ニトログリセリンという液体を、ダイナマイトという形におさめて扱いを安全にさせたAlfred Bernhard Nobel(1833~96)にも、夢と現実の矛盾はあった。危険な爆発エネルギーではあるが、鉱山に、運河、鉄道、道路建設に欠くべからざるものであろう、そして、そのすさまじい威力は、ひとびとをして、戦争などという破滅行為を思い止まらせることになるだろうと。これは夢だった。現実にはノーベルは必要以上の巨富を得、国防のための地雷ではなく、侵略のための火器に力を貸すことになっていたのだ。あの、ライト兄弟が、飛行機の発明で、戦争は無意味なものとなろうと確信していたにもかかわらず、彼らの発明が悪魔に翼を与えることになったのと同様に。

ニトログリセリンは、狭心症などの特効薬としても使われている(1885年以来)。あるとき、1錠当り1万分の6グラムの入った錠剤の小ビンを、賭けをした農夫が一度に飲んで即死したという話が残っている。道ばたで死んで凍っていた死体を、農場の事務所に運び込み、せめて凍えだけでも解かしてやろうと暖炉のそばに置いていたら、死体の中のニトログリセリンが爆発し、事務所もろ共、吹き飛んでしまった。人間のおぞましさを教える話ではある。

Thomas Alva Edison(1847~1931)は、1868年に、ノーベルのダイナマイトのことを知った。早速に実験にとりかかった。ほんのわずかの量でしか試みなかったのだが、予測以上の効果のあることが分った。エジソンは、急いで爆薬を薬びんに封じ、ひもでからげ、さらにいく重にも紙にくるみ、早朝の六時、ボストンはステート通りとワシントン通りとの交叉する角に深く埋めたという。エジソンは、生涯、その発明は千件を越え、archetypal inventor, genius of technologyといわれたが、地球を汚したり、人をして愚かな賭や争いにかり立てるような発明はしていない。ボストンの街角に、その「賢明さ」を示す証拠が、いまも残っている……そう信じたいのだが。

歴史は厳しく、ひとは甘く夢を追う。ノーベルの矛盾がこの世に贈ったノーベル賞までも、矛盾の謗りを免れ得ないで今日に至っている。「縦横無礙」にことを興すことと、人の世の力には限りがあること、その両つながらを、だれが捌き御すことができるのだろうか。

(JANUARY 1977)

2009年4月27日号