書きたいことがあって書く、書くからには、エッセイという伝統を踏まえた文章を書きたい。その伝統とは何か――藤村や独歩、漱石のスケッチか、それとも、いやいやそんな議論ができるほどの教養はない、書く、一つのことを書く、そうだ、この話を聞いてほしい、読んで欲しい、と願って書く。たった一、二行ですむことを「文飾」する。「大事に育てていた小兎が、どうしたことだろう」、ヘンリーのことを書くのに、この冒頭がなかなかに出てこなかった。書き終えると、この冒頭だけが残った。うまかったな、と。『工業英語』(一九七四年創刊)の読者には、永いことぼくの自己満足にお付き合いいただいた。
藤岡記
そこへ行きさえすれば、金(ゴールド)がある。道具も技術も、そんなややこしいものはいらない。ただ拾うだけだ、掬うだけだ。Friscoの新聞に載ったたった11行の記事におどって、鉱山(やま)の玄人も素人も、金持ちも貧乏人も百姓も兵士も、それにならず者までも、人々は黄金の川で金を掌にすることを夢みて、シャベルにフライパンに、ナイフとランプをぶら下げて、カリフォルニアに向った。1849年の春のことである。歴史は、この人々のことを、後にThe Forty-ninersと呼んだ。
それからちょうど十年たったとき、ペンシルバニアの片田舎、山ぞいの小さな部落で、ドレーク(Edwin L. Drake, 1819~1880)が、初めて石油を掘り当てた。ドレークは蒸気エンジンのリグ(掘削装置)を使って、地表から69フィートと半フィートほど掘り下げ、油脈を探り当てたのだ。土の下にオイルがある。新しい灯油の出現だ。儲かる。十年前、「金」には走らなかった人たちも、今度は東へと群がった。たちまちデリック(矢倉)を組上げて、油井を掘り始めた。人口百人であった小さな部落のピット・ホールは、四本柱の矢倉の森となり、六ヶ月間で一万四千人の町に膨らんでしまった。
油が出れば、樽がいる。一本の井戸から一日25樽の油が溢れていた。大工も百姓も、近在ではだれもが樽づくりに精をだした。一ドルもしなかった樽の値段が、たちまち倍の二ドルに跳ね上った。
なかでも、グリンリー(Greenlee)は秀れていた。農家を営む中で双子の息子たちと一緒に発明した樽づくり機が、時を得て面白いようにさばけた。機械も樽も売れて、貯えも増えた。野良と仕事場で育てた双子は二十一歳の若者になっている。教育も必要であろうと、考えた。息子たちは、大学に通った。だが、大学にはゴールドもオイルもありはしない。双子は、学問よりも、機械づくりに精を出すことが自分たちに向いている、と思った。
あるとき、父親のエドモンドは、双子の兄弟ラルフとロバートを前にしていった。「お前たちは、この樽機械のことはなら何もかも知っている。こいつは、街の機械だよ。おれは、百姓仕事にこいつを作るが、お前たちは図面を持って街に出ていくがいい」
一八六二年、双子の足弟は、同じ服を身に着け、同じように胸までかくれるあごひげを蓄えて、オハイオ、インディアナを越えて、シカゴにやってきた。双子であることの得を考えた。セールスの行動範囲が常人の倍の倍となるだろう。客先では、兄弟のどちらを相手にしても、同一人と思うだろうから。夜学で専門知識を学ぶにしても、一人が月謝を払えばよい。
シカゴで始めた機械・工具の製造販売は成功した。いたずらもやった。どちらかがレストランでたっぷりと食事をとる。その後に、同じ服、同じ顔、同じひげのもう一人がやってきて、同じ席を選び、全く同じメニューを注文する。ウエイターが、肝をつぶすのを見ても、そ知らぬふりで澄ましこんでいる……。
お茶目の双子がしたことは、これだけではなかった。一八七六年のフィラデルフィア百年祭見本市で、世人をあっと驚かす大発明をしたのである。“Round bit, square holes!! (丸いバイトで四角の穴を)”。木工機械工作技術の革命だった。往復運動をするベッドにとりつけた角形のchisel(のみ)と、そののみの中に組み込まれた回転バイト。ほぞ穴の加工が一工程でできるようになったのだった。
それからさらに百年。双子の兄弟は逝ったが、Greenlee Bros. & Co.はロックフォードに残り、金属加工の専用機メーカとして、世界の航空機、乗用車を生み出しているのである。
(JULY 1976)
【補記】1976年であったか、あるいはその前年だったか、数人のエンジニアを案内してシカゴから小さな町のロックフォードに飛び、グリンリー・ブラザーズ社を訪ねました。飛行場でタクシーを呼んだらお年寄りが来てくれて、もう1台必要だというと、「すぐ来るよ、わたしの妻が運転してるんだから心配ないよ」といってくれました。町にはタクシーは2台しかないとの話でした。ここに書いた双子の話は訪問時にもらった社史で読んだものです。今はWEBに、お髭のある双子の兄弟の写真も出ています。History - Greenlee A Textron Company



























