ぼくは日記を書かない。仕事の中に封じ込めた。あのとき何をしていたか、書いたものを読みながら辿っている。得意の日々もあったが、およそは苦闘、苦悶の日々だった。そうしたとき、これだけはと、執念を燃やして書き続けていた。月刊誌『工業英語』の巻頭言。1974年4月から1987年3月まで、13年間毎月、横組み1300字という制約の中で書いてきた。日本の技術者に言葉を与えよう、という高ぶった気概で書き出した。これを読んでくれれば、時事英語も商業英語も工業英語もおのずと習得できるはずだ、差別も公害も戦も無くなるはずだ――それはだって「魂」の問題じゃないか。そして今読み返してみると、同じことを呼びかけたくなった。翻訳者の皆さん、再掲、お許しのほどを。――「けれども、私は、信じている、この短編集、『晩年』は、年々歳々、いよいよ色濃く、君の眼に、君の胸に浸透していくにちがいないということを。私はこの本一冊を創るためにのみ生れた。」これは太宰治の言葉だが未だに忘れられないでいる。
藤岡記
だれでも、自分の生涯の出来事を物語として書けば、一篇の小説を著わすことができよう、とイギリスの作家ローレンスはいっている。たしかに、われわれひとりの生涯は、その人ならではの、きわめて特徴に富んだドラマであり、それを書き表わせば小説となるであろう。われわれは、ものを書く力を教育により授けられている。そのための専門教育を行う機関もあれば、必要な情報を得るための手段も、一般に広く知られている。ほんとうに小説を書けるのかもしれない。
小説を書く力だけではない。絵画、音楽、芸能、スポーツなどにしても、素人と玄人との力量の接近がきわめてはげしい。天才を別にすれば、素人と玄人との違いは、それを職業にしているか否かにあるように思える。
技術の世界でも同じことがいえよう。素人が飛行機を作ったり、家を作る。そのための理論、知識、材料、道具(機械)は、必要とあれば、いまだれにでも簡単に手に入れられるようになっている。創作ということでも、製作ということでも、素人と玄人の域が狭まってきたとき、一体、玄人はなにによって才能を発揮し、己れの存在を世の中に訴えることができるのだろうか。
ローレンスは、先の言葉につづけて、最初の一冊で成功しても、第二作、三作と続けて水準以上の作品を著わすことができなくては、小説家とはいえない、といっている。これが、玄人であることの条件に異論はない。だが、これでは、あまりにも古典的な解釈であるような気がする。
そこで、少し飛躍するが、別の視点もある。いま、少年漫画誌が大人にも読まれ、その発行部数に百万を越えるものがあることに、人々は驚いている。なぜ、レベルの高い読者に少年漫画・劇画が読まれるのだろうか。漫画をみると、そこには、愛と憎、美と醜、夢と希望、理想、幸福、破滅、絶望、悲惨、などといった、素人の文学にすらも現われないような、ぞっとするほどむき出しの言葉が横溢している。漫画であれば、衒いも必要でなくなるし、詩人でなくても詩を謳うことができる。玄人の作家が、素人のように振舞う逆説の世界があるように思える。
玄人の創るものを鑑賞する市場が、玄人はだしの技術を身につけ、洗練されているとき、そこに投ずるものは、だれもがかつては持っていて、しかもいまは忘れ去ってしまっている言葉を、ど素人といわれるほどに繰り返し、繰り返し拾い集めることではなかろうか。ぞっとするほどに大上段に構えて、隙があろうとなかろうと、ことを正視することを念じて。
文学や漫画と技術とを同断することはできないが、いまわれわれの周囲をとりまく工業製品をみると、洗練された百の言葉で飾られたものはあっても、百の効用のあるものはない。もっとひたむきに野暮な発想から生まれるものはないものだろうか。
(APRIL 1975)



























