難波裕子さんは、翻訳玉手箱「公開講座 プロになるぞ!!」の二期生、ガブガブさんです。もう1人のお弟子さん「みかんみかん」さんとともに、第二期のお二人は大変デキる生徒さんで、優秀なだけでなくそれはそれは個性的なお二人でした。この公開講座は、「斎藤静代の翻訳勝ち抜き道場」有段者のなかから、斎藤講師に候補者を推薦していただいき、個別に参加の打診をさせていただいております。それから、事前アンケートに答えていただき、可能なら編集部と藤岡先生との面談をもち…と、いろいろな段階を経てスタートしています。
難波さんの事前アンケートには、「2009年夏に翻訳出版の予定」と記されており、本来ならば「プロになるぞ!!」という講座なのですから、プロになる前の方にご参加いただきたいところではありましたが、この業界、予定は未定であり、依頼した段階ではまだ出版されてないことをいいことに進めてしまいました。それから時は流れ、無事に藤岡先生から「送る言葉」が贈られたわけですが、ふと、あの出版はどうなったのだろうと、アマゾンで検索してみると、ちゃんと予定通り出ているではありませんか!ガブガブさん、なんで教えてくれなかったの?!水くさいじゃない、何はともあれ、さっそくインタビュー、となったわけです。難波さんが遠方にお住まいであることから、メールインタビューの形をとらせていただいております。お楽しみ下さい!
―― 翻訳勝ち抜き道場から藤岡啓介の翻訳玉手箱「公開講座 プロになるぞ!!」に参加されての感想をお願いします
長丁場ですから覚悟していましたが、終わってみるとあっという間でした。ちょっと寂しい気がします。ヴィクトリア朝時代の話し言葉を現代の読者に届けようとするとき、いったい文体や口調はどうしたらいいのか、最初のうちは手探りで進めていましたが、後半からは口調も定まり、のびのび訳せたかと思います。やはり外側から眺めているのと、実際に自分で訳して勝負するのとでは違いますね。勝ち抜き道場の方も引き続き参加させていただいていましたが、量的に負担になるほどではありませんし、むしろ同じ19世紀のテキストが読めたりしてよかったように思います。勝ち抜き道場といい、公開講座といい、WEBならではのとても画期的な取り組みですよね。参加させていただいて本当によかったです。ありがとうございました。
―― 改めて、自己紹介をおねがいします
大学ではフランス文学を専攻。就職するも、バブルで浮かれた日本に嫌気がさし(?)、アフリカのケニアに語学留学してスワヒリ語を勉強しました。アフリカ各地をバックパッカーで回り、すっかり度胸だけはついて2年後に帰国。編集業を経て、メーカーで派遣社員として数年、実務文書の英訳やコレスポンデントをやりました。シネフィルで旅好き、山好き。7年前に夫の実家で里山暮らしを始め、農的生活をしながら子育てと翻訳の勉強をして今に至ります。
―― これまでの英語学習歴・翻訳学習歴を教えてください
大学を出た当初は、英語の発音がめちゃくちゃになっていて焦りました。ビジネス英語や工業英語を学ばざるを得ず、受験勉強以来、また基礎からやり直しでした。結局ビジネスの世界は英語ですからね。TOEICや工業英検を受けたりして、仕事=勉強の毎日でした。少し英語がわかるようになって、出版翻訳を意識し出してから、英語でいくしかないと思い、多読の会に入ったりして、改めて易しいものからペーパーバックを読むようになりました。
―― これまでの翻訳学習歴を教えてください
一番最初はフランス語のエンターテインメント講座を受講。途中からは英語に切り替えて、実務から出版までいろんな通信講座を受講したり、オーディションやトライアル等を受けてきました。
―― 翻訳をしようと思ったきっかけを教えてください
本好きだったので、堀口大学や瀬田貞二、矢川澄子など、学生のころから翻訳家はあこがれの職業でした。ただすぐになれるとは思っていませんでし たが。それと自分は「媒体」なのだと早くから思い定めていたところもあります。書くことは好きでも、どうしてもこれを書かねばというものもないので作家にはなれないし、語学をかじった以上これを生かすしかないわけで、必然的に翻訳に落ち着いてしまいました。やり出すと面白くてやめられないという感じです。
―― 公開講座受講中、2009年7月に『いのちの教室』(ライアル・ワトソン著)を出版されました。出版までの経緯や翻訳中の苦労など秘話をご披露いただけますか?
最初は児童書を出している出版社に検討してもらったのですが、うまくいかず、知り合いの編集者に話をして、「大人も読める子どもの本」というコンセプトなら、ということで運よく企画が通り、出版の運びとなりました。大好きな本が訳せて本当に幸せでした。「生きている実感」を味わわせてくれたアフリカに感謝のような思いもありました。南アフリカで育った作者の自伝の形をとった一応子ども向けの本ですが、大人もじゅうぶん楽しめると思います。どこまで本当のことなのか、超リアルな実体験がつづられているようで、幻想風の物語のようでもあり、ちょっととらえどころのないところがありますが、アフリカの豊かさやマジカルな魅力がいっぱいつまった本です。
イラストも素敵ですし、後半は動物好きにはたまらないでしょう。苦労したのはジョークですね。多言語話者である一家が英語らしいジョークをとばしますが、英語だと分かるように訳さねばならないところが厄介でした。それと祖父の死の解釈にかかわる部分に最後まで悩みました。"This was an ancestor, if there ever was one, who was truly worth worshiping.”このthisが直前に言及している祖母のことか、それとも自然界とともにある祖父のことかわかりにくいのです。欧米人は祖母のことと取るようですが、祖先崇拝、自然崇拝の心性を持つ日本人には自然に回帰した祖父のことではないかと思えるところです。残念なことに、本書の版権取得の直前に作者が亡くなってしまい、確認することも叶わず、窓からいつも観察しているクマタカに作者の魂を重ね合わせながら、推敲していました。
欲を言えばタイトルを帯にあるように原題("Warriors, Warthogs, and Wisdoms --Growing Up in Africa")に即したものにしたかったのですが、かなわなかったことがちょっと残念です。
―― どんなジャンルの作品が好きですか?これまでに刺激を受けた、具体的な作品があれば作品名とその理由も教えてください
高校時代から澁澤龍彦などに導かれるまま、内外の幻想文学などに耽溺していました。その後、民俗学や先住民文化にたいする興味や、ナチュラリストにたいするあこがれが募ってきて、文学から少し遠ざかっています。
刺激を受けた作品------英文学で1冊挙げればトマス・ピンチョンの"The Cry of Lot 49"(『競売ナンバー49の叫び』志村正雄訳)でしょうか。ある絵画を前に、主人公が世界中どこにも逃げ出せる場所などないことを認識して、サングラスに涙をためるシーンがあります。うまく説明できませんが、自分の中の何かがものすごく反応しました。文庫本(なつかしのサンリオ文庫!)をボロボロになるまで持ち歩いていました。最初に英語の原書を買ったのもこの本だったように思います。当時の英語力ではとても最後まで読みこなせませんでしたが。
最近は科学と文学を横断していたり、異文化を自由に行き来していたり、なにかそういうマージナルなところについ興味がいきます。ライアル・ワトソンもそういう作家ですね。彼の"Elephantoms"(『エレファントム 象はなぜ遠い記憶を語るのか』福岡伸一訳、高橋紀子訳)も大好きな本でぜひ訳してみたかったのですが、残念ながら訳が出てしまいました。死に絶えてゆく運命にある象という種に、限りない愛とオマージュが捧げられている本です。
―― 翻訳勝ち抜き道場へ参加されたきっかけは何ですか?
たまたま実務のトライアルを受けようかと思ってサンフレアさんのHPを開いたのがそもそものきっかけだったように思います。勝ち抜き道場なんて面白いなと思い、参加させていただくようになりました。それにアマゾン商品券は魅力でした!! 本代はいくらあっても足りませんから、getしようとモチベーションが上がりました! 振り返って履歴をみたらもう2年もお世話になってたんですね。ありがとうございました。
―― 翻訳勝ち抜き道場に参加してきて、苦労した点、悩んだ点はどういったことですか?
文学作品やエッセー、新聞記事など、古今の多彩な文章が読めて、悩みはつきませんでしたが、楽しみの方が大きかったです。その世界に入っていける作品はノッて訳せますが、いまいちだとやはり点も悪いです。易しい文章ほど難しさを感じました。課題が短いこともあって、素直に訳せばいいものを、差をつけようとついいじりすぎて度ツボにはまったり…。ときどき出し忘れもあって、時間管理のまずさに自己嫌悪に陥ることもありました。
制約上仕方ないのでしょうが、全体のテキストが見られないと訳しづらいところがありました。
―― 翻訳勝ち抜き道場に参加して、よかったと思うことを具体的に教えてください
多様な英文に触れられたこと、多様な訳文を読むことで表現の幅(正しい解釈の上でどのような表現が可能か)について認識を深められたことでしょうか。また、褒めていただいたところは自信になりますし、独りよがりだったところも分かります。すべての訳文がアップされるので緊張感をもって臨めますし、自分の適性を知る上でも非常によかったと思います。安く手軽に参加できるのも大きな魅力でした。
―― 道場挑戦中に、「上達した」と自分でも実感できた瞬間はあったでしょうか
どうでしょうか。まあ2年続けてみると、やらないよりは確実に血肉になったというか、感度が養われたという気がします。
―― これからの翻訳者としての計画をおしえてください
出版社で検討中の企画が1本、うまくすれば訳者になれるかもしれませんがボツになるかもしれません。「洋書の森」で借りた本の企画を検討中です。ノンフィクションですが、ちょっと専門的なので、関連書籍を漁って読んでいるところです。また、「わたしの新訳」に挑戦せよとのことなので、ぜひ何か未訳の面白いものを訳してみたいと思っています。まだまだ総体的に英語を読む量が足りないと自覚しているので、ガンガン読んで、フィーリングの合う作家にめぐり合いたいです。
―― 他の道場挑戦者、あるいは、翻訳者になるという共通の目標をもった他の読者へのメッセージをお願いします
ベストセラーになった『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』(水村美苗著)を皆さんはどう読まれたでしょうか。この本を読んで以来、なぜ自分は翻訳(和訳)をやりたいのか、と自問し続けています。結局は英語という巨人に飲み込まれているだけかもしれないという危機感がどこかにあります。バランスを考えると、むしろ英訳の方にシフトして、日本文化や日本文学を世界に発信すべきではないか、とか、フランス語やスワヒリ語をやり直そうか、とか思わないでもありませんが、自分の能力を考えると今からでは無理そうです。できることを一所懸命やるまでですし、ちょっとオーバーですが、日本語のリズムや豊かさを少しでも伝えていけたらいいなという思いでいます。
自分も含め、これだけ翻訳(和訳)をやりたい方が多いのも日本の活字文化の成熟ゆえなのでしょうね。残念ながら出版翻訳は労多くして(経済的に)報われにくい仕事のようです。出版不況もあって状況は厳しいですが、志を高く持ってお互いがんばりましょう!
それと、これは自戒をこめてですが、翻訳はつい家にこもりがちになるので、外に出ましょう。運動すると脳も活性化するといいます。言わずもがなですが、長く続けるためにも健康管理に気をつけたいですね。
(インタビューおしまい)
(第4巻149号)


『いのちの教室』ライアル・ワトソン著、難波裕子訳

























