入門翻訳勝ち抜き道場

翻訳者のための編集講座

平松 南

①編集とはなにか

翻訳者をめざす多くのわたしたちは、いずれ出版社に乗り込み、編集者をまるめこむ・・・・・・のではなく企画を納得して採用していただくために、とにかく「敵」を知らなければなりません。ということで、かの講談社で長年、書籍編集にたずさわられた平松南さんに、最低限、抑えておくべき本作りの流れ、編集の基礎、さまざまなジャーゴンなどなどについてご解説をお願いしました。―最所篤子記

編集といっても、単行本から雑誌まで幅が広くて、一概には括れません。単行本だけをとっても、辞典、絵本、文庫、新書、美術書、研究書など その範囲はきわめて広いのです。

今回の編集の話は、その中で一般書編集を念頭に置いて話を進めていきます。

編集の仕事は、実に多岐にわたっていて説明しにくいのですが、本来の仕事は、文字から読み解けば、「集めて」・「編む」であります。

この集める、編むは、双方とも編集の仕事を非常に具体的に、また現実の仕事の実態を説明しているといえます。

企画が形になるまでの流れ

まず初めのしごととして編集企画の立案がある。

企画とはアイデアであり、初めはフラッシュアイデアでありますから、企画を練り上げるために材料を集めます。

編集にとって集めることは、その仕事の要素としては、最大のものであるように思います。

材料は、企画そのものの内容に直結するものもあれば、企画立案の根拠、社会的背景、企画が求められている社会的動向などさまざまなものに及びます。

次に企画が生まれ始めたら、その本のイメージを固めていくことになります。

造本体裁という本そのものの体裁上の事柄。

本が厚表紙(出版業界では上製といいます)か薄表か(これは仮製といいます)、カバージャケットはつくのかつかないのか、ジャケットの印刷の色数は4色か1色か、ぺージ数はどのくらいか、製本形式は中綴じか平綴じか、見返しの紙色は・・など、慣れてくると何でもないのですが、さまざまな取り決めが必要です。

ただ造本体裁は、中身が出来てから取り掛かりますので、企画段階は、編集者の作りたい方向のみを提案しておいても、後の修正は可能です。

さらに大切なことが執筆者はどうするかです。

編集部でまとめるのか、ライターを起用するのか、有名ライターか無名のライターか。書名は、定価は、想定読者の中心は、女性か男性か、年齢は若いのか中高年か、販売地域は都市部か地方か、・・など体裁のこと以外に、本の本質的な部分も初めから想定していきます。

わたしたちは、これらを仮決定し、書籍企画の仕様書、つまり書籍企画書をまとめます。

通常出版社が求める企画書の中身は、簡単にまとめると、企画の狙い、その企画が成立する社会的背景、書名、執筆者名、読者層、定価、予定部数、発売時期、造本体裁についてなどに言及します。類書があれば、その書名、販売実績、販売時期などを添付します。

こんな内容をA4の用紙に2~3枚にまとめて、編集会議や、会社の上層部に上申します。

まずこれがスタートラインにたった編集者の作業です。

さてその次は、一冊の本を作るために膨大な、こまごまとした、マニュアルに出来ない工程が横たわっています。それらは、徐々にお話しましょう。

本が出来るまでは、本の中身が印刷されねばならない印刷工程、それら印刷済みの何万枚という紙が一冊ずつの分量に小分けされたものが製本され、カバーがかけられ、注文スリップが挿入され、出荷されます。何千部、何万部という書籍、雑誌は、取次ぎという流通業者から日本全国、一部海外まで、万遍なく出荷されていきます。

本が出来ると、日本全国何千軒かの大小書店に、一冊以上何百冊単位で、一点の間違いもなく、期日に納品されていくのですから、出版流通も荒業に違いありません。

本は、新聞、雑誌などで広告され、電車の中刷りで宣伝され、書店店頭のチンビラで告知され、こうしたさまざまな媒体を通じて読者に周知徹底されます。

またこの頃から、出版社は主客が入れ替わり、編集者に代わって多勢の営業マンが動き始めます。最近では書店のみでなくインターネットでも販売しますから、営業も従来の仕事と大分内容に変化が出てきました。

本ができても出版の仕事はおわらない

こうして本は、わたしたち購買者の眼前に現れてきます。

しかし出版界の人たちには、ここで仕事は終わらないのです。

本が消費者に届き、お金の授受が終わり、販売代金が版元に回収されたのに、まだ仕事があるのですか、といぶかる方もおいででしょうが、そこが出版産業の他産業と異質なところです。

わたしの実家の洋菓子店の場合を見てみましょう。

ケーキは、店長が毎日注文します。食品は、その日の気温や天候に売れ行きが左右されます。店長は、販売当日の天気予報に細心の注意を払い、各種1個2個の単位で細かく注文します。

晴れると思っていたら雨で、店前の人出が少なくて、その日はケーキがいっぱい売れ残りました。困った店長はどうするのでしょうか。

これは製造元に返すことが出来ません。発注段階の注文個数で、請求書が切られてきます。

ケーキは生ものなので、翌日売るということが出来ません。

店長は泣く泣く、売れ残ったケーキを店員にただで分け与えてしまいます。店員は喜びますが、店長にはこの費用は、赤字となります。10個売ってわずかな儲けが出ても、2個無料で配ったのでは、その日の収支は赤字です。

ところが、書店は委託販売といって、この本が5冊売れそうだけど、もしかもっと売れたら在庫がなくて売れ損じてしまうから10冊注文しましょうといっても、この注文に対しては、請求書は来ないのです。結局10冊売れて5冊売れ残っても、委託販売というのは、5冊返品が出来るのです。

書店はリスクがないので、多めに注文しますが、この数字を版元が信じていると、あとで、余分に取った本が大量に返本されて、この返本の山が倉庫にうずたかく積まれ、青くなるなんてケースはざらです。

この委託販売制度が、出版業界の部数の読みを曖昧にし、返本の山を作り、倉庫だけが賑わう結果を生みます。

今回はこの委託販売制度には触れませんが、本というものは、一般の商品とことなり、注文しても返せる仕組みになっていることは覚えておいて下さい。

こうして出版界では、本を流通させる仕事は、返本を処理して初めて終わるといえます。

用語解説:
「チンビラ」:版元や出版側が、書店用に本の広告をするためのツールで、「陳列ビラ」の詰めた言い方。書店には、版元からおびただしいチンビラが、本と一緒に同梱(どうこん、同じダンボールの中に収納されてくること)されてくる。手狭な店内に貼られるため、通常はあまり大きなポスター類は敬遠され、簡素なデザインで、書名、定価、内容を伝えるキャッチコピーが印刷されている。予算のない会社は、1色刷りも多い。店頭に展示後、いつまで掲出されるかは書店店長の判断にかかっているので、営業マンは、書店店長と常に仲良くし、自社のチンビラの展示場所を有利にする努力をしている。

「今度の本のチンビラ、どんなできですか? 一枚もらえます?」プロっぽい響きですねー。ぜひ覚えておきましょう (編)。