入門翻訳勝ち抜き道場

『原田勝の部屋』Macがあるなんて、ずいぶん古くからのもの書きでしょう。

原田勝
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《インタビュー》

編集長に聞いておこう

語る人 上村令(うえむら・れい)さん、徳間書店児童書編集部 編集長
聞く人 原田勝、翻訳者; 斎藤静代、翻訳者

今回は、「原田勝の部屋」初めての対談です。お話をうかがったのは、徳間書店の児童書編集長、上村令さん。わたしがもっともお世話になった編集者であり、また、尊敬する出版人でもあります。

子どもの頃は『指輪物語』より『ナルニア国物語』が好きだった、ブックフェアや商談でよく訪れる外国の中では、控えめなイギリスや北欧がとくに好き、とおっしゃる上村さん。徳間書店の編集メンバーに編集長を一言で評してください、と尋ねると「日本語の門番」(Iさん)、「全幅の信頼をおく編集長」(Tさん)という答えが返ってきました。

たしかに、日本語の使い方にはいつも厳しい指摘が飛んでくるのですが、今回は終始なごやかな雰囲気の中、わたしと、同行してもらった翻訳者の斎藤静代さんの二人で、とくに編集者、翻訳者についてのお話をうかがうことができました。その対談を二回に分けてお送りします。

上村令(うえむら・れい)さんプロフィール

(株)徳間書店児童書編集部、編集長。早稲田大学在学中は児童文学研究会で活動。卒業後、福武書店(現ベネッセ・コーポレーション)の児童書編集部を経て、1993年に徳間書店へ。児童書部門の立ち上げから関わり、現在は編集長を務める。

徳間の児童書は丁寧な本作りで定評があり、上村さんは、とくに翻訳ものを「徳間ブランド」として認知されるまでに育ててきた立役者の一人。また荻原規子さん作の人気ファンタジー『空色勾玉』他、勾玉シリーズを世に送りだした編集者でもある。(M.H.)

本選び、翻訳者選び

原田:まず、児童書の中でも、翻訳ものに力を入れていらっしゃるのはなぜでしょう?

上村:自分が面白い翻訳児童書で育った世代ということもあり、読む側として、日本の作品だけではなく、海外のものも含めてさまざまな作品を読みたい、というのはありますね。見方を変えれば、日本も世界の国々の一つと考えている、とも言えます。

また、本を出す側としてみれば、日本の作家さんの場合は、良い作品をスケジュール通りに書いてもらう、というのはなかなか難しいので、翻訳書にベースをおいておけば、出版の予定が立てやすいという面もあります。海外で出版されたという事実は、すでにだれかに認められた作品であるという証拠であり、一定の水準をクリアしているとも言えますしね。

原田:徳間書店では、翻訳出版する作品を決めるまでに、多くの原書をたくさんのリーダーに読んでもらい、編集部内でもかなりの手間と時間をかけていますが、翻訳権をとる際の決め手はなんでしょう?

上村:じつは、リーディングしてくれた人たちの評価が分かれた作品に着目することが多いんです。とくに、ネイティヴのリーダーたちのあいだで意見が割れる作品には、しばしば検討に値する「強い」ものがあります。編集会議では、できるだけ全員一致で決めますね。ただ、やってもいいんじゃない、とみんなが言っているのに、だれも担当したがらない本もあって、そういう時は版権をとりません(笑)。また、迷った場合は、原書が英語なら自分で読んでしまいますが、英語以外の言語だと、読んでくださったリーダーさんの評価の傾向を考慮して決めています。めったにほめない人がほめた、とか。

原田:翻訳者はどうやって決めるんでしょう?

『おれの墓で踊れ』
おれの墓で踊れ
エイダン チェンバーズ著
  浅羽莢子訳(1,680円、徳間書店)

上村:ケース・バイ・ケースです。原書を紹介してくれた場合は、その訳者に優先権があると考えています。そうでなければ、今までおつきあいのある翻訳者の方に、作品との相性を考えて依頼したり、また、徳間で仕事をしたことがなくても、この方なら、と思った翻訳者に頼んでみることもあります。

原田:『おれの墓で踊れ』
(エイダン・チェンバーズ作)の浅羽莢子さんや、『青春のオフサイド』(ロバート・ウェストール作)の小野寺健さんの場合がそうですね。

上村:浅羽さんの場合は、じつはご主人がイギリスの方で、以前うちのリーダーをしてもらっていたんです。いつか奥様である浅羽さんに仕事をお願いしようと思っているうちに、売れっ子翻訳家になり、なかなか機会がありませんでした。この作品は、とてもイギリス的で、浅羽さんに合っているのではないかと思い、徳間では初めての翻訳依頼となりました。残念ながら、浅羽さんは昨年ご病気で亡くなられてしまったのですが、大変エネルギッシュで、プロ意識の高い方でしたね。

『青春のオフサイド』
青春のオフサイド
ロバート・ウェストール著 
  小野寺健訳(1,890円、徳間書店)

『弟の戦争』
弟の戦争
ロバート ウェストール著
原田勝訳(1,260円、徳間書店)

原田:では、わたしに依頼するのはどういう場合なんでしょう? 児童書の世界では、男性の翻訳者が少ないと思うのですが、今までわたしがやったのは、戦争やサッカーがらみが多くて、まあ、男性向きの作品だからかな、と自分では思っているのですが……。

上村:男女のちがいというより、仕事プラスαの頑張りがきくか、という点を考えています。つまり、実力の差がなければ、題材やジャンルへの興味が強い人に頼みたいと考えています。そうすれば、翻訳者の熱のようなものが訳文のどこかに出るでしょうし、本人も乗って訳せるんじゃないかと思いますから。

原田:作品によって翻訳者の向き不向きがある、というのはわかりますが、もう少し一般的に考えると、どんな翻訳者が「いい翻訳者」だと思いますか?

上村:翻訳する言語と日本語に堪能であることはもちろんですが、なんにでも好奇心をもっていて、粘り強く取り組める人ですね。仕事だから英文和訳しました、という人はだめでしょう。原作にはなにが出てくるかわからないのですから、どんな球が来ても打ち返せるフットワークの軽さが必要だと思います。それと、うちの編集部はみんな算数ができませんから(笑)、数字に強い翻訳者がいれば、それも売りにはなるかも。

編集者と翻訳者の信頼関係

原田:わたしが最初に上村さんと仕事をしたのは、『弟の戦争』(ロバート・ウェストール作)で、もう十年以上前なのですが、あの頃のわたしは、今より翻訳がずっと下手だったはずです。上村さんは、いつも原稿が真っ黒になるほど鉛筆を入れてくれますが、ずばり、翻訳者を育てる、という意図はあるのでしょうか?

上村:ええ、とくに始めの頃は強くありましたね。徳間書店の場合は、児童書の出版社としては後発なので、この分野で実績のある翻訳者の方々は、すでに長く他社さんとおつき合いをしていらっしゃるわけです。ですから、いざと言う時にうちをサポートしてくれる、味方になってくれる翻訳者さんを育てよう、という頭はありました。若い頃は自分たちも知識がなかったので、翻訳者の人たちと一緒に考えながら仕事をしていた面もあります。名のある翻訳者に依頼することももちろんありますが、本を選ぶところから一緒に考えてくれる、いい児童書を出そうという気持ちのある人が必要なんです。

原田:たしかに、翻訳そのものはもちろんですが、リーディングやもちこみ企画、情報交換といった、翻訳にまつわる周辺作業で、編集者と翻訳者の信頼関係が深まることもありますね。

上村:もちろん、実力があることが前提ですが、本を作っていく仲間だという意識が大事だと考えています。

原田:上村さんとの仕事では、ゲラになる前に一度チェックが入って、ゲラになってからも三稿くらいは当たり前、訳文に対して編集者としての意見をずいぶんもらっています。すごい手間ですよね?

上村:それぞれの段階で、チェックするポイントがちがうんです。ゲラにする前は、単純につじつまが合わないところ、意味が通じないところ、誤訳や抜けがないか、など、はっきりわかるミスを中心に見ています。ゲラになったら、今度は日本語のレベルとしてどうか、スムースに流れているか、言葉が効果的か、ほかの表現の方がふさわしいんじゃないか、そういうレベルで見ていきます。再稿だと、かなや漢字の表記や訳注が必要がどうかに目が行きますね。やはり、うちで出しているのは児童書ですから、一読して対象年齢の子どもたちにわからない言葉は、注をつけるか、表現を変える必要があります。

原田:ここまで手を入れるのは編集者の仕事ではない、という考え方もあるわけですが、そのあたりはどう考えていますか?

上村:子どもの本だから、というのは大きいと思いますね。子どもは一つわからない言葉があると、そこでいつまでも考えてしまいますから。一つ二つならまだしも、次々にひっかかってしまうと、もう、その先が読めなくなってしまう。本は読んでもらってなんぼ、です。もちろん、原文が格調高い時に、それを崩すのはまた別の話ですが、基本的には、同じ内容が伝わるのなら読みやすい方がいいと思っています。

原田:まあ、わたしは時々、それに抵抗するんですけどね。

斎藤:上村さんが鉛筆を入れたところを、訳者が直してくれない場合はどう感じますか?

上村:提案はしますが、最終的には訳文は翻訳者のものです。取捨選択してもらえばいいと思っていますし、全部わたしの鉛筆どおりになってしまったら、その翻訳者はなにも考えてない、ってことですからね。まあ、どうしても気になるところは、また蒸し返したりもしますが。

原田:何度も仕事をしているうちに、上村さんの鉛筆の意図がわかってくるんですよ。だから、「なるほど」という鉛筆が入ってると悔しいですね。なぜ自分で気づかなかったんだろう、って。だから、そういう時は、上村さんの提案してきた言葉以外の言葉を一生懸命捜すんです。力つきて、服従することもありますが(笑)。

上村:たとえば、さっき話に出た浅羽さんの場合は、さすがにベテランだけあって、いただいた原稿のレベルが最初から非常に高かったですね。それでも、こちらが鉛筆を入れた箇所は、再考してくれましたし。

原田:わたしの場合はとてもラッキーで、駆け出し時代から、上村さんとのやりとりで、訳文を練っていくプロセスを実践的に教わってきました。しかし、これは翻訳者としては甘えているわけですから、今はそのプロセスを自分一人でこなしてから、編集者に原稿を渡す努力をしています。

上村:でも、原稿を「寝かせる」時間がなかったりすると、一人の目では気づかないところもありますからね。

原田:あそこまで鉛筆入れるなら、自分で訳しちゃった方が早くないですか? あるいは、作品を書いてしまうとか?

上村:編集者を引退したら、そういう可能性もありますね。でも編集者というのは、原稿に対して突っこみを入れていく側なんですよ。逆に、創作するとなると勢いで走る部分が必要ですから、それに自分でチェックを入れていくのは、かなりしんどいでしょうねえ。

原田:でも、そう考えると、翻訳というのは、作る側とチェックする側の双方に回らなければならない仕事ということになりますね。

上村:そうですよ。みなさんにそこまでやっていただいて、いわゆる「完全原稿」を出してもらえれば、編集者としてはとっても楽なんですけど。

原田:ああ、やぶへびだった(笑)! ただ、文章というのは、どこかで趣味や感覚の部分が残りますから、そういう意味では、万人にとっての完全原稿はありえないと思いますがね。

斎藤:うかがっていると、訳文について、それだけのやりとりをしていくには、編集者と翻訳者のあいだに相当の信頼関係が必要だと感じます。なかなかそこまではできないなあ、と思ってしまいますが、どうでしょう。

上村:うーん、ただ、創作も翻訳も、Aという出版社で出すのと、Bという出版社で出すのとでは、ちがう作品になると思うんですね。原作者がいて、海外版元の編集者がいて、われわれ編集者と翻訳者がいて、それぞれのバトンタッチが信頼関係のもとに行なわれていてこそ、いい本ができると思うんです。そのための信頼関係は作っていきたいですね。さらに、本が出たあとも、児童書の場合は、勧めてくださる司書や先生方、買ってくださるお母さんやお父さんがいて初めて、お子さんの手に渡るわけですから、そこにも信頼関係がある。手渡す人同士がお互いを信頼していることが、とくに子どもの本の場合は大切だと思います。

良書とは?

斎藤:あるところで、上村さんの別のインタビュー記事を読んだのですが、「良書を出していきたい」という言葉がありました。良書とはどのような本を指すと思いますか?

上村:そうですね。良い本かどうかを決めるのは、好き嫌いや感覚ではなく、やはりクリアすべき一定の基準があ熱昏頭ると思います。

一つは作家のスキルの水準ですね。ストーリー展開や起承転結、登場人物の造型、絵本なら絵のスキルといった、技術的な基準をクリアしたもの、というのがまず一つ。

それから、徳間の児童書の場合、みなハードカバーで値段もそこそこしますから、一度読んだら終わり、というものは出したくありません。手もとにおいて、二度、三度と読み返したくなる本、というのがもう一つの基準です。文庫本なら、一度読んで、ああ面白かったで終わり、という本もありだと思うのですが、ハードカバーではそういうわけにはいきませんので。

斎藤:英米のヤングアダルト小説に見られる、社会性、テーマ性についてはどう思われますか?楽しめるものばかりではなく、啓蒙性のある本も「良書」なんでしょうか?

上村:あまり教育的な意図はもっていません。もちろん、いろいろな国の本を出していますから、世界にはこんなこともあるんだ、というのがわかる本を出す意義はあると思いますが、やはり、そういう作品でも、物語としてすぐれていなければならないと思います。ある問題を知らせるために本を出す、ということはしません。その判断は難しいとは思いますが。

原田:テーマ性があるものは、原書で読んだ時には強い引きを感じても、いざ訳してみると、ちょっとはずれかなあ、と思うことがありますよね。ああ、でも、徳間の場合はネイティヴのリーダーさんがいるから大丈夫ですね。

上村:ネイティヴの意見を聞くのも、じつは良し悪しなんです。たとえば、原書では、とても生き生きした会話でストリートチルドレンの生活が浮かび上がっているのに、訳注をつけながら日本語にしても、それが全然伝わらない、なんてこともありますから。

原田:原書で読んだ時と翻訳している時では、かなり印象が変わってしまう作品がありますよね。訳してみて初めて、構成の緻密さや表現の深みを実感する場合と、その逆と。

斎藤:それに、訳を見直しているうちに、日本語の角がとれて、だんだん勢いがなくなっていったり。

上村:訳者として日本語の文体を整えていくという課題はあるでしょうが、基本的には原作者の文体、作品の勢いやトーンをどこかに残すべきなんだと思います。訳者のもっている文章のくせはあるでしょうし、それは承知で翻訳を依頼しているんですが、それでも、なお、残る原作者の文体があると思います。

たとえば、ロバート・ウェストールの作品八作は、結果的に六人の訳者さんに翻訳してもらったわけですが、それでも、なにか共通したものが残っていると思うんです。それが残れば成功と言えるんじゃないでしょうか。

企画をもちこむからには

原田:徳間の児童書編集部では、毎年、海外のブックフェアに出向いて情報を集めるのはもちろん、膨大な点数の海外児童書を、五十名にものぼるネイティヴスピーカーと日本人のリーダーに読んでもらい、さらに編集部内の話し合いの後に出版の可否を決定しています。

これだけ手間をかけて訳書を決めている編集部も少ないのではないかと思いますが、このWEBマガジンを読んでくださっている皆さんのためにも、当編集部でのもちこみ企画の扱いについて教えていただけませんか?

上村:基本的には、もちこまれた企画も、他のソースから入ってくる原書と同じ扱いをします。本をお預かりして、あるいは、大切なご本の場合はコピーをとって、リーダーに読んでもらいます。ですから、検討結果が出るのにかなり時間がかかります。それは、あらかじめ理解しておいていただきたいですね。

面識がある翻訳者の方となら、本の内容についてやりとりもできますが、面識がないと、その方の知識や力量、仕事のやり方などがわかりませんから、やはり、原書をしっかり見極める、という作業をせざるを得ません。訳文への責任は最終的には翻訳者にありますが、本を出す責任は出版社の側にありますから。

企画をもちこんでくる方は、みなさん、翻訳の仕事をしたいと思っているので、その熱意が、原書への過大評価に繋がる危険性があるんです。熱意と客観的な評価とはまったく別の問題です。端的に言えば、仕事が欲しいがために、必要以上にその本をほめていないか、ということですね。

原田:徳間の児童書で、もちこみ企画から出版に繋がったものはあるんですか?

上村:最近では、この四月に出たルーマー・ゴッデン作の『帰ってきた船乗り人形』がそうです。これは訳者の、おびかゆうこさんが、以前、うちでほかのゴッデンの作品を訳したあとに、ご自身で、埋もれていたゴッデンの作品を発掘してきて出版に繋がった本です。ほかの原書と同じように、ふるいにかけた上で採用された企画なんですよ。

原田:もちこむ時に気をつけてほしいことはありますか?

上村:絵本と読み物では少し事情がちがいますね。もちこんでくる方が、版権のことや出版のルールをわかっていない場合が多いんですが、じつは、絵本の場合は、有名な作家の作品や、おもしろいものは、本になる前のダミーの段階で、すでに翻訳権の売買が成立していることが多いんです。そこまでは調べがつかないとしても、せめて、もちこみの時点で日本で出版されていないことくらいは確認してきてほしいですね。また、洋書売り場やネット上でかわいい絵本を見つけて、絵本くらい訳せるわ、というノリでもってくる人がいるんですが、それは絵本に対する認識が甘いと思います。

それに比べると、読み物の場合は、翻訳という仕事がわかっている方のもちこみも多いです。ただ、いきなり来社されても、原書を読んでみないことには話もできませんから、まずは原書や企画書、冒頭の試訳などを送ってもらうことになります。その段階で、お返しせざるを得ないこともありますが。

斎藤:かなり、ハードルが高そうですね。面識がない人は、徳間さんへのもちこみはやめた方がいいんでしょうか?

上村:そんなこともないんですが、たとえば、ファンタジー作品などの場合、もちこんできた人が、今まで児童書を読んできた人かどうか、ということは重要です。ここは『ナルニア』に似てる、とか、ここは『指輪物語』と比べてどうだ、とかいう評価も聞きたいですから。児童書は息が長い本が多く、昔の名作がまだ書店に並んでいるわけです。これから出す本は、そういう本とも競合していかなければならないので、ジャンルの中でどんな位置を占める本か、というのは考えてみてほしいですね。

わかりやすく言えば、大人向けの本しか読んでいない人が、たまたま軽いファンタジー系の原書を読んで、「夢あふれる冒険ファンタジーです!」とか言われても困る、とまあ、そういうことです。

そして、もっと困るのは、子どもの本は翻訳するのが簡単だ、と思っている人ですね。絵本にしても、読み物にしても、使える言葉が限られるわけですから、かえって難しいんです。そこがわかっていない人が多いんですよ。大人向けの本をきちんと訳せる実力がある人が、子どもの本ならではの制約を理解してとり組んでくださるのが一番いいんですけれど。そういう意味では、日常、子どもとの接触が多い人の方が向いているのかもしれません。

原田:子どもにわかる言葉、ということで言うと、日本の中高生くらいの言葉遣いについてはどうですか?若い人がしゃべっている生きのいい言葉を翻訳に使う、というのはどうでしょう?

上村:その言葉が最低でも十年もつかどうか、と考えますね。子どもの本は長くもつものですから。そう考えると、もともと原作が、今の読者に受ければいい、というスタンスで書かれているものは、結局、うちでは出さないことになると思います。

原田:じゃあ、企画をもちこむ人は、そういう視点でも考えるべきですね。

話は尽きないのですが、予定の時間が来てしまいました。上村さん、長時間、貴重なお話をありがとうございました。
(このインタビューは、2007年7月19日、徳間書店児童書編集部で行ないました。)


©Ingrid Vang Nyman 1947
編集部の方に、上村さんのイメージは?と伺ったら、「この子かしら」。
「ピッピのサブキャラで、ピッピのおとなりに住んでいるアニカです。
絵はイングリッド・ニイマン。ピッピは各国でいろんな絵がついていて、
日本でも岩波の物語版は日本人画家の絵ですが、
このニイマンの絵がスウェーデンオリジナルです」とのこと。


©Ingrid Vang Nyman 1947
『こんにちは、長くつ下のピッピ』(アストリッド・リンドグレーン作、
イングリッド・ヴァン・ニイマン絵、いしいとしこ訳、2004年、徳間書店刊)

とても楽しいインタビューでした。十五年近いおつき合いになるのですが、今回、上村さんの本作りにかける情熱や妥協のない姿勢を再認識することとなりました。わたしも負けてはいられません。楽な方へ流れようとする自分を戒めるいい機会になったと思います。上村さん、そして同行してくださった斎藤さん、ありがとうございました。

そして、いずれまた、出版界で仕事をなさっている方をこの部屋にゲストとしてお迎えし、本作りにまつわる話をうかがってみたいと思っています。お楽しみに。(M.H.)

《インタビュー》

版権エージェントに聞いておこう

語る人 三枝明子(みえだ・あきこ)さん、(株)日本ユニ・エージェンシー 児童書担当
聞く人 原田勝、翻訳者; 斎藤静代、翻訳者

対談企画第二弾は、大手版権エージェントの一つ、日本ユニ・エージェンシーの児童書担当、三枝明子さんにお話を伺いました。翻訳者にとっては、原書の翻訳権があいているかどうかはとても気になるところ。今回は、版権エージェントの仕事内容、翻訳者との望ましい関係や、三枝さんの翻訳出版にかける思いを中心に話していただきました。

前回同様、聞き手はわたし原田と、翻訳者の斎藤静代さんです。

三枝明子(みえだ・あきこ)さんプロフィール

(株)日本ユニ・エージェンシー、児童書担当

書籍・雑誌編集、ライターなど出版業界での仕事を多数経験。2007年4月より現職。気さくなお人柄で、瞬く間に聞き手を三枝ワールドに巻きこむ仕事大好き人間。

(株)日本ユニ・エージェンシー
神田すずらん通りから少し入ったところにある
「ユニ」のオフィス。招き猫がお出迎え。
三枝明子
三枝さん。
海外版元などから来たクリスマスカードの前で。

原田:さっそくですが、版権エージェントという仕事を簡単に説明していただけますか?

三枝:わたしたちは、日本の出版社に海外の作品をご紹介する場合、海外の権利者やエージェントの代理人なんです。ですから、たとえばアメリカのAという権利者が日本のB社という出版社に翻訳権を売った場合、B社からAに支払われるアドバンス(前払金)や、B社から申告される一定期間内の実売部数に応じた印税の中から、契約で定めた手数料をいただくことになります。扱う商品は書籍だけでなく、テレビや映画などの映像やキャラクター肖像権なども含まれるんですよ。

原田:当然、海外のブックフェアなどにもいらっしゃるんですよね?

三枝:ええ。春のボローニャ、秋のフランクフルトには必ず出かけていきます。

原田:具体的にはどのように本を出版社に紹介するんでしょう?

三枝:本来なら、これと思った原書を肩にかついで、行商みたいに出版社さん回りをしたいんです。編集者をしているころに、そんな風に原書を紹介に来るエージェントの方を見て、ああ、いい仕事だなあ、と思っていました。でも現実には人手が足りなくて、不本意ですが、電話で売りこみをして原書を宅配便で送ることが多いですね。

原田:今、ユニさんには何人くらい社員がいらっしゃるんでしょう?

三枝:二十名前後です。その中でほぼ半分が事務方、残りが版権売買の仕事をしていることになります。児童書・絵本担当はわたし一人なので、てんてこまいなんです。

原田:一人ですか? それは大変だ。

三枝:それでも、編集者さんに絵本の「読み聞かせ」をすることもあるんですよ。

原田・斎藤:え?

三枝:編集者の方たちに内容を理解していただくために、絵本の原書をもっていって、その場で日本語に直して「読み聞かせ」をするんです。

原田・斎藤:へえー!

三枝:また、翻訳権を売ったらおしまいではなくて、たとえば海外の印刷所などと組んで共同印刷する場合、入稿データや校正の仲介をしたり、絵本の原画データを版元から取り寄せる手配をしたり、そういう製作サイドの仕事もフォローします。イギリスの出版社などは、部数確保のために最初から数カ国で同時出版を企画する場合もあります。日本の絵本市場は大きいので、海外の権利者にとっては魅力的なんです。

原田:そこまで版権エージェントの仕事とは知りませんでした。大変そうですね。翻訳権を売ればおしまい、と思ってたんですが……。

三枝:それだけじゃないんです。共同印刷だけでなく、絵本やビジュアル本の画像データ、一般の書籍でもイラストの元データなど、なかなかすぐに送ってもらえないことも多いのですが、日本の出版社にご迷惑をかけないよう、できる限りがんばっています。

原田:原書を出版社に紹介する際、自分の趣味や嗜好がじゃまになりませんか?

三枝:編集者の頃は、好みの本はとくに気持ちを入れて作ることもありましたが、今はそんなことはありません。どんな本でもまず受け入れます。受け入れて、自分なりに分類し、「ラベル」を貼っていくんです。こっちの山には「かわいいクマちゃん系」、こっちの谷には「家族ものシリアス系」とか……。それで、出版社から「こういう感じの本はないか?」と問い合わせがあると、その山や谷へ行き、作品を掘り出してきて紹介する、という感覚です。たぶん、世の中にあるもので一人の人間の趣味に合うものなんて、一割あるかないかでしょう。でも、それぞれの本のいいところを見つけて、それをプレゼンするのは苦にならないんです。

原田:日本には今、いわゆる大手と言われる版権エージェントが三社あって、こちらの日本ユニ・エージェンシーのほかに、タトル・モリ・エージェンシー、イングリッシュ・エージェンシーがありますが、どういう住み分けになっているんでしょう?

三枝:海外の権利者と独占契約を結んでいる場合がありまして、たとえばユニの場合はアメリカのランダムハウス社、絵本中心のイギリスの出版社ウォーカー社などがそうですし、アメリカのルーカス・フィルムの総代理店もやっています。そういう独占契約がない場合は、一件ごとに他のエージェントさんと競合になります。できれば独占契約の版元を増やして、落ちついて、いい仕事をしたい、というのが本音ですが……。エージェントを通さずに権利者から直接、版権を買われる出版社もありますし、なかなか思うようにはならないのが現実ですね。
いい仕事というのは、それぞれの本に一番ふさわしい形で翻訳出版されるように、出版社や翻訳者をアレンジしたいという意味です。ただし、中には同じ作家や権利者の作品でも、このシリーズはユニで扱うけれど、こっちは別のエージェント、などと錯綜しているケースもあります。

原田:では、わたしたち翻訳者が、自分が読んだ原書が面白いので翻訳したいと思った時、どうすれば翻訳権があいているかを調べられるんでしょう?

三枝:基本的に「日本語独占翻訳権」、いわゆる翻訳権は日本の出版社にしか売ることができません。いくらお金をもっている人でも、個人に翻訳権を売ることはできないんです。なぜなら、出版機能をもたない人や組織に翻訳権を売って、それっきり本にならなければ、その本が飼い殺し状態になってしまうからです。つまり、翻訳権の情報をお渡しできる相手は、基本的には出版社ということになるんですね。

原田:今の情報化社会では、インターネットを通じて、ある書籍が本国でどれくらい売れていて、どういう評価を受けているかは簡単にわかってしまいますよね。ところが、翻訳権があいているかどうかは公開されていません。面白い原書を見つけて、シノプシスを書き、出版社に問い合わせ、結果、もう翻訳権は売れてます、翻訳者も決まってます、残念、ということがあるわけですが……。

三枝:じつは、翻訳者志望の方からの問い合わせの電話が増えているんですが、版権情報はエージェントにとって商品の一部とも言えるわけですから、すべてオープンにお知らせするわけにもいかないんですね。気持ちとしては、すべての問い合わせにお答えしたいのですが、難しいのが現状です。できれば出版社を通じて問い合わせていただきたいです。なぜなら、Ⅹという出版社から、ある作品について翻訳権があいているかどうか問い合わせがあったとしますね。作品の内容とⅩ社の出版傾向が近ければ、海外の権利者に対してポジティブな報告ができます。「Ⅹ社さんなら、きっと日本にしっかり根付かせてくれますよ」と、言える。つまり、ビジネスになるのです。
じゃあ、直接翻訳者の方とおつき合いしていないのかと言えば、そんなことはなくて、あるジャンルで一定の評価を受けている翻訳者の方ならば、お互いに情報交換して、出版に結びつくよう動いています。

原田:なるほど。ただ翻訳権が売れればいい、というわけではなく、その本にふさわしい出版社から、ふさわしい訳者の翻訳で出版できるのが理想ですよね。

三枝:版権エージェントの仕事は「里親探し」だと思うんです。たとえば、アメリカで生まれたこの子は、こまっしゃくれてクセが強いのだけど、根はとっても素直な子だ、と思えば、これは広く一般の読者を想定して本作りをする大手の総合出版社じゃなく、特定の読者をもっている小さな出版社の中に、この子の良さをわかってくれて、いいところを伸ばしてほめてくれる、そういう里親がいるはずだ、と考えます。それなら、ここと、ここに声をかけてみよう、となるわけです。

斎藤:「里親探し」という表現は、心のこもった、いいたとえですね。

三枝:紹介した本が日本で売れてくれるのもうれしいですが、あそこならいい里親になってくれるんじゃないかと思っている出版社から、「翻訳権あいてませんか?」といって、里親の申し出があるケースですね。そういう時は、よし、って感じですよ。「はいはい、あいてますよ。この本、ちょうどお宅にご紹介しようと思ってたんですっ!」って。そして、里子に出したらおしまいじゃなくて、そのあとも元気に育ってるかな、と見守るのもわたしたちの仕事と考えています。

●売れ行き好調の飛び出す絵本。これもユニで扱ってます。
●翻訳書の扉あたりをよく見ると、版権エージェントの名前がちゃんと書いてあります。

原田:先ほど、編集者に絵本の即興翻訳読み聞かせをすることがあるとおっしゃいましたが、たしかに編集者の方々が、皆さん原書がどんどん読めるわけでもなく、また読む時間もないことが多いですよね。また、海外の作家やジャンルの情報を系統的に追う暇もない。一方で、翻訳者は、特定の作家やジャンルをずっと追いかけている人が多いと思います。ですから、翻訳者が版権エージェントの方々とタッグを組んで、そういう情報こみで出版社に売りこみをかけるという形がもっとあっていいんじゃないかと思うのですが、いかがですか?

三枝:そのとおりだと思います。ご検討いただける出版社の数は増えているわけではないのに、流れこんでくる原書の数や、翻訳出版される本の点数は確実に増えている。そこに翻訳者集団というか、翻訳者の方たちが活躍する余地があります。翻訳者さんの中には、ジャンルや作家に思い入れをもっていて、「三枝さん、今度この作家の新作が出るらしいんだけど」とか、「これ、すごいよ、これこれこういう話でさあ……」とか、言ってくれる人がいらっしゃいます。わたしはそういう話にもとづいて、それなら、あの出版社のあの編集者の方に見ていただこうか、と目星がつけられる。出版社が興味を示せば、その翻訳者さんにシノプシスを作ってもらって送る。出版が決まれば、できればその翻訳者さんに翻訳をやってもらう、という流れで進められます。

この方法だと、本の特徴をアピールすることができて、より多くの本を縁付かせることができると思います。出版社も助かると思いますよ。

原田:エージェントの方たちだって、毎週送られてくる原書の山で溺れかけていると思うので、翻訳者は原書ウォッチャーとしてお手伝いができるということですね。
「洋書の森」のように、まだ版権の売れていない本を集めて翻訳者に公開する方法もありますが、今言ったようなやり方の方が出版につながる可能性が高く、エージェント、出版社、翻訳者の三者がみんなハッピーになると思うのですが。

三枝:ジャンルにもよりますね。あまりにニッチなジャンルだと、出版に結びつけるのは簡単ではありません。翻訳者の方が熱意をもってもちこんでこられても、すぐに出版に結びつくわけではありません。何年かお時間をいただくこともあるということです。

ですから、現実的にはこんな手順になると思うのです。たとえば、どなたかの紹介でわたしたちが翻訳者の方と会い、その方の実績や得意分野や好き嫌いなどを伺って、マッチしそうなものがあれば原書を紹介し、読んでいただいてシノプシスを作ってもらいます。それをもとにわれわれが出版社に売りこむとか、その翻訳者の方に独自に動いてもらう、というやり方ですね。翻訳者の方が、われわれとはおつき合いの浅かった出版社さんを引っぱってきてくれるケースもありますし。

原田:そこで問題になるのは、実績のない、あるいは実績の少ない翻訳者はどう動けばいいか、ということです。

三枝:そうですね。やはり実績のある方だとわたしたちはありがたいですね。

一方で、日本ユニ・エージェンシーは「洋書の森」に原書を預けたり、あるいはバベル、アメリア、といった翻訳教育部門と出版部門の双方をもった会社に、公募などの形で原書を提供したりもしていますので、そういうルートを活用していただければと思います。

原田:エージェントも出版社も翻訳学校も、それぞれ営利企業であり、慈善団体ではないのですから、翻訳者もそれを理解した上で、きちんと情報を集め、本を読み、腕を磨いて動け、ということでしょうか。そうすれば必ず人に訴えかける力が身につき、話を聞いてくれるところも増えていきますからね。

三枝:人それぞれ得手不得手がありますし、好きなジャンル、得意なジャンルをもっている方とは話がしやすいですね。

原田:斎藤さんは、今日、三枝さんと初めて会ったわけですが、どうですか、得意ジャンルを売りこむとしたら?

斎藤:好きな本は「女性もの」です。女性が生まれてから死ぬまで、どんな一生を送ったか、そういうことが描かれている本が好きです。

三枝:読んでいて身につまされませんか?

斎藤:痛みを感じるのがいいんです。胸がどきどきして……。ああ、でも、あまり熱くなってはいけないのかもしれません。もっと冷静に作品を評価できないと。

原田:いや、そうでもないでしょう。熱くなればいいんですよ。冷ましてくれる人はまわりにいっぱいいるから。編集の人たちは、その辺は鼻が利く人が多いですよ。

三枝:それに、翻訳者も一人の人として自己主張してほしいですね。たとえば、この本はここが好きだ、ここがこうだから面白い、ここに熱くなるんです、という話を聞きたい。その人がどんな人なのか、こちらに伝えてほしいと思います。それがあれば、新着の本が来た時、この本ならあの人に読んでもらおう、と顔が浮かびますから。

斎藤:でも、どんな人でもここへ来て、原書を見せてもらったり、翻訳権の情報をいただけるわけではありませんよね。

三枝:わたしたち版権エージェントが、どういう仕事をしていて、翻訳者の方とどういう形で協力できればいいと考えているかは今日の話でわかっていただけたと思います。あとは、こちらがお話を伺いたくなるような立場を作ってほしい。その立場を作るのは翻訳者ご本人しかいない。そうなるまで頑張ってほしいと思いますね。

今日はなんとなく、「版権エージェント」「出版社」「翻訳者」という代名詞で話していますが、じつはすべて人間対人間なんです。メールでも、電話でも、会って話をしていても、相手の人間性を感じながらやりとりをしているわけです。表向きの話は、立場とか、権利とか、そういう枠の中で進むのかもしれませんが、結局は一人の人として、あとで恥ずかしくない応対をお互いにしたい、そう思います。

原田:おっしゃるとおりです。本にまつわる仕事というのは人間関係でなりたっていますから。

三枝:仕事ですから、大変なこともありますが、最終的にわたしが紹介した本が出版され、それを読んだ子どもさんから届いた感想を見せてもらったり、あるいは、書店の店先で一心不乱に絵本を座り読みしている子を見かけると、ああ、大変だったけど、あの本やってよかったなあ、と思います。児童書は子どもの頃から好きだったし、たまたまユニに入って配属されたのが児童書で、ほんとにラッキーです。

作者の思いや原書のたたずまいを、わたしたちの仲介で、翻訳書というもう一つの形で世に送りだせる。そう思うと、とっても楽しい仕事なんです。

原田:今日は長時間、貴重なお話をありがとうございました。本を見る角度がまた一つ増えた気がします。これからも、たくさんの本を日本に紹介してください。ありがとうございました。

(この対談は、2008年1月23日、神田神保町にある(株)日本ユニ・エージェンシーで行ないました。)
《インタビュー》

出版社に聞いておこう

語る人 山浦真一(やまうら・しんいち)さん、(株)あすなろ書房 社長
聞く人 原田勝

対談企画第三弾は、翻訳児童書を数多く出版しているあすなろ書房社長の山浦真一さんをお迎えしました。山浦さんとは、七年ほど前からリーディングをさせていただいたり、こちらから企画をもちこんだりというおつき合いをしてきました。それがようやく実を結び、この八月に拙訳でYA向けサスペンス、『ガンジス・レッド、悪魔の手と呼ばれしもの』(ディーン・ヴィンセント・カーター作)の出版にこぎつけました。これを機会にと思い、お話をうかがいました。

山浦 真一(やまうら・しんいち)さんプロフィール

(株)あすなろ書房社長

数多くの翻訳児童書を手がけている出版社「あすなろ書房」の司令塔。気さくなお人柄、ソフトな語り口ながら、即断・即決、実行力抜群。それでいて編集者としては大変きめ細かい配慮をしてくださる頼りになる出版人。奇しくも、聞き手原田と同学年、同じ神奈川県出身。ご自宅から社屋のある早稲田までの通勤列車内はもっぱら読書だそうです。

『木を植えた男』

原田:まずは「あすなろ書房」の会社概要を簡単に教えていただけますか?

山浦:会社設立は1961年で、創業者はぼくの父です。「あすなろ」の出版第一号は、父が椋鳩十先生から独立のお祝いにと原稿をいただいたもので、『母と子の20分間読書』という本でした。その後、椋先生の書き下ろしをはじめとする創作物の児童書や教育書を出版していました。
 ぼくが入社したのは1981年で、営業を二年やったあと編集に異動しましたが、最初に担当したのが「椋鳩十えぶんこ」全24冊のシリーズです。いきなり一人で任されて苦労しましたが、今思うといい経験でしたね。
 父のあとを継いだのは、1990年、31歳の時です。今は児童書を中心に出版していて、出版点数は年間40点ほど、その八割方が翻訳児童書です。

原田:お父様のあとを継ぐにあたって、ある翻訳書の出版がきっかけになったとか?


現在のあすなろ書房の原点とも言える作品、
木を植えた男

山浦:『木を植えた男』(ジャン・ジオノ文、フレデリック・バック絵、寺岡襄訳)ですね。ご存知の方も多いと思いますが、これは南仏プロヴァンスの荒れ果てた土地に、ただ一人、黙々と何十年も木を植えつづけた男の物語です。
 この本を紹介してくれたのは、小・中・高と同級生、高校では一緒にラグビーをやっていた友人で、某電機メーカーに勤めている男です。彼が「カナダにすごいアニメ作家がいる。おれのところでビデオを出すから、おまえのところで絵本を出さないか」と言ってきたのです。
 ぼくはそのアニメを見、絵本を読んで、この本の主人公エルゼアール・ブフィエの生き方に心の底から感動しました。そして、「ああ、ぼくが出版したいのはこういう本だ!」と悟った。それで、たいへん興奮しながら作りましたね。1989年のことです。思い入れたっぷりの本ですが、今見ると本作りは下手です。この時はまだ、装幀をだれかにお願いするなんていう考えも余裕もなくて、レイアウトもカバーも自分でやりました。

原田:そうだったんですか!

山浦:この本の成功で、社内は大いに盛りあがりました。素晴らしい本を出版できたという精神的高揚は、ぼくだけのものではなかった。その年の忘年会で、父が社員に挨拶文を配りました。そこには父の出版についての理念が述べられているのですが、これは今でもあすなろ書房の出版姿勢であり、ぼくの本作りの指針です。父がこんなことをしたのは初めてだったんですが、これもまた、『木を植えた男』という本の力だったのかもしれません。

「あすなろ書房 1989年 忘年会・あいさつ」(抜粋)

出版とは文化・芸術・思想の伝達者であるわけで、だれしも出版に志したものは、われこそはその担い手と自負して努力しているのです。(中略)

こんどの『木を植えた男』は、すべての条件を満たすものです。この本こそ、大勢の人々に伝える義務があります。寡黙で、ひとりコツコツ何十年も木を植え続けた男。荒れ果てた大地に林ができ、水も湧き出て、人々が幸せに暮らせる村ができる。しかし、誰も知らない。この木を植え続けた男を!

この本こそ、あすなろ書房の出版姿勢です。「いい本ができたな。」で終わらせないで、この本を日本中のすべての人々にすすめ、売りつくしてもらいたいのです。

そして、その人々の中から第二、第三の木を植えた男の出現を待つのです。

出版とは、そういう仕事なのです。

1989年12月22日 山浦常克

原田:身が引き締まるような文ですね。

山浦:年が明けて1990年、父は「こういう本が作れるようになったのだから、もう会社を任せてもいいだろう」と言って、ぼくに社長の座を譲りました。

海外のブックフェアへ

原田:その後の出版傾向を拝見すると、山浦さんの代になってから、海外の読み物や絵本が多くなったわけですが、そのあたりの事情は?

山浦:じつは、ぼくは若い頃から「仕事で海外へ行きたい」という想いがあって、海外のブックフェアに行きたくてしかたなかったんです。で、社長になった年からは、春のボローニャ、秋のフランクフルトには必ず行くようになりました。最初は右も左もわからなかったんですが、だんだんと版権エージェントの方たちとのおつき合いも広がって、仕事につながるようになっていきました。

95年のことですが、フランクフルトのブックフェアで、ドイツの作家、ラルフ・イーザウが書いたファンタジー、『ネシャン・サーガ』に出会ったんです。イーザウのデビュー作でしたが、大々的に宣伝していました。分厚い本で、しかも三部作、これをうちで出すのは大変だろうなあ、と思いました。でも同時に、なにかピンとくるものもあったのです。当時八歳だった上の娘が海外ファンタジー好きで、「お父さん、もっと読みごたえのある本を出してよ!」と言っていたのを思いだしたんですね。

で、エージェントの強い薦めもありましたし、なにより「ブックフェア・ハイ」とでも言うんでしょうか、気持ちが昂っていて、その場でオファーを出してしまったんです。もちろん、中身なんかよくわかりません。そもそも、ドイツ語はちんぷんかんぷんですから。

帰国して熱が冷めてみると、急に不安になりました。それで、ドイツ語翻訳者の酒寄進一さんに電話して『ネシャン・サーガ』の話をしたら、すでに読んでいらして、「あの本、すっごくイイよ!」と言ってくれたんです。胸をなでおろしましたね。

それでも出版するまでには慎重を期して、三巻全部読んで結末がわかってからにしました。やはり、あれだけのボリュームのあるものを出すには覚悟が必要だったということです。翻訳はもちろん酒寄さんにお願いしました。そういうわけで出版は五年後の2000年になったのですが、結果的にはそれが功を奏し、ファンタジーブームの波に乗ることができました。

原田:『木を植えた男』も、『ネシャン・サーガ』も、ヒット作が翻訳物だったわけですね。

山浦:そうなんです。版権エージェントさんや翻訳者の方々との出会いにも恵まれていました。

原田:山浦さんの編集者としてのカンも鋭かったんじゃないですか?

山浦:と言われると恥ずかしいのですが、ぼくはもともと論理的な人間ではないので、直感をいつも大事にしているんです。自称「感覚派」なもので。それに、じつはヤマっけもありましてね、「なにかに賭けてみる」というのが好きなんです。『木を植えた男』や『ネシャン・サーガ』の場合も、そういう部分がありました。

翻訳物という見方をした場合、意図的にそちらにシフトしていくつもりはなかったのですが、どうやらぼくは、一から作品を作っていく創作物より、すでに原作があるものを、翻訳者や編集者、装幀家といった人たちとの共同作業で新たな作品にしていくという、コーディネートの仕事の方が向いているらしいのです。

オリビア 』(イアン・ファルコナー作、谷川俊太郎訳)現在、シリーズ第六作まで出ているあすなろ書房を代表する絵本シリーズ。

翻訳書と翻訳者

原田:『ネシャン・サーガ』を翻訳された酒寄さんは、ドイツ語の翻訳者が少ないということもあるのでしょうが、日本でのラルフ・イーザウの紹介を一手に担っていますね。あすなろ書房では、この七月から、やはりイーザウ作、酒寄さん訳の『ミラート年代記』の出版が始まりました。

山浦:そうですね。そして『ネシャン・サーガ』と相前後して、やはりファンタジーですが、オーストラリアの作家エミリー・ロッダの『リンの谷のローワン』シリーズ(全五巻)を出版し、これもヒットしました。ローワンシリーズは、翻訳してくださったさくまゆみこさんが、オーストラリアの書店で「今、子どもたちが夢中になっている本は?」と尋ねて教えてもらった本で、ご自分で読んでみたら面白いということで、ぼくのところに紹介してくれたものです。

原田:ちょうど前々回、このコラムでも、さくまさんのサイト、『バオバブの木と星のうた』の書評欄について触れたところです。

山浦:最初は、『ローワン』はそんなにいいと思わなかったんですが、子どもの本に長いあいだ携わってこられたさくまさんのセンスに賭けてみようと思い、出版を決めました。さくまさんには本当に感謝しています。
 ああ、翻訳者さんと言えば、こんなこともありましたね。アメリカの奴隷制度を描いた衝撃的な絵本、『あなたがもし奴隷だったら……』(ジュリアス・レスター文、R・ブラウン絵、片岡しのぶ訳)の原書を最初に見た時のことです。絵があまりに強烈すぎて、いい作品には思えませんでした。インパクトが強すぎると思ったんですね。でも、なにかひっかかるものがあって、翻訳者の片岡しのぶさんにお見せしたんです。
 すると片岡さんは本書に大変感銘を受けて、試訳をつけてくださった。改めて絵と片岡さんの訳とを一緒に見た時、はっとしたのです。絵だけではよく伝わってこなかったものが、絵と文が一つになると、二倍にも三倍にもなって伝わってきたんですね。それで方向性が見えて、あとは迷わず本作りができました。

「あすなろ」らしい本作り

原田:そう言えば、『ネシャン・サーガ』も、『リンの谷のローワン』のシリーズも、装幀やカバー絵がいいですよね。色使いがきれいで、引きこまれるような構図の絵が多い。しかも嫌みがなくて、あすなろの本は全体的にさわやかな印象です。

山浦:そうでしょう。『ネシャン』も『ローワン』も、イラストレーターの佐竹美保さん、デザイナーの丸尾靖子さんのコンビなんです。ローワンの第一作『ローワンと魔法の地図』でお願いしてから、その後もたくさん作っていただいています。愛読者カードを見てもファンが多いことがわかりますね。今や、「佐竹・丸尾コンビ」は、あすなろ書房の本作りに欠かせない、大きな存在になっています。

原田:だからあすなろ書房の作品群には、どこかでつながっているような一体感が感じられるんですね。
 今のお話は、装幀やカバー絵という外側についてですが、中身についてはどうでしょう。どんな本を、とくに海外の作品についてはどういう傾向のものを日本に紹介していきたいと考えているのですか?

山浦:ぼくの趣味なんでしょうが、装幀だけでなく、中身もどちらかというと「さわやかな」読後感が残るものが好きです。自然とそういうものを多く出してきました。
 加えて、翻訳書の一番の魅力は、海外の多様な価値観を読者に伝える力があるということだと思うんですね。だから、傾向というより、そういう力のある本を出していきたい。
 翻訳物に限らず、ぼくが本を選ぶときにいつも念頭においている基準が二つあります。一つは、「読者に新しい価値観を提供できる本」、そしてもう一つは「20年後も読みつがれる本」、ということです。

原田:なるほど。「新しい価値観の提供」という点では、たしかに海外の作品には新しい発見が毎回のようにありますからね。
 今回、わたしがもちこんで出版していただいた『ガンジス・レッド』は、ヤングアダルト向けのサスペンスホラーで、ファンタジー物や明るいトーンの作品が多いあすなろ書房のラインナップからして、最初はちょっとどうだろうと思ったのですが……。

山浦:そうですね。でも、あまりジャンルでのくくりは考えていないんですよ。おもしろいと思う本は、ジャンルにこだわらずに出していきたい。

「その本の魅力を一番よくわかっているのは翻訳者です。」

原田:翻訳物が八割を占めるということなので、翻訳者の仕事もそれなりの重みをもっているわけですが、山浦さんは本作りのスタッフとしてどのような翻訳者を望んでいますか?

山浦:翻訳者というのは、その本の魅力を一番よくわかっている人だと思うので、その魅力を読者に存分に伝えてほしいですね。訳文に関して言えば、本のタイプや翻訳者の個性もありますから一概には言えませんが、原書のもつ魅力を伝えつつ、翻訳であることを感じさせないような自然で美しい日本語が理想だと思っています。ですから、必要と思えば、こちらから訳文について、いろいろな提案をしていますよ。
 あと、翻訳者に求めるものは、やっぱり人間性です。「文は人なり」ですから。

原田:たしかに原文は赤の他人が、しかも外国語で書いたものなのに、日本語にすると翻訳者の個性が否応なく出てしまいますよね。うーん、もしかしたら「人格」まで出てしまうのかもしれません。

山浦:それに、うちは小さな出版社なので、リーディングから始まって、翻訳、編集、装幀など、仕事をしてくださる社外スタッフとの共同作業なくして出版点数の維持は不可能です。人間性を求めるというのは、そういう意味でもあります。
 長くいっしょに仕事をしている人たちが何人かいらっしゃいますが、最初から意思の疎通がうまくいったわけではありません。でも、編集者もデザイナーも翻訳者もイラストレーターも、みんな目標は一つ。「いい本を残そう」ということなので、意見が食い違っても、きちんと話しあうことができるようになっています。
 「モチはモチ屋」だと思ってるんですよ。それぞれが得意な分野で力を発揮してもらって、ぼくは全体を見る。編集もやりますけど、社長としてはちょっと引いて全体のバランスを見る、「出版屋」とでも呼ぶべきスタンスでやっています。

原田:では最後に、これからのあすなろ書房の展望をお聞かせください。

山浦:そうですね。小出版社ならではの長所を生かして、「小粒でぴりり」という存在をめざしたい。百貨店のようになんでもそろっているわけではないが、「セレクトショップ」のようにバイヤーの趣味が感じられ、品揃えは多くないけど品質は信頼できる店。知っている人は知っている、というのが理想ですね。
 そのためには、いい作品をていねいに作り、そのすばらしさを大いに宣伝する。そして長く売る。多くの人の力を借りて作るわけですから、長く、多く売りたい。
 出版する本は、あえて言葉にするなら、「ユニークな本」、「オリジナリティのある企画」、そしてさっき言ったように、「新しい価値観を提供する本」です。

原田:あすなろ書房のますますの発展を願っております。ありがとうございました。

あすなろ書房の『 「知」のビジュアル百科 』。写真や図版が多く、子どもから大人まで楽しめる。翻訳者にも便利。
原田も使ってます。今年10月に「恐竜事典」が 出て、シリーズ全50巻完結予定。

(今回は、いただいた資料とメールでの質問・ご返事をもとに、山浦さんのご了解を得て、原田がインタビュー形式に書きなおしたものを掲載しました。M.H.)