出版社に聞いておこう(後半)
語る人 山浦真一(やまうら・しんいち)さん、(株)あすなろ書房 社長
聞く人 原田勝
前半は、山浦さんが、創業者であるお父様から「あすなろ書房」を引き継ぐきっかけにもなった翻訳絵本『木を植えた男』の話、そして、人気ファンタジーシリーズ『ネシャン・サーガ』のことを中心にお届けしました。
後半は、翻訳書や翻訳者、そして「あすなろ」らしい本作りについて語っていただきます。
翻訳書と翻訳者
原田:『ネシャン・サーガ』を翻訳された酒寄さんは、ドイツ語の翻訳者が少ないということもあるのでしょうが、日本でのラルフ・イーザウの紹介を一手に担っていますね。あすなろ書房では、この七月から、やはりイーザウ作、酒寄さん訳の『ミラート年代記』の出版が始まりました。
山浦:そうですね。そして『ネシャン・サーガ』と相前後して、やはりファンタジーですが、オーストラリアの作家エミリー・ロッダの『リンの谷のローワン』シリーズ(全五巻)を出版し、これもヒットしました。ローワンシリーズは、翻訳してくださったさくまゆみこさんが、オーストラリアの書店で「今、子どもたちが夢中になっている本は?」と尋ねて教えてもらった本で、ご自分で読んでみたら面白いということで、ぼくのところに紹介してくれたものです。
原田:ちょうど前々回、このコラムでも、さくまさんのサイト、『バオバブの木と星のうた』の書評欄について触れたところです。
山浦:最初は、『ローワン』はそんなにいいと思わなかったんですが、子どもの本に長いあいだ携わってこられたさくまさんのセンスに賭けてみようと思い、出版を決めました。さくまさんには本当に感謝しています。
ああ、翻訳者さんと言えば、こんなこともありましたね。アメリカの奴隷制度を描いた衝撃的な絵本、『あなたがもし奴隷だったら……』(ジュリアス・レスター文、R・ブラウン絵、片岡しのぶ訳)の原書を最初に見た時のことです。絵があまりに強烈すぎて、いい作品には思えませんでした。インパクトが強すぎると思ったんですね。でも、なにかひっかかるものがあって、翻訳者の片岡しのぶさんにお見せしたんです。
すると片岡さんは本書に大変感銘を受けて、試訳をつけてくださった。改めて絵と片岡さんの訳とを一緒に見た時、はっとしたのです。絵だけではよく伝わってこなかったものが、絵と文が一つになると、二倍にも三倍にもなって伝わってきたんですね。それで方向性が見えて、あとは迷わず本作りができました。
「あすなろ」らしい本作り
原田:そう言えば、『ネシャン・サーガ』も、『リンの谷のローワン』のシリーズも、装幀やカバー絵がいいですよね。色使いがきれいで、引きこまれるような構図の絵が多い。しかも嫌みがなくて、あすなろの本は全体的にさわやかな印象です。
山浦:そうでしょう。『ネシャン』も『ローワン』も、イラストレーターの佐竹美保さん、デザイナーの丸尾靖子さんのコンビなんです。ローワンの第一作『ローワンと魔法の地図』でお願いしてから、その後もたくさん作っていただいています。愛読者カードを見てもファンが多いことがわかりますね。今や、「佐竹・丸尾コンビ」は、あすなろ書房の本作りに欠かせない、大きな存在になっています。
原田:だからあすなろ書房の作品群には、どこかでつながっているような一体感が感じられるんですね。
今のお話は、装幀やカバー絵という外側についてですが、中身についてはどうでしょう。どんな本を、とくに海外の作品についてはどういう傾向のものを日本に紹介していきたいと考えているのですか?
山浦:ぼくの趣味なんでしょうが、装幀だけでなく、中身もどちらかというと「さわやかな」読後感が残るものが好きです。自然とそういうものを多く出してきました。
加えて、翻訳書の一番の魅力は、海外の多様な価値観を読者に伝える力があるということだと思うんですね。だから、傾向というより、そういう力のある本を出していきたい。
翻訳物に限らず、ぼくが本を選ぶときにいつも念頭においている基準が二つあります。一つは、「読者に新しい価値観を提供できる本」、そしてもう一つは「20年後も読みつがれる本」、ということです。
原田:なるほど。「新しい価値観の提供」という点では、たしかに海外の作品には新しい発見が毎回のようにありますからね。
今回、わたしがもちこんで出版していただいた『ガンジス・レッド』は、ヤングアダルト向けのサスペンスホラーで、ファンタジー物や明るいトーンの作品が多いあすなろ書房のラインナップからして、最初はちょっとどうだろうと思ったのですが……。
山浦:そうですね。でも、あまりジャンルでのくくりは考えていないんですよ。おもしろいと思う本は、ジャンルにこだわらずに出していきたい。
「その本の魅力を一番よくわかっているのは翻訳者です。」
原田:翻訳物が八割を占めるということなので、翻訳者の仕事もそれなりの重みをもっているわけですが、山浦さんは本作りのスタッフとしてどのような翻訳者を望んでいますか?
山浦:翻訳者というのは、その本の魅力を一番よくわかっている人だと思うので、その魅力を読者に存分に伝えてほしいですね。訳文に関して言えば、本のタイプや翻訳者の個性もありますから一概には言えませんが、原書のもつ魅力を伝えつつ、翻訳であることを感じさせないような自然で美しい日本語が理想だと思っています。ですから、必要と思えば、こちらから訳文について、いろいろな提案をしていますよ。
あと、翻訳者に求めるものは、やっぱり人間性です。「文は人なり」ですから。
原田:たしかに原文は赤の他人が、しかも外国語で書いたものなのに、日本語にすると翻訳者の個性が否応なく出てしまいますよね。うーん、もしかしたら「人格」まで出てしまうのかもしれません。
山浦:それに、うちは小さな出版社なので、リーディングから始まって、翻訳、編集、装幀など、仕事をしてくださる社外スタッフとの共同作業なくして出版点数の維持は不可能です。人間性を求めるというのは、そういう意味でもあります。
長くいっしょに仕事をしている人たちが何人かいらっしゃいますが、最初から意思の疎通がうまくいったわけではありません。でも、編集者もデザイナーも翻訳者もイラストレーターも、みんな目標は一つ。「いい本を残そう」ということなので、意見が食い違っても、きちんと話しあうことができるようになっています。
「モチはモチ屋」だと思ってるんですよ。それぞれが得意な分野で力を発揮してもらって、ぼくは全体を見る。編集もやりますけど、社長としてはちょっと引いて全体のバランスを見る、「出版屋」とでも呼ぶべきスタンスでやっています。
原田:では最後に、これからのあすなろ書房の展望をお聞かせください。
山浦:そうですね。小出版社ならではの長所を生かして、「小粒でぴりり」という存在をめざしたい。百貨店のようになんでもそろっているわけではないが、「セレクトショップ」のようにバイヤーの趣味が感じられ、品揃えは多くないけど品質は信頼できる店。知っている人は知っている、というのが理想ですね。
そのためには、いい作品をていねいに作り、そのすばらしさを大いに宣伝する。そして長く売る。多くの人の力を借りて作るわけですから、長く、多く売りたい。
出版する本は、あえて言葉にするなら、「ユニークな本」、「オリジナリティのある企画」、そしてさっき言ったように、「新しい価値観を提供する本」です。
原田:あすなろ書房のますますの発展を願っております。ありがとうございました。
あすなろ書房の『
「知」のビジュアル百科
』。写真や図版が多く、子どもから大人まで楽しめる。翻訳者にも便利。
原田も使ってます。今年10月に「恐竜事典」が 出て、シリーズ全50巻完結予定。





























