入門翻訳勝ち抜き道場

エッセイ:翻訳の現場から

チャオ、ベトナム! (第1回)

長崎祐子
[ profile ]


突然の雨に右往左往していたら、近くのバイク屋のおじさんが「おいでおいで」してくれて、
軒先で休ませてくれた

ホーチミンでぼったくりタクシーと対決する

大通りを渡ろうとしていたら、2人乗りのバイクが近付いてきた。後部座席の男が手を伸ばし、通りすがる一瞬、私のバッグに手をかけた。ナナメがけにしていたからか、ただの脅しだったのか、被害は受けずに済んだが、そこでようやく私の脳は認識した。

そうか、私は今、ベトナムにきているんだ!

日本と海外では危険度が違う。スリもひったくりも日常茶飯事。それは百も承知のはずだったが、ロンドン、パリ、アントワープ、ニューヨークなど欧米の大都市、去年はキューバの一人旅をこなし、慣れから油断していたのかもしれない。

ベトナム・ホーチミンまでは、成田空港から約5時間。少し眠ればあっという間の距離。フライト時間が短いからか、自分と同じ黄色人種ばかりだからか、まだ日本にいるかのように錯覚してしまう。

違いといえば、天然サウナのようなその気候。現地のベトナム人でさえ「10時から16時までは外に出ないほうがいい」と言うような、強烈な蒸し暑さ。

私が訪れた5月は、ベトナムにとって雨期にあたる。といっても、日本の梅雨のようにジトジト毎日降るのではなく、2、3日おきにスコールのようにザッと降る。もちろん、雨だから涼しくなるということはない。

ベトナムは、ずっと行ってみたい国のひとつだった。アオザイと美女の国、情緒と文化が豊かな、神秘的なアジアの国・・・そして、去年個人取材に行ったキューバが、諸手を上げて応援した国。戦争云々の話はさておき、私のイメージは「美しい古都ホーチミン」であった。

しかし、実際訪れてみると、そのイメージは覆る。そこは古都ではなく観光都市。背の高いビルが濫立(らんりつ)している。

それに加えて、道路を縦横無尽に走り回る車とバイク。交通ルールはないも同然。道を逆走するのは当然。通行人がいても停まるどころか突っ込んでくる。2人乗りが基本で、3〜4人で1台のバイクに乗っていることさえある。ヘルメットをかぶる人も皆無なので、実際死者がでることも多いらしい。

しかし、この喧噪(けんそう)、私はきらいではない。冒頭のような危険な目に遭うこともあるが、むしろこの混沌とした雰囲気にワクワクしてしまう。コツさえ掴んでしまえば、道路を横断することだって平気になる。

ところで、ツーリストの移動手段は、主にタクシー、バイクタクシー、徒歩のいずれかになるだろう。旅行会社のベトナム人には

「バイクタクシーは絶対に使ってはダメ! 保険きかないし、死ぬよ!!」

と脅されたが、慣れてくるとバイクタクシーの便利さに甘えてしまう。なんといっても小回りがきくし、安い。運転手とのしつこく、根気のいる運賃交渉も旅の醍醐味になってくる。

観光都市といえども、現地の人は基本的にベトナム語しか話せない。そのため片言の英語を交えて、電卓で交渉する。私は面倒なので、どこにいくにも10000ドン(日本円で約160円)にしてしまっていた。

ちなみに「シクロの運転手=職のない人」らしい。バイクで日銭を稼ぎ、たまに与し易い(くみしやすい)日本人ツーリストを見つければ、贅沢はできなくても十分暮らしていけるのかもしれない。現に私の友人は、ぼったくられて$30も持っていかれた。「大人しい、文句を言わない日本人」という認識は、どこの国でも共通のようだ。

しかし、豪雨となれば、バイクの背に跨がるわけにはいかない。現地の人はビニールシートだか雨合羽だかわからない代物をかぶり、平気でバイクを走らせるが、スリップして死ぬのは御免だ。そういう場合は、屋根のあるタクシーに乗る。

私は、土産物・生活雑貨屋が100店以上集まる、別名『観光市場』ベンタイン市場前でタクシーを拾った。ぼったくりに遭わないよう、メーターが降りているかきちんと確認する。

運転手のおじさんは片言の英語で話しかけてくるが、簡単な単語しか知らないため、すぐに会話は詰まってしまう。ホテルの前に到着し、ありがとねと笑顔で言いながらメーターを見た私の顔は、たちどころに般若と化した。

日本人ときいて、運転手はいけると踏んだのかもしれない。改造メーターは跳ね上がり、適正価格の6倍をさしていた。

私はキレた。たとえ日本人といえども、海外生活を送った人間は、YES・NOをハッキリ言うこと、怒りを露にすることを恐れなくなる。

私はシートを平手でパンパンパンと叩きながら、英語でまくしたてた。

What the hell are you talking about!? It’s a BIG money, ah!?? O.K. I go Poliiiice!!!!!

運転手は、小さなジャパニーズガールが怒ったのを見て動揺したらしい。それならいくら踏んだくれるのか目算したのか、いきなり半額まで下げてきた。しかし、私は折れない。交渉の末、結局こちらの言い値で落ち着いた。

これからベトナムに行く人は、覚えておいてほしい。
ベトナムには、定価という物は存在しない。
交渉でいくらでも値引きしてもらうことは可能なのだ(高級ブランドなどは別)。

しかし、後になって考えた。今回はベトナムだったから無事済んだかもしれないが、コロンビアなど南米だったら、殺されてミンチにされていたかもしれない。

英語が使えるのも考えものだな、と英語の弊害を発見しつつ、自戒する28歳の初夏であった。

Vietnam Xienchao!