The Oxford Book of Children’s Storiesシリーズより出題中
入門翻訳勝ち抜き道場

エッセイ:翻訳の現場から

日本にいながら英国生活 ベビーシッター奮闘記 その4

村松静枝
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◆英語力アップ

ベビーシッター生活を始めて数ヶ月経ったころ、クラスメイトから言われた。
「英語がすごくうまくなったよね、ベビーシッター効果だね」
自分ではどのくらいうまくなったのかわからなかったが、会話力だけは確実にアップしていたようだ。なにしろ外にいるとき以外はほぼ英語漬けの生活だ。これで何の変化もなかったらおかしいというもの。特に電話での会話に抵抗感がなくなったのは嬉しかった。最初のころは、夫妻の留守中に電話が鳴るとびくびくしながら受話器をとっていた。
「リズかクリスはいる?」
「二人とも出かけています」
「そう、それじゃXXXXから電話があったことを伝えておいてね」
「はい、わかりました」

これだけの会話をこなすのに最初は文字通り手に汗にぎって答えていたが、次第に慣れて、電話の音におびえることもなくなった。聞き取れなくても、"Pardon?"と言えば、相手はゆっくり話してくれたし、夫妻が不在ときけば、「じゃあいいわ」と用件を伝えることもなく切る人が大半だった。

◆呼び名のこと

このエッセイ上でも書いているが、私はベイカー夫妻をそれぞれ「ミスター・ベイカー」、「ミセス・ベイカー」と呼んでいた。別に二人からそう呼ぶように言われたわけでなく、自然とこの呼び方で固定させてしまった。しかしあるとき、シャーロットの友達が、ミセス・ベイカーに向かって「リズ」と呼んでいるのを聞いてはっとした。ひょっとして私の呼び方はえらく堅苦しくて不自然なのでは…? しかしいまさら呼び方を変えるのもまた不自然だし…。結局私は最後まで「ミスター・ベイカー」、「ミセス・ベイカー」で通してしまった。

その後、別の家でベビーシッターをすることになったのだが、そのとき私は最初に雇い主の夫婦をなんと呼べばいいかたずねてみた。するとファーストネームで呼んでくれと言われ、それぞれマーティン、ドロレスと呼ぶようにした。このときマーティンに、今まで自分はベイカー夫妻を「ミスター、ミセス」と呼称をつけて呼んでいたけれど、この呼び方はどう感じるかとたずねたところ、なんだか堅苦しい感じがする、と言われた。ベイカー夫妻はどう感じていたのだろう。

◆シャーロットのこと

初対面であれほどもじもじしていたシャーロットの実際の姿には驚かされる毎日だった。彼女が咳をしていたある日の夜、眠っているはずの彼女の部屋から泣き声がきこえた。その日はミセス・ベイカーが出かけており、ミスター・ベイカーは一階のリビングでテレビを見ていた。彼女の声に最初に気づいたのは同じ二階にいた私だった。何事かと思ってドアを開けるとシャーロットがベッドの上で身体を起こして顔や首の辺りを掻きながら泣き声で何か言っているが、聴き取れない。
「どうしたの? どこか痛いの?」ときいても彼女は泣くばかり。様子に気づいたご主人が部屋に入ってきて、シャーロットを抱きかかえながら話しかける。私はたずねた。
「なにか痛がっているんですか?」
「いや違う。"itchy"だと言っているんだよ」
"itchy"って何…? こんな簡単な単語も知らなかった自分が今は恥ずかしいが、要するに彼女はかゆいかゆいと言っていたのだ。確かに顔のあちこちが赤くなっている。
「大丈夫だからシズエは部屋に戻っていいよ」

ご主人のことばに、私は自室に戻った。子供だからはしかなどの類だろうかと思った。

翌朝、起きてキッチンに行くとミセス・ベイカーがいたので、シャーロットのことをきいてみた。するとミセスはややあきれたような顔でキッチンカウンターの上にある戸棚を指さしながら教えてくれた。
「咳止めシロップを一本丸飲みしたのよ。戸棚の上の段にしまっておいたのに、自分で椅子を持ってきて戸棚を開けて全部飲んじゃったの。それで湿疹がでちゃったというわけ」

咳止めシロップ一気飲み…咳が止まらないので直そうと思ったのか、子供用に甘い味付けがしてあるシロップをジュースのつもりで飲んだのか。自分の身長の二倍いや三倍はありそうな高さのキッチンの戸棚に這い上がってシロップを飲んだシャーロット。大胆というか無謀というか…。幸い湿疹はすぐに治まった。

キッチンの戸棚をものともしないシャーロットは私の部屋でも冒険をしてくれた。ある日、学校から戻り自室に入ると何かがおかしいことに気づいた。出かけるときと何かが変わっている。しばし部屋の中を眺めてから気づいた。化粧水がなくなっている!もしやシャーロットが?彼女の部屋にいくと、彼女は近所の子供たちと一緒にままごとをしていた。おもちゃのカップになにやら液体が入っている。そしてそばには私の化粧水のビン。そして彼女たちは「スープをどうぞ」とか「ミルクをどうぞ」なんて言いながらスプーンでその水を飲んでいるではないか。よく見るとカップには歯磨き粉も入っている。

「わー、飲んじゃダメ!」私はそのカップを取り上げた。化粧水は半分くらいなくなっていた…。一応ミセス・ベイカーにことの次第を話した。ミセスはシャーロットに「シズエの部屋に黙って入っちゃだめよ」と注意してくれた。以後、私も液体類などは置き場所に注意するようにし、その後彼女が私の部屋を無断で冒険することはなかった。

こんな怪獣のようなシャーロットだったけれど、とても優しい心根の持ち主でもあった。それは台風の夜だった。私は家庭教師のアルバイトを終え、大雨の中をなんとか帰宅した。玄関を開けるとミセス・ベイカーとシャーロットが立っている。私は声をかけた。
「ただいま」
「おかえりなさい。ほら、シズエが帰ってきたわよ、シャーロット。よかったじゃない」

シャーロットはお母さんの足にしがみついて泣きべそをかいている。私はたずねた。
「え、なになに? どうしたの?」
「この子ったら、『シズエが帰ってこれなくなっちゃう』って言ってずっと窓の外を見てたのよ」

シャーロットは台風のせいで私が帰れないのではないかと心配して待っていてくれたのだ。私は彼女に顔を近づけて言った。
「そうか、心配してくれたの。ありがとねシャーロット。大丈夫だよ」

彼女はまだお母さんの足元から離れず目に涙を浮かべている。照れているのだろうか。こんな小さな子に、こんなに純粋で優しい心が育っているなんて。私も泣きそうになった。

季節が変わるとシャーロットは花の心配もしていた。家の庭に一本の桜の木があり、小ぶりな木ながらも春になると花を咲かせた。やがて花びらが散りだした頃、シャーロットは、やはり窓の外を眺めては「桜が散っちゃうよ」と悲しげにつぶやいていた。ちなみに桜は彼女の大のお気に入りだったようだ。毎日通る本牧通りにはみごとな桜並木が立ち並んでいた。車で出かけたとき、シャーロットは靴を脱いで座席に上がり、立てひざでめいっぱい背伸びをして窓に張りついては「お花が咲いてるよ! ほらー」と桜に見とれていた。

◆ミセス・ベイカーのこと

最初にベビーシッターの仕事について問合せしたとき、前任の先輩が「奥さんはとってもさばけた人」と言っていた。実際に一緒に暮らしてみて、それを実感することが何度かあった。

住み込みでベビーシッターをしているとはいえ、当時は私も花の女子大生のはしくれ、友人やサークル仲間と夜出かけたいこともあった。そんなときミセス・ベイカーがこう言ってくれた。
「もし私たちの外出とシズエの用事がぶつかったら、誰か友達に代わりを頼んで留守番してもらってくれてもいいのよ」

この提案はたいへんありがたかった。こんなことを言ってくれる人はなかなかいないだろう。私の友人とはいえ、よく知らない他人に自分の家と子供の留守番を頼むなどということには抵抗感を持つ人もいるはずだが、ミセス・ベイカーはこの点で非常におおらかな女性だった。幸い短大には、英語が大好き、外人さんと話すのも大好き、そして好奇心旺盛な友人が何人かいて、私の生活に興味を持ってくれて、学校帰りに何度か遊びに来てはシャーロットとも遊んでくれていた。そんなにひんぱんではなかったが、私は何度か彼女たちにお願いして家で留守番をしてもらい、いわゆる女子大生ライフを楽しむこともできた。私のお願いを快諾してくれた友人たちにも心から感謝している。


インターナショナルスクールの様子

こんなこともあった。ミセスの働くインターナショナル・スクールでは、ゴールデン・ウィークになると学校を一般に開放してバザーなどのフェスティバルを開いていた。ミセスに、楽しいからぜひいらっしゃいと誘われ、私は友人と一緒にスクールを訪れた。さすがにインターナショナル・スクールだけあって、いろんな国の子供たちがいる。校内には各国の文化を紹介したボードや子供の保護者たちが持ちよったらしい各国の料理や民芸品が並び、それは楽しい催しだった。校内でミセス・ベイカーとシャーロットにも会い、しばらく友人とシャーロットと一緒に校内を見て歩いていたところ、シャーロットだけはぐれてしまった。まっさおになってミセス・ベイカーのところに行き、シャーロットが迷子になったことを話し、校内じゅうを探し回った。三十分ほど探しただろうか、さいわい彼女は学校内で見つかった。泣きべそをかいていたが、怪我もなく無事だった。私はミセス・ベイカーに平身低頭謝った。すると彼女はこう言った。

「どうしてシズエが謝るの? 私はあなたに遊びにおいでと言ったけど、シャーロットの世話をしなさいとは言わなかったでしょう。今日はフェスティバルを楽しんでほしかったから招待したんだから、シャーロットが迷子になったからってあなたが謝ることないの。迷子になったのはこの子が悪いんだから」

そうなのだろうか。たしかにシャーロットの世話をするようにとは言われてなかったけれど、一緒にいたのだから、責任は私にあると思う。けれどミセスのことばに反論できるだけの英語力は当時の私にはなく、彼女の寛容さに驚くと同時に感謝しつつ、私は引き続きフェスティバルを楽しんだ。今でもこのときの彼女の考え方を不思議に思う。私が彼女の立場だったらどうしていただろう。ベビーシッターの不手際をあんなにあっさりと許すことができるだろうか。いや、許すもなにも、彼女は私のせいだと思っていなかったのだ。やはり「さばけた人」だったのだろう。

 
(つづく)