The Oxford Book of Children’s Storiesシリーズより出題中
入門翻訳勝ち抜き道場

エッセイ:ケアンズ便り

ケアンズ便り:その7

豪に入ってはOZ(オージー)に従え

熊谷美保
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ケアンズOL生活 VOL.2


植物園(Flecker Botanic Garden)まではオフィスから徒歩2分。
色鮮やかで珍しいトロピカルな植物が、目を楽しませてくれます。

私は現在ケアンズの不動産会社でOLをしている。メルボルンでは翻訳の仕事に就くことが出来たが、ケアンズでは現在持っているビザの「フルタイムで働く」という必要条件を満たすのに業種や職種を選んでいる余裕が無かったため、たまたま日本語が出来るスタッフを探していた今の不動産会社で働くこととなった。

日本に居た頃は不動産関係と縁が無かったため、日本の不動産業がどんなものなのか全くわからないが、「一生のうちに平均7回は引越しをする」といわれるオーストラリア人が支えるオーストラリアの不動産業界は、値段の浮き沈みはもちろんあるものの、業界自体は常に活発なように感じる。オーストラリアの不動産業自体についてはまた別の機会にお話しするとして、今回はOLとして私が働くこの不動産会社の様子等を紹介したいと思う。

私のオフィスはケアンズ市内中心から車で北に10分程度、すぐ側には植物園やコンサートホール等も有る、緑溢れる環境の良い場所にある。オフィスには住宅売買を扱うセールス部門、賃貸を扱うレンタル部門が有り、ケアンズ南部に有る支店と併せると、社員総数30名。アメリカ人の社長、ベルギー人のオフィスマネージャー、それから私以外は全員オーストラリア人である。

私はここのセールス部門で、社長秘書をしている。日本人のお客さんが有れば、翻訳、通訳も行う。勤務時間は9時から5時半の完全週休二日制。社長のスケジュールによっては残業や休日出勤が有るものの、日本のOL時代と比べるとそれも多くは無い。他のオーストラリアの会社と同様、1年に合計4週間の有給休暇が取れる。

会社のスタッフはバラエティに富んでいる。敏腕セールスマンの40歳の男性は、長身でハンサムで服装のセンスもバッチリ。会社からよく恋人に電話をして「スイーティ(Sweetie)」「ハニー(honey)」「ベイビー(baby)」と熱いラブコールを送っている。どんな素敵なパートナーなのだろうと興味津々でいたら、ある日会社に立ち寄った彼のパートナーは、背の低い、ガッシリとした、髭面の男性だった。

西洋人にしては小柄な体格のレンタル部門で働く50歳の女性は、ブロンドの長い髪をなびかせ、いつもピチピチのトップスに超ニスカートというセクシーな装い。去年は1ヶ月間休暇を取ってタイへ旅行に行っていたが、帰ってきたら顔のしわがなくなり、胸やお尻の高さも変わっていて、皆を驚かせていた。「手術の後がまだ痛くて」とアッケラカンと話す彼女は、オフィスの女性達のゴシップの対象になることも多いが、ひたむきに貪欲に「若さ」を追い求める彼女の姿は、有る意味天晴れだと私は密かに尊敬している。

商業物件のセールスをしている40代の男性は、自家用ボートを持ち、キャンプ、釣りなどによく出かけるアウトドア派。先日は大きな麻の袋を会社に持ってきて「今、買ってきたばかりなんだ」と嬉しそうに言うので、袋の中を覗いて見たら、大きな蛇が入っていて、気絶しそうになった。

うちの会社の自由で明るいカラーを作っているのは、なんと言っても私のボスである社長の人柄によるところが大きい。20代後半にオーストラリアに移住し、今の会社を起こして21年。「暮らしやすい場所」を探して世界中を旅し、ケアンズへたどり着いのだそうだ。オーストラリアから日本までヨットで横断したこともある冒険家でもある。ケアンズでは知名人の一人だと思うが、社長然としたところ、偉ぶった所がまったくない。先日は支店に電話をして支店のマネージャーに取り次いで貰うのに、社長のことを知らない新しく入った受付の女性から、「フルネーム」「勤務先」「用件」などを詳しく聞かれ、素直に全て答えていた。

美人の奥さんは同じオフィスで働くセールスウーマン。夕方になると時々「今晩の夕飯何にする?」と社長に聞きにくる。「10ミリオンドル(約10億円)の物件の商談準備をしている社長に、夕飯の話なんてしないでよ!」と側に居る私のほうが思うのだが、社長自身は「冷蔵庫にラム肉をマリネードしたのが残っているよ。サラダは自分が作るよ」などと平然と答えている。周りからワーカホリックと言われている社長でも、家庭を大切にするところはやはりオージー社会の人。子供6人を持つマイホームパパでもあり、超多忙なスケジュールの中、子供の習い事への送り迎えもこなしている。

「何でも有り」。オーストラリア全体がそうなのかもしれないが、うちの会社を見ていると特にそう思う。色々な人達を自然に受け入れ、各自が自分らしく働いている。「こうあるべき」「こうでないといけない」という模範が無いのかもしれない。そうでないと英語のネーティブスピーカーでない私を社長秘書として雇うなんて有り得ないだろう。

入社して一番とまどったのは、実はこの「模範が無い」という状態に対してだった。日本のOL時代は「模範」に縛られた会社生活を堅苦しいと感じていたが、いざ「模範」が無い状況に於かれると、自分が「どうあるべき」なのかが見えず、会社の中で自分に何が求められているのかもわからなかった。同僚達との距離感も掴めず、「オーストラリアの会社でオーストラリア人と対等に働いてみたい、という夢は私の思い上がりだったんだ。英語もきちんと話せないのに、オージーと対等に働けるわけがない」と自信を失ったりもした。個性を尊重し、自由に働かせてくれるオーストラリアの企業は、見方を変えれば、本当の意味で自分自身の力量が試される、厳しい社会だと思い知らされた。

悶々としたブラックホールを脱出し、「模範が無い」会社風土に慣れ、会社の中で自分の位置を認識出来るようになるのに1年はかかったと思う。入社して1年半たった今も、毎日がチャレンジの連続だ。ケアンズOL生活、そんなに甘いものではない。

それでも、ここでしか得れ無いものもある。一見普通に見える緑の葉も、裏返してみると、そこには赤やピンクの鮮やかな模様が刻まれているケアンズのトロピカル植物のように、ケアンズOL生活は感動と驚きを与えてくれることも多い。次回はここトロピカルケアンズのオフィスの中で、オージーの同僚達に囲まれ、私が日々感じている事等を書いてみたいと思う。