豪に入ってはOZ(オージー)に従え
日本のサービス、オーストラリアのサービス

ケアンズ・エスプラネード通りのカフェ。海を眺めながらの食事は最高級のサービスに値する?!
2月の初め、真夏のケアンズから真冬の日本へ2週間ほど帰省した。今回の帰省では、30度の気温差以外にも様々な場面で「日本とオーストラリアとの違い」を体感したが、特に印象的だったのは、レストラン、デパート、ホテル等でのお客さんに対する丁寧なサービス。クリームパン一つ買っただけなのに、お店の人が皆で声を合わせて「ありがとうございます」と深々と頭を下げる。一緒に旅行をしていたオーストラリア人の友人は、ただただ目を丸くしていた。オーストラリアには存在しない「お客様は神様です」の文化だ。
両親の家のインターネットが突然繋がらなくなりプロバイダーへ電話した時も、その丁寧な対応に感心した。「インターネットが繋がらなくなったんで」と私が言うと、プロバイダーの人は開口一番「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」と本当に申し訳無さそうに謝ってくれた。プロバイダーが原因かどうかも未だわからないのに、まずは顧客の不便に対して謝る、なんて日本的なんだろうと感動した。アメリカほどではないにせよ、小さな問題も訴訟問題に発展する可能性が有るオーストラリアでは、謝るという行為は自分の責任を認めることになるので、こんな場面で“I am sorry”という言葉を聞くことまず有り得ない。プロバイダーから借りているモデムに原因があるのではないかということになり、その日の午後にはプロバイダーの人が家にまで来てモデムを確認してくれた。結局モデムに問題は無くパソコン側の問題ではということになったのだが、自分の会社の責任ではないと分かった後も、プロバイダーの人は態度を変えることなく最後まで丁寧に応対してくれた。次に電話をかけたパソコンの会社の人も、プロバイダーの人と同様とても親切で、丁寧に一つ一つ操作を教えてくれ、その日のうちにインターネットが繋がるようになった。
日本では当たり前のことかもしれないが、オーストラリアではこんなに簡単に気持ちよく問題が解決することはまず無いので、私は心から感動した。「アイ アム ソー プラウド オブ マイ カントリー」と、一緒に居たオージーの友達に向かって高らかに叫んでみせたくらいだ。
オーストラリアではプロバイダーや電話会社等へ問い合わせの電話をすると、まず電話をかけた目的のキーワードを答えるように録音音声に指示される。「インターネットコネクション」「テレフォンビル」等と答えるのだが、発音が悪いのか、この段階でいつも「もう一度言ってください」と録音音声に跳ね返される。今度はもっと発音に気を付けて口を大きく開け「インターネットコネクション」と言うのだが、またも「聞き取れません。もう一度お願いします」と録音音声。このやり取りを3度ほど繰り返すと、最後にはガッカリしたような録音音声が「あなたの言葉を聞き取れません。オペレーターに繋ぎます」と保留音に変わり、数分待たされたあと「オペレーターは全員話し中です。後ほどおかけ直し下さい」と一方的に切られる。トラブルが有って電話しているのに、問題解決が出来ないばかりか、私の英語は聞き取って貰えないんだ、と英語に対する自信まで打ちのめされることになる。もっとも先日、会社でアメリカ人のボスが電話会社に電話をしていた時も、同じような音声案内に“Telephone bill”と言っているのに全く認識してもらえず、「俺の英語のどこが問題なんだ!!」と怒っていたが。
運良くオーペレータに繋がったとしても、大部分のオペレーターはアクセントの強いインド人。オーストラリア人にとってもインド英語を聞き取るのは難しいらしく、プロバイダーへ電話をかけたオージーの友達は、インド人オペレーターの言ってることでわかったのは“Do you understand?”という言葉だけで、“Xxxxxxxxxx. Do you understand?” “No!” “Xxxxxxxxxxx. Do you understand?” “No!”という会話を繰り返し、最終的に諦めて電話を切ったと言っていた。
こんなサービスに慣れきっている私には、日本のサービスのレベルの高さは逆カルチャーショックだった。これは日本の自慢できる分野として、もっと世界にアピールしてよいと思う。オーストラリアに留学して「ホスピタリティ」を勉強する日本の若者が多いが、日本のサービス以上のものをオーストラリアで学ぶことなんて出来ないだろう。日本のサービスは、長い歴史の中で培われてきた「おもてなし」の心に基づいている。日本でも「ホスピタリティ」を学問として確立して、海外の人達にも「日本のサービス」をぜひ伝授して欲しい。
世界でも最高級レベルのサービスを提供している日本。でもこれがサービスを受ける立場になると、残念ながらレベルがグッと下がることを認めざるを得ない。「お客様は神様です」のサービスに胡坐をかいているからか、客という立場に傲慢になっている日本人観光客の姿をここケアンズでも見かけることがある。「買ってやっている」「注文してやっている」という高圧的で横柄な態度は、側で見ていても気持ちがよいものではなく、同じ日本人として恥ずかしく思うことさえある。
逆に、サービスを提供する側としては低レベルのオージーだが、サービスを受ける側にまわると日本人よりはるかにマナーが良い。お客さんが神様ではないこの国では、サービスをする側と受ける側が全く対等なので、お客さんはサービスをして貰えることに対して、素直に感謝の気持ちを表すことが出来る。オーストラリアでは一人でタクシーに乗る際に助手席に座るのが普通だが、これは運転手との会話を楽しむためというオージーのフレンドリーな性格の現れ以外にも、「お客さん」然として後ろの席に座り、運転手との間に格差をつけるのを嫌うからだと聞いたことがある。お客さん風を吹かして威張った態度でいると、周りの人からも嫌な奴だとレッテルを張られる。
サービスをするほうとされるほう。どちらがなくてもそのサービスは成り立たない。日本式の「お客様は神様です」のサービスを、オーストラリア式に素直に感謝の気持ちを表して受けれれば最高なのに。日本のスーパーマーケットで、レジの店員さんに「アリガト」「アリガト」と何度も頭を下げているオージーの友達を見ながらそう思った。


























