The Oxford Book of Children’s Storiesシリーズより出題中
入門翻訳勝ち抜き道場

エッセイ:ケアンズ便り

ケアンズ便り:その2

豪に入ってはOZ(オージー)に従え

熊谷美保
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日本語は難しい

一般的にオーストラリア人の日本語に対する関心度は高い
日本語クラスを取り入れている小中学校等も多く、
一般的にオーストラリア人の日本語に対する関心度は高い。

日本語は難しい。翻訳などをしていると改めてそう思う。ネイティブジャパニーズスピーカーの私にでさえ難しいのだから、日本語を母国語としない人達にとって、日本語が簡単なわけがない。

メルボルンに住んでいた頃、地元の裁判官や会社経営者といった人達の集まりに参加する機会が有った。慣れないフォーマルな雰囲気の中、緊張しながら「ナイストゥミートゥユー」「ハウアーユ?」と挨拶を繰り返していると、少し離れた所で談笑していた白いスーツ姿の女性と目が合った。三十代半ば位だろうか。ブロンドの髪を顎の線で切りそろえ、スタイルも抜群で、まさにハリウッド映画に出てくるキャリアウーマンといった感じ。彼女は私に向かって真っ直ぐに歩いてくると、ニッコリ微笑みながら右手を差し出し、自信たっぷりにこう言った。

「モシモシー。I’m Emma」。

予想もしなかった不思議な挨拶に返す言葉が見つからず、握手の手を握り返したまま私は固まってしまった。英語では電話に応える時も、人に会った時と同じように「Hello」と言うから、日本語の電話の挨拶「もしもし」も人に会った時にも使えると勘違いしているのだろう、と推測するのに数秒かかったと思う。謎は解けたものの、どう答えるべきか困ってしまった。

「電話ではHelloの意味でモシモシと言うけれど、電話以外の会話ではHelloの日本語はコンニチワなのよ」

そう教えてあげるべきか。いや、こんなに自信たっぷりに「日本語」を話している彼女に、初対面の私が開口第一声でそんなことを言っては彼女のプライドを傷つけてしまう。ここは私も「モシモシー」と合せて答えるべきか。でもそれでは相手をバカにしてることにならないか。口をモゴモゴさせている私の手を握る手に力を込め、ちょっとイライラしたように彼女はもう一度、前よりも更にはっきりと言った「モ・シ・モ・シー」。仕方が無い、挨拶は省き「オー ユー スピーク ジャパニーズ」と返すことにした。

彼女は満足げに頷くと、ロンドンの金融業界で日本人と一緒に働いていたことがあるのだと教えてくれた。「ロンドン出身なの?私もロンドンへ友達を訪ねて行ったことがあるわ」話は私のロンドン旅行に移り、どうやら局面を脱したようだ、とホッとしたその時「モシモシーってどんな意味?」と背後から声がした。

ギョッとして振り向くと、さっきまで私と話していた曇った眼鏡をかけた中年男性だった。まずい、彼は来月から日本へ出張に行くと言っていた。もしかしたら日本語を話せるのかも。慌てる私の横からブロンド美人が悠然と答えた。

「モシモシーはHelloって意味よ」。

すると曇り眼鏡は私が心配した通り、過去一分四十秒間に渡る私の努力をぶち壊しにかかった。「違うよ。Helloの日本語はコンニチワだよ。ねぇ?」私に同意を求める曇り眼鏡の側で、ブロンド美人も私の目を覗き込んでいる。「イ・・・エ・・ス」。モジモジしている私にブロンド美人は「大丈夫。私にお任せなさい」というように深く頷いてみせると、曇り眼鏡に向き直り、優しく諭すようにこう言った。

「コンニチワもHelloって意味だけど、モシモシーもHelloて意味なの。日本語には丁寧語っていうのがあるのよ。モシモシーはコンニチワの丁寧な言い方なの」。

あぁ、祖国の皆様、国語審議会の皆様、無力な私をお許しください。私には彼女を止めることができません。日本の方角に向かい手を合わせ、ついでに十字も切る私の横で、曇り眼鏡は感心したように答えた「丁寧語というのは上司や年上の人に使うというやつだね。モシモシーがコンニチワの丁寧な言い方だとは知らなかったよ。日本へ行く前に聞いておいてよかった」。

日本在住の皆さん。「モシモシー」と握手の手を差し出す外国人に出会っても、どうか笑わないでやってください。日本語は難しいんです。

ブロンド美人のような日本語初心者にも日本語は難しいが、日本語上級者になっても日本語は甘くはない。六、七年前に女友達と韓国へ旅行に行った時のこと。水原(スーウォン)というソウルから一時間ほどの街で、道を尋ねるためにウォーキングをしていた四十歳前後の男性に声をかけた。英語で道を聞いたところ、「ニホンゴ ワカリマスヨ」と日本語で答えられた。とても自然な日本語だったので、「日本語お上手なんですね」と感心して言うと、彼は間髪入れずにこう答えた。「イイエ。スズメノナミダ」。雀の涙・・・。

少しだけってことなのでしょう。素晴らしい。ちょっと使い方違うと思うけど。少し世間話をしていると、雀の涙氏は私の年齢を聞いてきた。韓国の人は初対面で相手の年を聞くのが普通らしいが、韓国在住歴二日の私は韓国人になりきれていなかった。自分の年は言わずに「あなたは何歳なんですか?」と、質問を切り返すことにした。すると彼は胸を張ってこう答えた。「フンベツ ノ ワカル ネンレイ デス」。分別の分かる年齢。外国の人からこんな答えが返ってくるとは思ってもみなかった。とっても素敵な答えだが、ネイティブジャパニーズスピーカーの私達は、自分の年を聞かれて「分別の分かる年齢です」とは普通は答えない。雀の涙氏のように語彙が豊富でも、語彙が豊富だからゆえに起こる間違いもある。日本語は難しい。

オーストラリアで暮らし始めて四年。日本語力の衰えは目に見えて著しいが、だからといって英語が上達しているかというと全くそんなことは無い。オージーの子供が流暢に英語を話しているのを見ると「なんて英語が上手なんだろう」と感動し、心から羨ましく思う。「私もオージーに生まれたら英語がラクに話せたのに」と一瞬考えたりもするが、それではオージーの私が日本語を話せるようになるのかと考えると「やっぱり日本人に生まれてよかった」と思い直す。だって日本語は難しいんだもん。