豪に入ってはOZ(オージー)に従え
オーストラリア住宅事情 ~~メルボルン、ハウスシェア(前半)
オーストラリアでは高校を卒業すると、進学する、就職するに係らず、親元を離れて暮らし始める人が圧倒的に多い。親元を出た若者たちの殆どはシェアハウスと呼ばれる共同住宅で生活を始める。
シェアハウスは、一軒家やフラット(日本のマンションやアパート)を何人かで借りて、寝室以外の部屋(キッチン、リビング、お風呂、トイレ等)を共同で使うというもの。ワンルームのフラットを借りるよりも家賃が安く、すぐに生活を始められる家財道具も揃っていて、一人暮らしの寂しさとも無縁。学生だけでなく独身の人には人気の住居形態である。
シェアハウスの同居人は兄弟姉妹や友達同士という場合も有るが、殆どの場合は全く知らない赤の他人同士。年齢も性別も職業も国籍もバラバラで、シェアメイトの数も家の大きさによるので、一人の場合もあれば、大きな家では十人以上のこともある。シェアハウスは友達の紹介等で見つける場合もあるが、一般的なのは新聞等での「シェアメイト募集」広告。誰かが退去することになったシェアハウスでは補充のために募集広告を出し、応募してきた人を面接するのは家主ではなくて既にそこに住んでいる賃借人であるシェアメイト達というケースも多い。見事面接合格となれば、そのシェアハウスへ引っ越しとなる。
シェアハウスで暮らした後の変遷は人それぞれだが、ガールフレンド、ボーイフレンドと二人きりで暮らすために寝室が一つか二つのフラットへ移り、年を重ねて金銭的に余裕が出来ればフラットや家を購入するというのがよくあるパターン。その間に恋人が変わったり、結婚したり、子供が出来たりといった変化が並行して起こっていく。結婚して家を購入しても、離婚することになればその家を売って、しばらくはシェアハウスに住む場合もあるし、年を取って子供が独立し、夫婦二人では家が広すぎるという場合には、その家をシェアハウスとして貸し出して自分達は小さめの借家に移るということもある。シェアハウスはオーストラリア人のライフスタイルに合った住宅形態なのだろう。
大学のクラスメイト達も殆どがシェアハウスで暮らしていた。「レベッカはキッチンを使った後、いつも食器を洗わずに放置している」「マイクは私が買ってきて冷蔵庫へ入れているミルクを勝手に飲む」「ジェーンはいつも違う男の子を部屋に連れ込んで夜中まで騒ぐ」クラスメイト達から聞くシェアハウスの実態には眉をひそめる話しも有ったが、シェアメイトの誕生日に皆でサプライズパーティをするとか、落ち込んでいたらシェアメイトがお花を買ってきてくれたとか、シェアメイトの友達と仲良くなってドライブに行ったとか、羨ましく思うような素敵なドラマも展開しているようだった。
いくつかのシェアハウスを経験済みの大学のクラスメイトによると、シェアハウスは男の子とのほうが、うまくいくとのことだった。家の中を汚して片付けをしないのは意外なことに女の子(日本人は例外)が多いのだという。それに家の中に男手が有ったほうが、何かと便利なことが多い。なるほどと話を聞きながら、私もシェリルの家を出た後は、男の子と一緒のシェアハウスに住もうと密かに決めていた。当初の「ホームステイ先の素敵な息子と恋に落ちる」計画は崩れ落ちたが、「シェアハウスで出会ったシェアメイトと恋に落ちる」という可能性も有るではないか!
しかし、残念ながらタイミングが悪かった。シェリルの家を出ることになったのは大学の最終試験の直前で、シェアハウスを探している時間も、精神的余裕も全く無かった。そんな時にシェリルの友達が紹介してくれた新しいシェアメイトは、未来の恋人となる可能性を秘めた独身男性ではなく、五十代半ばとおぼしきオージー女性。シェリルとの「オーナー兼シェアメイト」の暮らしに疲れていた私は、お互いに賃借人という立場が対等なシェアハウスで、「純粋なシェアメイト」と気軽に暮らしたいと思っていたが、今回のシェアメイト、デビー(仮名)も家の持ち主だった。
シェリルの家に居る時に「これほど素敵な家に住むことは、今後の私の人生の中で二度とないだろう」と思ったものだが、デビーの家は豪華さではシェリルの家の群を抜いていた。市内からトラムで30分、高級住宅地に建つ平屋の家は大きな家ではなかったが、寝室三つに、バスルーム二つ、リビングルーム二つに、ダイニングルーム二つとキッチンという作りで、お客様用のダイニングルームには猫足のダイニングセットが、お客様用のリビングには白いグランドピアノと大理石の暖炉が鎮座していた。中庭には噴水が有り、家の突き当たりにはパティオが有って、日よけの大きなパラソルがテーブルに備え付けられ、そしてもちろんオージーが大好きなバーベキューセットも完備されていた。私は結局この家で約二年半暮らしたが、ここでの暮らしは快適だった。遊びに来る友達が口をそろえて「何、ここ?すごい所に住んでいるのね!」と驚いたが、貧乏留学生が暮らすには確かに場違いな豪華な家だった。外壁も家の中の壁も全て真っ白で、私はこの家の事をホワイトハウスと呼んでいた。

デビーの家「ホワイトハウス」の表玄関。京都の長屋のように奥に長い家。
(後半へ続く)
(第4巻151号)




























