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エッセイ:ケアンズ便り

ケアンズ便り:その12

豪に入ってはOZ(オージー)に従え

熊谷美保
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オーストラリア住宅事情 ~ 家は人を創る

不動産会社で働いていると、業務上、色々な家を「お宅拝見」させて貰う機会が有る。都心のワンベッドルームから、プール、桟橋付きの豪邸、牧場の中のカントリーハウスまで、そこには家の数だけ様々な人々の暮らしが有る。「人は家を造り、家は人を創る」と言われる通り、家というのはその人のライフスタイルや人格に大きな影響を与える。

私のオーストラリア初の「お宅拝見」は、旅行で友人を訪ねた十年以上前に溯る。オーストラリア人男性と結婚して、ロックハンプトンというケアンズとブリスベンの間に有る町に住んでいた日本人の友人の家は、クイーンズランダ―と呼ばれるクイーンズランド州独特の高床式の住宅で、築後約六十年の家を4LDKのモダンな二階家に増改築していた。いかにも「外国らしい」間接照明の使い方や、家族の写真の飾り方等、インテリアの一つ一つに感動したのを覚えているが、この家で一番印象に強く残っているのは、家の造りや内装とは全く関係のないことだった。

友人のご主人Bさんが仕事から帰ってきた時のこと、当時三歳くらいだった息子S君は庭で泥まみれになって遊んでいたのだが、家の中に父親を見つけると、靴を履いたままダッシュで家の中に走りこみ父親に抱きついた。オーストラリアでは靴を脱がない生活が当たり前だからそんなに驚くほどのことでもないのだが、こぼれるような笑顔で父親に抱きつくS君とS君をしっかりと抱きしめるBさんを見た時、「オーストラリアの子供は靴を脱がなくてもよい分、靴を脱いで家に上がる日本の子供よりも数秒早く父親から抱きしめて貰えるんだぁ!」と大発見したような気分になった。それに日本の住宅でなら必ず聞こえてくるであろう「靴を脱いで上がりなさい!」とか「足をちゃんと洗ったの?」という母親からのお小言が無いというのも、「オーストラリアの子供は日本の子供よりも、少なくとも靴に関しては叱られる回数が少ない」と、オーストラリアの子供を羨ましく思った。小さな事ではあるが、小さな事が積み重なって、子供の性格形成に影響を与える。ノビノビとしたオージーの性格の背景には家の仕様も関係しているかもしれない、そんなことを考えたオーストラリア初の「お宅訪問」だった。

オーストラリアに実際に暮らし始めてみると、オーストラリア人の生活や性格と、オーストラリアの家との更なる関係が、実感としてわかってきた。

最初の発見はトイレである。こちらの家では、トイレを誰も使っていない時にはドアを敢えて少し開けておく。次にトイレを使う人のためにドアを少し開けておくことで、トイレが空いていることを示すのだ。臭い物には蓋をしたい日本人感覚で言うと、トイレのドアはいつもきっちり閉まっていて欲しいが、オーストラリア人は日本人ほどトイレを「汚いもの」とは見なさない。日本の家庭ならどこででも見かけるトイレ専用スリッパは、オージー達にとっては「日本人七不思議」の一つ。日本人はどうしてトイレだけで違うスリッパを履くのか?オージーが日本の家に招待されてトイレへ行く機会が有れば、かなりの確率でトイレ用のスリッパをはいたままでリビングに戻ってくるだろう。

ドアを開けておくというのはトイレだけではない。各人の寝室のドアも通常は少し開いた状態にしておき、寝ている時など誰も部屋の中に入って欲しくない時だけにキッチリとドアを閉める。ずっとドアを閉めていると、「周りを拒絶している」と思われてしまう。

個人主義だと思っていたオーストラリア人だが、この辺りは逆に日本人よりもオープンなのかもしれないと思われる。

ハウスシッティング(house-sitting)もその良い例だ。長期間旅行に行って家を空ける時等に、誰かに家に住んで貰い、庭の水やりやペットの世話などをお願いすることをハウスシッティングというが、完全に家を空けてしまうよりも誰かが家にいたほうが防犯になるとの考えから、庭が無いマンションやペットを飼っていない家でもハウスシッティングは頻繁に行われている。

このハウスシッティング、知人などにお願いすることも多いが、全く知らない人に頼むこともあり、新聞広告にはハウスシッティングの募集広告がよく出ている。ハウスシッティングをする人にとっては、家賃を払わず家具つきで住む場所が提供されるこのシステム、家賃をうかしたい時や、旅行に来た先でちょっと長く滞在したくなった時など、幅広い年齢の様々な人達に利用されている。

「自分の家を見ず知らずの人に貸して、その人が自分のベッドで寝る」ということに、私自身は今でも抵抗が有るが、「自分のベッドを他人に貸す」ことについて、オージー達にはあまり抵抗が無いようだ。「シーツ替えておいてね」と言って自分のベッドを簡単に貸してしまう。引っ越しや家の買い替えを日本人よりも頻繁に行うオーストラリア人にとって、自分の部屋やベッドに私達が感じるほど執着が無いのかもしれない。

「家やベッドを借りる」側のオージーも慣れたもの。普通、私達日本人が誰かの家に泊まる時に感じるような遠慮は無く、一晩泊まるとなれば、もうそこは自分の家のような振る舞い。順応性が有るというか、マイペースというか。

新しい住居にもすぐに馴染むことが出来るオージー。住宅に興味がないかと言えば、実は全くその逆だ。オーストラリア人の不動産への関心度は非常に高く、若い人の持ち家率は日本よりもずっと高い。オージーにとって家は「一生の買い物」ではなく、「その時の自分のライフスタイルに合わせて買い替えていく物」。これまでオーストラリアでは不動産価格が右肩上がりに上がってきたため、一般の人でも不動産売買で富を成すことが難しくないということも、不動産への関心度を高める原因になっている。この不動産関心度の高さが、前回ご紹介したトレーズマン(大工、電気技師等の家の建築に係る人)の社会での認知度の高さにもつながっている。家というのは個人の性格だけでなく、その社会にも影響を与えるのだ。私も昨年ケアンズで家を買った。日本に居た頃は「家の購入」なんて全く興味が無かった私だが、オーストラリアに住んでオージーの不動産熱が移ったのかもしれない。

オーストラリアに来て以来、いくつかの家で幾人かの人達と一緒に暮らした。そこには家の数だけ色々な暮らしが有り、人の数だけ様々な生活が有った。次回からは私がオーストラリアで見た「人は家を造り、家は人を創る」ドラマを紹介したいと思う。

クィーンズランダーと呼ばれる高床式住宅。 クィーンズランドの暑い夏を過ごしやすくするため、一階部は空洞にし、窓や装飾壁も強い日差しを避ける働きをしている。

クィーンズランダーは戦前に建てられた物も多いが、壁の塗り替えやリノベーションを繰り返し、今も現役の住宅としてケアンズの街に彩を添えている。

2009年9月28日号