The Oxford Book of Children’s Storiesシリーズより出題中
入門翻訳勝ち抜き道場

エッセイ:ケアンズ便り

ケアンズ便り:その10

豪に入ってはOZ(オージー)に従え

熊谷美保
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ケアンズOL生活 VOL.5 英語

「オージーの職場で働いて一番大変なことって何?」と、たまに聞かれることがある。コーヒーをこぼした床を食器用の布巾で拭く同僚の衛生観念や、目のやり場にこまるような露出度の高い服を着てくる同僚のモラル感など、「文化」の違いにとまどうことも多いが、会社生活の中で私が一番苦労しているのは、やはり「英語」だ。

特に苦手なのは電話での英語。私のボスである社長は今も第一線で営業活動をしているので、私が応えなければならないボス宛の電話は一日に四十件以上になる。不動産会社という業種に加え、交友関係の広いボスの性格も有り、色々な人たちが様々な用件で電話をかけてくるのだが、相手の名前、勤務先、用件などを一度で聞き取るのは私には簡単ではない。

電話をかける場合も同じ。お客さんの中には私の日本語アクセントの英語に最初から強い拒絶反応を示す人もいる。

上司に言われて問い合わせをしてきたお客さんに電話をかけた時のこと。”Is that Maria? This is Miho from ”と言ったところで、”No thanks. I am busy!”と電話を切られてしまった。こちらではテレフォンマーケティングに、賃金の低いアジア諸国から電話をかけさせる会社が多いため、私のアクセントを聞いてその種の電話だと思い込んだのだろう。再度電話をかけ、今度は会社名まで一気にまくしたてた。”Hi, I am Miho from XXXX (会社名)” しかし、アジア人からの電話は全てテレフォンマーケティングだと信じているらしい彼女には通じなかった。”I said I am busy!” ガチャン。自分の仕事をしているだけなのに、どうしてこんな対応を受けないといけないのだろう。私は悲しくなりながらも再度チャレンジした。”Hello, I am Miho” と言ったところで”Why are you doing this? I said I am busy!”と電話の相手は金切り声を上げた。そこで私はゆっくりと答えた。 “You rang my boss XXXX(ボスの名前),didn’t you? He told me to call you to answer your question” 電話の向こうで相手が息を呑むのが聞こえた。”Oh… I am very sorry….” 相手の口調が百八十度変わった。朝からマーケティングの電話が何度もかかってきたので、その種の電話だと思い込んだ、失礼な対応をして本当に申し訳なかった。彼女は電話を切る間際まで何度も誤り続けた。

お客さんだけではない。同じ会社の賃貸部門で働くスタッフの中にも、私の英語に明らかな拒絶反応を示す人がいる。私が話しかけるのを察知すると眉をしかめ「さぁ、変な英語を聞かされるぞ」と構えるのがわかる。そして、私が言った事に対しては必ず聞き返してくる。”How’s your weekend?”程度のことを言っても”Excuse me?”と聞き返してくるので、彼女と話した後は「私の英語ってそんなにひどいの?」と最初の頃はかなり落ち込んだものだが、最近は私も開き直り、彼女の過剰な反応を面白いとさえ感じられるようになってきた。

前に住んでいたメルボルンは人種の坩堝と言われるくらい様々な人種の人がいたし、地元のオーストラリア人の中にも海外で生活をした経験が有るといった人も多かった。大学が多い街なだけに大学進学率も高かったと思う。そのためメルボルンの人達は私のような英語が母国語ではない人が話す英語にも慣れていた。一方ここケアンズは、メルボルンほど国際的でもなく、知的水準が高くも無く、海外生活はおろか海外旅行に行った事が有るという人のほうが少ない街だ。当然、外国人が話す英語に慣れていない人が多く、拒絶反応を示す人も多い。私の英語を理解出来ない(理解する気が無い)賃貸部門のスタッフは、ケアンズよりもさらに田舎の出身だ。

最近では私の英語をどれくらいスムーズに理解できるかで、その人の出身地や学歴を推測出来るようになってきた。意地悪な予想だといえるが、これはかなりの確率で的中している。私の英語を理解出来ないお客さんに遭遇すると「田舎の人だから仕方が無い」と考えて、あまり落ち込まないように心がけている。が、それでもやはり「私の英語が上手だったら」と思わずにはいられない。

英語圏で長年暮らしていても、母国語と同じように英語が話せる日本人というのは多くはない。子供の頃から住んでいれば話は別だが、私のように大人になってから海外で生活を始めた者にとっては、いつまでたっても英語は外国語だ。私の日本語アクセントが完全に消えることはこの先も無いだろうし、オーストラリアに暮らす限り、私は自分の英語に対して常にコンプレックスを持ち続けるだろう。オージーの社会に暮らしているのに、オージーの言葉を対等に話せないというのは、やはり大きなハンディキャップだ。以前、同じように海外で暮らす日本人の友人が、「夜に一粒飲んだら翌朝には英語がペラペラになるという薬があればよいのに」と言っていたが、そんな薬が有ったら私も何としてでも手に入れようとするだろう。が、そんな薬が存在しない今、英語の国で暮らしていくには、自分の英語と上手に付き合いながら、地道に努力を続けていくしかない。

先日同僚の一人から言われた。「昨日、夢にMIHOが出てきたよ。可笑しいのがさぁ、MIHOが完璧なオージー英語を話してたんだ!」同僚は特に大意も悪気も無く言った言葉だと思うが、「私の英語ってそんなに日本語英語なの?」と、ここでもまた落ち込んだ。
「勝手に私のキャラクターを変えないでよ。日本語アクセントが無くなったらMIHOじゃなくなるんだからね」同僚に切り替えして言った言葉では有るが、同時に自分自身を鼓舞していたのかもしれない。日本語アクセントは私の個性だ。発音が完璧じゃないのも、コスモポリタンチックで良いと無理やりこじつけることも出来る。それでも「オージーの職場で働いて一番大変なことって何?」と聞かれて、「英語」と答えなくてよい日がいつか来て欲しい。


青い空、白い雲、広い海。ケアンズの自然を前にしていると、「英語が話せない」ことなど小さなことだと思えてくる。
2009年3月30日号