豪に入ってはOZ(オージー)に従え
ケアンズOL生活 VOL.3
最近、日本語の媒体を読んでいると「ワーク・ライフ・バランス」という言葉をよく目にする。平成十九年には政府によって「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」なるものも策定されたくらいだから、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は日本では今や市民権を得ているのではないかと思う。アメリカやヨーロッパでは、このWork life balanceに向けての取り組みは日本よりも更に進んでいるようだが、私が暮らすオーストラリアでは、どうしたことかWork life balanceという言葉自体あまり耳にしない。試しに職場の同僚数人に「”Work life balance”って言葉知ってる?聞いたことある?」と質問してみたが、聞いたことが有るという人は半数以下だった。「あぁ、オーストラリアはやっぱり遅れている。世界のトレンドにまたも乗り遅れている」言葉には出さなかったが失望の色を隠しきれなかった私に向かい、Work life balanceの定義をスラスラと答えてくれた同僚が言った。「オージーはWork life balanceって言葉を意識しなくても、日本の人よりも仕事とプライベートのバランスが取れているのかもしれないわよ」
確かに、言われてみるとそうだ。殆どのオージーはプライベートの時間を仕事と同じように大切にしている。男性の家事参加、子育て参加も日本よりずっとすすんでいる。同僚のオージー達の働き方を見ていると、オージーは元々ライフ・ワーク・バランスが取れた国民なのかもしれないと思い始めた。
例えば、私の職場の同僚達は基本的に残業をしない。「仕事は勤務時間内に片付けるもの」というのが彼らの主張だ。ノンビリとした印象があるオージーだが、勤務態度は驚くほど勤勉で、勤務時間中は皆かなり忙しく働いている。時間中はキッチリと働き、定時なったら即帰る。日本のOL時代のように「上司が残っているから帰りにくい」というようなこともなく、サービス残業なんて有り得ない。
休みの取り方も徹底している。年間トータルで四週間の有給休暇が取れるこの国では、「有給休暇は有っても実際には忙しくて使えない」という日本のようなことは考えられない。皆、一年先の休みの計画を立てていて、その休みのために働いているような感さえある。日本の会社と比べて休みが取りやすい環境に有るのも事実。「休みを取る大切さ」を、同僚、上司そして取引先やお客さん皆が尊重しているので、引け目や罪悪感といったものを感じずに誰もが気軽に休暇を取ることができる。
去年のクリスマスには、私のボスである社長がアメリカへ里帰りするために四週間の連続休暇を取った。出発直前までオフィスで忙しく働いていた社長は、抱えていた案件をきちんと私に引継ぎする時間も無く、山のような書類を文字通り小脇に抱えて空港へ向かった。車で空港まで送っていった私に「途中ハワイのホテルでこの書類を片付けて電話するよ」と言い残して家族と一緒に飛び立って行ったが、ハワイのホテルからの電話はおろか、四週間の休暇中、社長がオフィスに電話をかけてよこすことは一度もなかった。
「こんなことでいいの?四週間も社長がいなくてどうなるの?」私は一人でハラハラしたが、思いのほかたいしたことは起こらなかった。
四週間後にアメリカから戻った社長は空港から真っ直ぐオフィスにやってきたが、髭を伸ばして星条旗のバンダナを頭に巻き、万遍の笑みを浮かべて「素晴らしい休暇だった!」と社員一人一人と握手をして回っていた。
日頃は土日も無く忙しく働いている社長にとって、四週間の休暇は良い活力剤になったようだった。働く時は働き、遊ぶときには遊ぶ。これがオージーのスタイルだ。
日本ではOL生活とは切っても切り離せない会社の飲み会も、うちの会社では皆無だ。退社後は仕事、会社とは離れた完全に自由な時間。お付き合いで上司と飲みに行くことも無く、会社の人達全員と一緒に飲むのは、年に一度の会社主催のクリスマスパーティくらいのものだ。もちろん仲の良い社員同士で食事に行ったり、お互いの家のホームパーティに招きあったりすることはあるが、それも「会社の先輩から誘われたから断れない」といったプレッシャーも無い。行きたく無い時は「ちょっとそんな気持ちじゃないから今回は辞めておく」と言えばそれでオッケー。サッパリしたものだ。
だからと言って、同僚達との関係が希薄だということもない。クリスマスパーティやその他の大きなイベントの時には社員のパートナーや家族も一緒に参加するし、皆、お互いのプライベートのこともきちんとわかっている。
毎年スタッフの誕生日には、会社から6千円相当の商品券とバースデーケーキが、スタッフ全員が寄せ書きしたカードと一諸に手渡される。誕生日に仕事をしていると、”Happy birthday to you”の歌を歌いながら、同僚達がろうそくを立てたケーキを机まで運んできてくれる。
今年の私の誕生日は会社が休みの日曜日だった。そういった場合は普通、前の日か次の日にお祝いをして貰えるのだが、皆の誕生日を把握しているオフィスマネージャーがたまたま休暇中だったため、私の誕生日は忘れられてしまった。
私自身も誕生日のことなどすっかり忘れていた誕生日の一週間後、パソコンに向かっていた私を呼ぶ声に振り向くと、いつの間に集まったのか同僚たち十数人に机を囲まれていた。大声で”Happy birthday to you”と歌い始めたケーキ部隊の中には、無口な社長や、忙しくて滅多にオフィスに居ない、居ても仕事の話以外は全くしないトップセールスレディーも含まれていた。バースデーカードには「誕生日を忘れてごめんね」とか「来年の誕生日は二倍お祝いをするよ」といった皆からの暖かい言葉が綴られていて、全く予想していなかったお祝いに、ちょっと涙が出そうになった。
終身雇用制が無いオーストラリアでは、日本に比べると、企業に対する忠誠心や愛社精神が薄いかもしれない。でも皆、チームとして働くことを大切にし、同僚たちを尊重し認め合っている。Work life balanceという言葉は知らなくても、仕事と自分の生活を両方とも大切にしている。これはもしかしたら、私達日本人が国をあげて目指している「仕事と生活の調和」の状態にかなり近いのではないだろうか。世界のトレンドに遅れていると思っていたオージー、もしかしたら有る意味では私達日本人よりも先を行っているのかもしれない。
「あなた達、ちょっとカッコイーかも」。今日もキッチリ定時でオフィスを出て行く同僚の後姿を見ながら、そう思った。

社長とその子供達。仕事がどんなに忙くても、毎日子供達と話す時間を大切にしているそう。





















