早いもので、わたしが翻訳という仕事を始めたのは、もう10年近くも前のことです。翻訳の勉強を始めたのはその数年前、英語の勉強を始めたのは、さらにその数十年前です。そもそもわたしは、いかにして翻訳者になったのか。これまでに通って来た道のあれやこれやを、自分を料理の「素材」になぞらえて書いてみたいと思います。この世に生まれたわたしという「素材」は、親に「下ごしらえ」されたり、本に「加熱」されたり、社会に「かき混ぜられ」たりして、あるときようやく「翻訳者」という料理になります。とある翻訳者ができあがるまでの一例として、気楽にお読み頂ければ幸いです。
第2回 【加熱編】
本が心を熱くする
ママレードが大好きなくまとか、ウサギを追いかけて不思議な国まで行った女の子とか、まんじゅうが怖い若者とか、壁からおっこちて元に戻らなくなった大きな卵とか。ぼんやりとした、あったかい記憶。
母はよく、幼いわたしを図書館へ連れていった。母の自転車を追いかけながら、小さな自転車をこいで図書館に着く。正面の扉を入って、左側にある広い階段を中二階へ上がると、子どもの本の棚が並んでいる。明るい日の差し込む読書テーブルだとか、古くなった紙のにおいとか、そこで過ごした時間とか、そしてなにより、幾度も繰り返し借りたお気に入りの本に出てきた人や物やお話は、ぼんやりとした、でもあったかい記憶として、いつもわたしの心の中にある。
そんな風にして、わたしは本を読むようになった。SFと推理小説ばかりを読んでいた時期もあれば、島田雅彦とか高橋源一郎とか、その頃流行りの日本文学に傾倒した時期もあった。外国文学は、主に新潮文庫にお世話になった。お金がなくて、古本屋さんの店先に並んでいる100円均一の本だけを読んでいたこともあった。100円の本棚からしか選べないから、普段は絶対に手に取らないような本との出会いもあったりして、それはそれで面白かった。
ヘッセの『デミアン』を読んだのは、高校生のときだ。人生観がひっくり返った。いや、逆に人生観を全面的に肯定されて、さらに無限大にまで拡大されたみたいだった。人間ってなんでもできるんじゃないかという気がして、「すごい、すごい」と、ただそう感じた。本を1冊読んだだけで、バカみたいに熱くなった。
…と、ここまで書いてきてふと、好きな本との出会いというのは、ある意味、愛情との出会いと似ているのではないかと思った。あくまで一般的な話だけれども、人は幼い頃、家族のあたたかい愛情を知り、大人になろうとする頃、価値観が一変させられるような熱い恋愛と出会う。最初は親に本を読んでもらい、やがて自分の力で見つけた本に夢中になる過程と、重なる部分があるような気がする。人生の始めに、愛情とも、本とも幸せな出会いをすることは、子どもが未来でさらに幸せな出会いをするために、不可欠とは言わないけれども、とても大事なことなんじゃないだろうか。
閑話休題。
童話がくれたあったかい記憶。青春の読書がくれた熱い思い。たぶんそういうものがあったから、わたしは翻訳をやりたいと思ったのだ。未来のことなどまだ何もわからなかったわたしという「素材」を、熱くしてくれたのは本だった。そしてそうした思いは、今でもわたしの中の翻訳ゴコロを、コトコトとあたため続けてくれているのだ。
(づづく)



























