『三人にひとり-がんと闘う人類と科学の未来』 -「洋書の森」での出会いから-

ある日、洋書の森で……
2007年6月の雨上がりの朝、飯田橋の「洋書の森」を訪ねた。少し前に日経新聞の夕刊で紹介記事を読み、ぜひ一度訪ねたいと思っていた。このとき借りた2冊のうちの1冊が、2008年5月中旬にダイヤモンド社から出版される予定の『三人にひとり―がんと闘う人類と科学の未来』(アダム・ウィシャート)(One in Three:A son's journey into the history and science of cancer, Adam Wishart, 2006)である。
三人にひとり?
現代では、三人にひとりが一生に一度はがんにかかる。恐ろしい数字だが、これが題名になっている。本書の中でも触れられているが、レイチェル・カーソンが1962年に発表した『沈黙の春』には、「四人にひとり」という章がある。そのころ、がんにかかるのは四人にひとりだった(日本の場合、厚生労働省研究班の研究では、生涯にがんにかかる割合は、男性の二人にひとり、女性の三人にひとりと予想されている)。
父と息子の深い絆
著者のアダム・ウィシャートは、イギリスで映像プロデューサーとして、ドキュメンタリーの制作に携わるほか、ガーディアン紙などで執筆活動も行っている。2002年春、当時73歳だった著者の父親は、背中の痛みに悩まされていた。本人も家族も、痛みはすぐに治まるだろうと思っていたが、X線検査の結果、頚椎ががんに侵されていることがわかった。外科手術によって頚椎のがんは取り除かれたが、がんがそもそも体内のどこで発生したのかはわからなかった。一時的に回復したものの、その後、がんが再発し、父親は一年近い闘病生活を経てこの世を去る。
著者と父親はとても仲のいい親子だった。6歳のとき、著者はジョン・スノウのことを父親から聞かされた。1853年、ロンドンのソーホーでコレラが大流行したとき、医師ジョン・スノウは、何とかして原因を解明しようと、地図に患者の家の印をつけ、患者の暮らしぶりを調べた。そして、患者たちが使っていた井戸水が原因だと気づくと、井戸のポンプの取手を外して感染を食い止めた。ジョン・スノウの顔が描かれた看板を見ながら、父はその功績を息子に教えた。これが、父から息子への教育の始まりだった。
著者が10代になると、母親が眠ったあと、台所のテーブルに向かい合い、遅くまで語り合うのが二人の日課になった。お互い、決して感情をあからさまに示すことはなかったが、政治や歴史、科学の進歩についての共通の関心が二人を結びつけていた。歴史を学べば、人生の舵取りも楽になるだろうと父親は考えていた。
父親の病気を契機に、父と息子は、再びともに語り合う時間を持つことになる。なぜいまだにがんの治療法がみつからないのか、そもそもがんはどのようにして発生するのか、がん細胞はどのように成長するのか、なぜがんは予測できないのか、放射線治療や化学療法はどれくらい効果があるのか……。がんについての本は巷にあふれていたが、二人が満足できるものはなかった。
人類のがんとの闘い
こうして生まれたのが本書だ。本書は、父親のがん発症から死にいたるまでの家族の物語であると同時に、この200年にわたる「人類のがんとの壮絶な闘い」の記録でもある。
麻酔もなかった時代の外科手術、細胞の発見、レントゲンや放射線の発見と医療への活用、文明化の代償のようながんの急増、がんの特効薬を求める闘い、ニクソン大統領時代のがん撲滅運動、代替療法の発展と普及、がん遺伝子の解明、予防のための努力、そして、最新の分子標的治療。
本書では、がんと闘った患者や医師、研究者、政治家、社会運動家など、数多くの人たちの軌跡が生き生きと描かれている。過去の事実をただ並べるのではなく、膨大な文献が随所で巧みに引用され、あたかも過去の人物がインタビューを受けながら語っているかのようだ。ドキュメンタリーの制作に関わっている著者ならではと思わされる。
翻訳を終えて……
原書を一読したとき、著者と父親の深い愛情に心を打たれると同時に、過去から現在にいたる長い時間の中で、数え切れないほど多くの人たちががんと懸命に闘ってきたという事実にあらためて気づかされ、深い感動を覚えた。もちろんその中には、努力が報いられることなく、失意のままこの世を去った人たちもいる。
著者は、今まさにがんとの闘いを繰り広げている最先端の研究者や医師にもインタビューを行い、近い将来、がんは死に至る病ではなくなるだろうと確信するようになる。とはいえ、無条件でそれが実現されるわけではない。著者が警告しているように、私たちはがんに対する無知や偏見をなくさなくてはならない。また、地球上の誰もが医学の進歩の恩恵に預かれるわけではないということも、決して忘れてはならない現実だ。
雨上がりの朝、「洋書の森」でこの本に出会い、日本でもひとりでも多くの人に読んでもらいたいと思った。たくさんの方にお力添えをいただいたおかげで、その日が近づきつつある。「洋書の森」がなければ、この本との出会いはなかっただろう。深く感謝するとともに、これからもこの森でさまざまな出会いがあることを願って止まない。


























