入門翻訳勝ち抜き道場

エッセイ:翻訳の現場から

詞(ことば)と心

林千恵子
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(お天気のいい日はとくに、太陽の光に金箔が輝いて、とてもまぶしいです。冬に、まっ白な雪がつもっている金閣寺もとても綺麗です!天国にいるかのように錯覚してしまう、その荘厳なすがたに世界遺産の重みを感じさせられます。)

「日本語が崩壊しつつある」といわれていますが、どうも大げさではなく、赤ちゃんのころから英語だけではなく、フランス語やスペイン語やイタリア語やドイツ語や中国語や韓国語などの多言語を教育する塾もできているといいます。たしかに外国語に堪能になり、国際性のある教養豊かな日本人が育成されるのは心強いことですが、でも、これ本当なのかな、「新人種」を育てたとしても、その親たち、その上の、そのまた上の世代が「旧人種」では、これでは元の木阿弥ではないかと危ぶんでしまいます。「文化」は、そう簡単に滅ぶものでもないし、とくに言葉では語彙に外来語の氾濫があっても、その性質は変わらないのではないでしょうか?

やまと歌は、人の心を種として

『古今和歌集』の有名な仮名序には「やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞ成れりける」(新日本古典文学大系5、岩波書店)ときれいな「やまとことば」で書かれていて、『新古今和歌集』の撰者のひとりである藤原定家も、『毎月抄』で詞(ことば)と心の関係や表現技法についていろいろと詳しく教えを説いています。

「また、歌の大事は、詞の用捨にて侍るべし。詞につきて強弱大小候べし。それをよくよく見したためて、強き詞をば一向にこれを続け、弱き詞をばまた一向にこれを列ね、かくの如く案じ返し案じ返し、太み細みもなく、なびらかに聞きにくからぬやうによみなすが、極めて重事にて侍るなり。申さば、すべて詞にあしきもなく宜しきもあるべからず。ただ続けがらにて歌詞の勝劣侍るべし。幽玄の詞に鬼拉の詞などを列ねたらむは、いと見苦しからむこそ。されば、「心を本として詞を取捨せよ。」と亡父卿も申し置き侍りし」

(新編日本古典文学全集87歌論集、毎月抄より、小学館)

この「詞と心」の箇所から、言葉選びがいかに大切か、慎重にするべきかがよく理解できます。翻訳の確認をするときは自分の訳した文章を声にだしてよむといいといわれています。定家の教え通り、誤訳を見つけやすいというだけではなく、音声学的にも美しい日本語のほうがいいし、表現価値をじゅうぶんに認識する必要があるのでしょう。このようなことを踏まえて考えてみると、言葉の使いかたや選びかたで人生が変わってくるということもあるのではないかと思いました。

そしてさらに定家は『近代秀歌』において「詞は古きをしたひ、心は新しきを求め」(新編日本古典文学全集87歌論集、小学館)るべきだといっています。まさに、これらのことは現代の日本における翻訳や日本文学についても同じことがいえるのではないでしょうか?

たとえば翻訳の講演会で、業界では日本の国風文化のひとつである「ひらがな」による表記が流行っているとききました。日本文学においても、私の大好きな作家のよしもとばななさんは作品の中で、ふんだんに「ひらがな」を用いておられるように感じられます。読んでいると、著者の愛情に満ち溢れた、やさしい作風が丸みをおびた「ひらがな」を通してうまく伝わってくるように感じられます。

和歌には、日本の美的景物がたくさん詠まれており、美しくない言葉は使われませんでした。たとえば、「桜」「霞」「波」「露」「月」などが和歌にでてくる美的景物としてあげられます。それ故、和歌に詠まれている言葉を一語一語たどっていけば、日本人の美意識がわかるのです。平安時代の初期の頃は「花」といえば「梅の花」をさしていたのですが、その後、「花」といえば自然とそれは「桜の花」をさすようになりました。その「桜の花」も時代とともに詠まれ方が変わってきます。

『古今和歌集』の初期のころは、満開に咲きほこる「桜の花」の美を詠まれることが多かったのですが、『新古今和歌集』の時代になると、「桜の花びら」がはらはらとはかなく散っていく様子が美しいとされるようになりました。美しい「桜の花」のように、古来からすべての人にめでられ、愛されてきた美的景物を知っておくことも、日本人の美意識の変遷をたどってみることもとても楽しく感じられます。

翻訳をするときもエッセイを書くときも、和歌のようにいつも綺麗な言葉を美しい日本語で綴れるように心がけて、古くからの日本文化を大切にしながら、表現する内容については新しい世界を見つめているのがいいような気がします。

九世紀後半から、宮廷に起こった国風文化がこれまでいじょうに見直されるとき、外国の古典文学は、その時代に等しい日本の文体や言葉、つまり、古語で翻訳される時代がくるとおもむきがあって面白いし、そういう時代がいつか訪れるかもしれないと思っております。

(京都市左京区にある法然院の美しいお庭。白砂壇(びゃくさだん)と呼ばれる上のような白い盛り砂が細い石畳の道をはさんで左右対称にあり、水を表している白砂壇のあいだの道を通ることによって、身も心も清められ浄域にはいると言われています。)

言霊(ことだま)

日本の先人は大変良い教えを現世のわたしたちにたくさん残してくれました。定家だけではありません。古代から、日本人は言葉をとても大切にしていて、慎重に使ってきました。言霊信仰という考え方があります。金田一京助を学ぶと「言霊」の観念がよくわかります。たとえば、

「古代の人は比喩的に神霊よばわりをしたのでなく、本当に言語に神霊を感じてそれを言霊とよんだのである。即ち『言うと、そのようになる』と古代人は考えたのである」

(金田一京助全集、第一巻、言語学、金田一京助著、三省堂)

と書かれてあり、古代の人々も、おめでたいときに不吉な言葉を発しないようにしていたことなどがうかがえます。そして言霊観には三種類あります。

「第一段は、『言うことそのままが即ち実現する』と考えた言霊(言語活動の神霊観)
  第二段は、言い表された詞華の霊妙を讃した言霊(言語表現の神霊観)
  第三段は、先祖伝来の一語一語に宿ると考えられた言霊(言語機構の神霊観)」

(金田一京助全集 第一巻、言語学、金田一京助著、三省堂)

に分類でき、時代とともに言霊観が変化するようです。まとめてみると、

「即ち、この人々に取っては、人間が口に上せて発するところのことは、直ちに現実の上に起って来るという素朴な信仰ではなくなり、表現された詞華の中に宿る心霊というものでもなくして、全く、わが国の民族的言語の構成上に、即ち幾万の単語の根源を成す各一音一音には、おのずから備わる微妙な意義が深く宿っていて、おのずから結合して限りなき言葉を成して行く、その神秘を讃えて神ながらの現象であると考え、そこに神霊の存在を考えたのであった」

(金田一京助全集 第一巻、言語学、金田一京助著、三省堂)

となります。つまり、日本語と外国語を自由にあやつることのできる翻訳者やエッセイストは、神ながらの神秘的な現象を引き起こしている神聖な聖職者といえるのではないでしょうか。

フランス語では

日本には歌をよむとき、枕詞、序詞、掛詞や縁語、体言止めなどのかずかずのすばらしい技法がありました。フランスにも詩を読むときにはアレクサンドランと呼ばれる、すばらしい技法があります。そしていろいろな文体が存在します。

パリの無農薬野菜を売っているラスパイユ市場の近くにある、フランス語の語学学校「エトワール」では、新聞の“Le monde”をまいにち読むことや、テレビのニュース番組を見ることをすすめられました。そして、フランス語のありとあらゆる文体がのっている“Exercices de style”(Raymond Queneau, Gallimard )というたいへん興味深い本を授業で教えてくださいました。九十九通りもの文体が紹介されており、これだけ多種多様な文体を、どのように日本語に置き換えて訳しわければいいのかわからなくて、考えていると軽い目まいがするほどです。おおまかにいえば、現代の文体と古典的な文体に大別されたり、軽い感じで書かれた文体と重い感じで書かれた文体に分かれるのではないかと思います。

フランス人の友人に、フランス語で手紙を書くときも、言葉えらびなどがとても難しく、辞書を見ながら迷ってしまいます。たとえば、人にたいして使う「なまめかしい」はフランス語では「coquette」ですが、刃物がなまめかしく光っているときには「coquette」とは言いません。このように、人にたいして使う言葉と物にたいして使う言葉、物でも対象に応じて、また時と状況に応じて、さらに細分化して言葉を使い分けなければならないようです。こういったことは時間をかけて、ひとつひとつ地道に学んでいくしかないのですが、パリだけではなくフランスの地方にある魅力的な街にも訪れ、美しい自然や庭園や建築などを眺めていると、ますますフランス語の勉強をするのが楽しくなってくるものです。

ずいぶん以前に、南フランス、コートダジュールを訪れたことがありました。白い砂浜にはホテルが所有するプライベートビーチごとに工夫がこらされた個性的で、カラフルなビーチパラソルがたくさん並んでおり、太陽がきらきらと輝き、紺碧の綺麗な海がどこまでも果てしなく広がっていました。いつまでもこの素晴らしい景色を眺めていたい、そんな気持ちに誰もがなるでしょう。その綺麗な海に飛び込んで、泳いでみるととても気持ちがいい。でも、海の中にもぐって、下を見るとそこにはもはや太陽の光が届かない暗い紺色に包まれた、冷たい静寂な世界が広がっていて、底が見えませんでした。なんだか少し怖くなり、あわてて水面にあがり、太陽の光を浴びて、ほっとしました。

私にとって翻訳の世界とは、コートダジュールの海を泳いでいるのと同じ世界観なのかもしれません。お勉強をするにつれて、翻訳とはいかに難しく、奥の深いお仕事なのか少しづつわかってきたような気がしております。ただ外国語が好きというだけで、何もよくわからずに飛び込んだ世界ですが、何もわからないからこそ逆に、がんばり続けることができるのだと思っております。きっと、あまりにも深い海の底は見ないほうがいいということなのでしょう。


(コートダジュールでフレンチバカンスを楽しむ人がたくさんいました。砂浜で白ワインやサラダニソワーズなどを注文してゆったりとくつろぐことができます)
2009年9月28日号