フランスを食べる その2 鴨

こういうのを「ものの本」というのだろうか。知ったかぶりをしたくなって、ブリアーサヴァランの『美味礼讃』(関根秀雄、戸部松実訳、岩波文庫)を開いてみた。gourmandise(グルマンディーズ、食道楽)とは「特に味覚を喜ばすものを情熱的に理知的にまた常習的に愛する心である」という定義があるではないか。おまけに「グルマンディーズの中にはfriandise(甘い物好き)も含まれる」とある。よしよし、私はたんなる食いしん坊ではなく、「グルマンディーズ」という人種にカテゴライズとされることになる。立派なお墨つきをいただいた――ということで、パリで知った鴨料理のことを書いてみたい。
ある日、そうです、日時を特定することはありませんね、冬ではありません、春の訪れが日に日に鮮やかになるある春のことです。雑誌に掲載されていた、料理の本の元編集者が経営しているお料理専門の本屋さんを訪ねてみました。そこでは世界中の料理の本がたくさん見られるという評判でした。当時は”food”という名前で 現在は”la Galerie Fraîch’Attitude”と変わっていて、店の場所も趣向も以前とは少し違うようです。その本屋さんを訪れ、店主のマダムといろいろと話をしながら楽しく本選びをしたり、作ってみたい料理などで「お知恵を拝借」していました。
「狂牛病の問題があるから、牛肉を使うことは危険じゃないかしら。鶏肉は鳥インフルエンザが流行っているから、それも危険だと思うの。結果として残された選択肢は鴨肉になるんですが、鴨肉料理の本あるかしら?」
フランス料理ではウサギやカエルの肉といった選択肢もあったのですが、やはり、私にはウサギや蛙の皮をひんむいて、調理するなど、とうていできそうにありません。
「そうね、鴨肉は美味しいわね。ここに今日、入荷したばかりの鴨肉専門のフランス料理の本があるけど、どうかしら? 表紙もとってもおしゃれでしょう?」
本当に、おしゃれな写真とともに、たくさんの美味しそうなレシピが載っていました。ただ、私が作りたかったオレンジソースの鴨肉のレシピがない。どうしてないのか訊ねてみると、
「それはとても伝統的なフランス料理なので、載っていてもいいのに。そういわれてみれば、載っていないわねえ。でも、フランス人はみんな作り方を知っているから」
彼女はそう言って、オレンジソースの鴨肉のレシピが載っている本を探してくれました。
「おかしいわね!すごく不思議!なぜか載ってないわね」


“Le Canard de Julie”(julie Andrieu, Marabout)
ずいぶんと時間がたってから、1冊の分厚い本の中に小さなフランス語の文字で書かれた難しそうなレシピだけが載っている本を取り出してくれました。初めに見たお洒落なほうの本を買いたいのだけど、オレンジソースの鴨肉のレシピも手に入れたい、と迷っていると、マダムは「たった一枚のレシピのためにこの本を買う必要なんてないわ。ちょっと、待ってて、私がこのページだけコピーしてあげるから」と言って、なんと親切にコピーしてくださったのです。とても幸運でした。

日本では鴨肉はとても高価なのですが、フランスでは意外と安く手に入るとても美味しい食材なのです。鴨には四十二種類あり、フランスで鴨肉の名産地といえばChallansといわれています。フランス産の美味しい鴨肉にはA.O.C.( appellation d’origine contrôlée )のラベルが貼られてあるので、すぐに見分けることができます。フランス人は鳥を捕まえる時は鳥を追いかけながら塩をふりかけるので、フランスの塩のブランドcelebosの小さな塩の瓶には、左の絵のように、その様子が描かれたかわいらしい絵が会社のロゴマークとして印刷されています。
というわけで、ここでまたものの本です。
「フランス人は、周知の通り、もっとも多くパンを消費する国民である。おそらくそのせいで病気がはやることが少ないのであろう。何人もの医者が食事の時にたくさんパンを食べるフランス人の習慣に利点を認めている」(『デュマの大料理辞典』、辻静雄、坂東三郎、林田遼右訳、岩波書店)。
私は日本人なのでお米が大好きで、お米のないパンだけの生活なんて絶対に無理なのですと伝えると、フランス風に創作されたお寿司のきれいな本とリゾットの本を見せてくれました。
マダムが「このリゾットの本のレシピは私よく知っているけれど、本当に美味しいわよ」
と教えてくれました。
写真もきれいで、美味しそうなリゾットのレシピがたくさん載せられていました。さすが、みょうに説得力がありました。けっきょく、鴨肉とお魚のフランス料理の本とリゾットの本を買ってしまいました。やはり、マダムみずからが厳選して売られている本のレシピを見て作ったお料理はかくべつ美味しく、感動的でした。毎日、いろいろな食材を見て回り、いろいろなお料理を作るのが楽しみの一つになりました。また一人、思いやりのあるフランス人に出会えたと思うとなんだかとても嬉しくなり、息をはずませてアパートに帰りました。


























