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エッセイ:翻訳の現場から

フランスを食べる その1 マカロン

林千恵子
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Four Seasons Hotel George V ParisにあるLe salon de thé。これだけたくさんの綺麗なバラの花をこの角度で活けるのは至難の業だと、ひたすら感嘆して見入っていた。パリの人たちはこのホテルを「ジョルジュ・サンク」と略称で呼んでいる。真似してそういっていると、いかにもパリっ子らしく思えてきて、肝心の「お勉強」ではうつむいているのに、しばらくはいい気分を味わっていた。

好きなことを書けば文章をうまく綴れるようになるさ、と編集長に励まされて、今度は語学留学での体験ではなく、文章修行です。大好きなマカロン(macaron)のパリ食べある記を綴ってみました。語学留学ではあっても、その地で口にする言葉も食べ物も文化です、遠慮することはない文化を食べようと、パリでは思い切ってマカロンの食べ比べを楽しんでいました。

土曜日の夕方になると、きまってお菓子の店で名高いラデュレ(Ladurée)やピエール・エルメ(Pierre Hermé)のお店の前には、マカロンを買い求める人で長蛇の列ができています。フランス語学校のない土曜がくると、待ってましたとばかりその列に加わっていました。ショーウィンドにきれいな色とりどりのマカロンがたくさん並んでいます。まさか舌なめずりをしていたわけではないのですが、きょろきょろしていると、脇からやさしい紳士が「このマカロンは新製品でとても美味しいよ。買ってみたら?」と気さくに教えてくれます。紳士でないこともあるのですが、不思議なことに前後が紳士ということが多かったようです。フランス人はどうやら男女を問わず、甘いお菓子が大好きなようで、フランス人の友人のご主人も、もちろん甘い物好きで、マカロンや大きなカップに入ったチョコレートのムースをぱくぱくと美味しそうに食べています。ある日、サロン・ド・テ(le salon de théといいますから、イギリスのように午後のティータイムを楽しむくつろぎの場とでもいうのでしょう、コーヒーが主メニューの喫茶店ではありません)にいっしょに行った時、そのご主人が、いつものお気に入りのお菓子が今日はないといって、がっかり、しょんぼりしていました。大きな大人の男性がお菓子にこれほどまでに夢中になっている様子は、私にとっては正直言ってかなり不気味でした。でも、フランス人の場合はどうやらこれが普通のことのようです。

格式の高いジョルジュ・サンク(ジョージ五世ホテル)のサロン・ド・テで、注文をとりにきたギャルソンに、どのような種類のマカロンがあるのかを訊ねると、抹茶味のマカロン(le macaron au thé vert)があるといわれたので、急に日本が恋しくなり、その抹茶のマカロンなるものを注文してみました。ところが、運ばれてきたのは、真っ白な雪のように白い, バニラ味のマカロンでした。これはフランスでの基本の味、ふるさとの味といえばバニラ、というように解釈すればいいのでしょうか?

たとえば、イタリアのベネチアを訪れたときに、とてもきれいな水色をした不思議なパスタを偶然見つけました。もちろん、購入。パリに帰って、フランス人の友人にソースは何がいいかときくと、「絶対クリームソースよ」といいます。これがイタリア人だと、「パスタは水色だけれど、パスタに味はついていないから、チエコの好きなソースを選べばいいよ」と。そこで、イタリア人のあなただったら何ソースがいいの、と聞いてみると、「絶対トマトソース」という答えが、満面の笑顔で返ってきました。クリームソースの作り方が分からないというと、フラン人の友人は、あきれたような顔で私を見ていました。同じ食材でも、やはりお料理のベースとなるものが国によって違ってくるようです。

華やかなピンク色をしたマカロンを注文してみると、あるサロン・ド・テではフランボワーズの味がしていて、違うサロン・ド・テなどではローズの味や、なぜかカリソンの味がしていました。マカロンの色で味を見きわめるのは無理のようです。店によっていろいろなマカロンがあるし、ダロワイヨ(Dalloyau)などは二百年という伝統をしっかりと守っているといいます。

Hôtel Plaza AthénéeのLe salon de thé。マカロンをいくつ食べるか迷っていると、ギャルソンがウィンクをして、籠ごと差し出してくれる。

日本で喫茶店などで長いこと居坐っていると、店の者に良い顔をされず、ともすると、いかにも出て行けといわんばかりに勘定書がテーブルに舞い降りてくるのですが、フランスでは一度席につくと何時間でもゆったりとくつろぐことができ、自分だけの自由な時間を独占できます。

たとえば、ジョルジュ・サンクでは、日本では期待できないような素晴らしい「花の飾り付け」(la décoration florale、日本の生け花とは全く違う花材とデザインの綺麗なインテリア)をいたるところで鑑賞でき、また、素晴らしいピアノの演奏を聴くことができます。まれにしか訪れることがないのですが、「これがパリのホテル」といいたくなるようなプラザ・アテネ(Plaza Athénée)では、ヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」にあるような見事なシャンデリアが吊り下げられており、美しいハープの演奏を楽しむことができます。きれいなテーブルセッティングやマカロンを味わいながら三時間くらいこれらの素晴らしい演奏を一人で楽しんだものでしたが、ギャルソンは笑顔で紅茶にお湯を足してくれました。

日本ではパリのマカロンが有名ですが、マカロンはルネッサンスの時代にできたもので、発祥の地はイタリアといいます。ものの本によると、一五三三年にカトリーヌ・ド・メジチがアンリ二世と結婚された時にフランスに伝わったといわれています(Clêmence Boulouqueのまとめた“Au pays des macarons”でレシピやら、歴史が詳しく解説されています)。パリでは、マカロンの生地はアーモンドパウダー、粉砂糖、卵白、乾燥卵白、砂糖で構成されていて、それに、色粉を加えたり、生地と生地の間にクリームをはさんでいます。

フランスのナンシーではクリームがはさまれておらず、一枚の大きなクッキーのような状態になっています。イタリアが発祥の地だけれど、イタリアの砂糖菓子(il dolce)といえば、il gelato、il tiramisu、la cioccolata、l’ arancia、il biscotto、la violettaやla rosaの砂糖漬けというイメージがあり、マカロンって存在するのだろうか、と思ったりします。パリとは全く違う、どちらかといえばナンシーのマカロンに少し似ているアマレッティ(gli amaretti)というお菓子がイタリアのマカロンのようです。機会があったら、マカロンの発祥の地であるイタリアで存分にアマレッティを味わってみたいと思っています。