英国へ移り住んで(2) 他言語と比べたときの日本語
大学院時代のコースのひとつに、「Translation Genre」という授業があった。実務翻訳から広告や詩、フードライティングなど様々なジャンルの翻訳を掘り下げていくものだった。その授業の中で特に興味深かったのが、人類学者エドワード・ホール(Edward T. Hall)が著書『Beyond Culture』の中で唱えるHigh Context CultureとLow Context Cultureである。High Context Cultureの文化では、集団主義傾向が強まり、共通の経験や期待を共有し、コミュニケーションも暗黙な中で理解される。西洋文化よりは東洋文化で見られ、日本はその代表的な例である。逆にLow Context Cultureでは、個人主義傾向が強まり、伝統を重んじるよりは変革を好み、コミュニケーションも顕示的となる。日本人が集団主義傾向にあることは、ホフステッド(Geert Hofstede)やトリアンディス(Triandis, H. C)はじめ多くの学者に研究されている。
講師のレナは一例として紹介してくれたのだが、ホールの理論に派生したビクター(1992)による一枚のチャートが私にかなりの印象を与えた(Victor,1992:143頁、Katan, 2004:253頁より※)。ビクターはHigh Context Culture/Low Context Cultureと言語の関係をチャート化していた。High Context Cultureではその言語は暗示的な傾向(Implicitな傾向)になり、逆にLow Context Culture になるほどその言語は顕示的傾向(Explicitな傾向)をもつというもので、いくつかの地域言語を比較していた。
※Katan,D (2004) Translation Cultures: An Introduction for Translators, Interpreters and Mediators Second edition: Manchester: St.Jerome Publishing
なんと、一位が日本語で、二位がアラビア語、三位がラテン・アメリカ地域の言語(スペイン、ポルトガル語など)、続いてイタリア語、英語、フランス語、北米言語(英語、スペイン語、フランス語など)、フィンランドを除くスカンジナビア語、ドイツ語、最後にスイスドイツ語であった。つまり、様々な言語の中で、日本語が最もImplicitな言語であるという。それぞれの地域言語をもっと詳しく調べれば、民族の問題、歴史的文化的な背景、単一言語か多言語かの影響などの諸事情が判り興味深いと思うが、とにかく様々な言語の中で日本語が一位を占めているのが印象的だった。ただビクターのチャートでは、日本語以外のアジア言語の例が入っていないし、対象が限定的なのが残念である。
幸い大学院には様々な国からきたヨーロッパ人、アラブ人、中国人、韓国人などがいて、肌で彼らの雰囲気を感じることができた。ドイツ人は確かにはっきり物を言うし、一緒に課題を取り組んだアラブ人の女友達は集団主義傾向が強く、日本人の女の子と似ているところがあるなと思った。勿論アラブ語の中身までは理解できなかったが。知り合いの外国人によると、日本語ほど例外が沢山ありマスターしづらい言語はないという。語彙量の多さもさることながら、母語とは対照的な暗示的な表現を理解するにはそれだけ年季がいるということなのだろう。
講義の最中、確か日本人は私ともう一人くらいしかいなかったのだが、先生にチャートについてどう思うかと訊かれた。私は『日本人はコミュニケーションにおいて、時に「行間を読む」ことが求められる』と応えた。この習慣は集団主義の文化で培われてきた日本人に特有なものだったのだと思った。イギリス人と会話をする時、たまに婉曲的な表現をすると相手に通じないことを経験する。なんでもはっきりと言わないと相手に伝わらないということは日頃感じていることである。
このことは英文表記の難しさにも通じると思う。英文で表記する際、楽なのでついつい「日本語英語」で書いてしまうことがある。頭では日本語で考えてその内容を英文化するやり方である。そのような英文はポイントがつかめないと指摘されることが多い。英訳の難しさは、普段から馴染みある暗示的な表現から顕示的な表現への変換行程にある、とつくづく感じた授業でもあった。


























