アイン・ランドに正面から衝突することのゴリヤク(その3)
「人生は想定外---私がロシアに行ったわけ」はこちら
(その1)においてアイン・ランドの思想を簡単に紹介し、その明晰で向上心のお化けのような言論を打ち出してくるアイン・ランドというのは日本人が最も苦手なタイプの書き手であると、私は指摘しました。それは平均的に日本人の心性である「前近代的エトス」にとって不快なものだからだとも示唆しました。(その2)においては、「前近代的エトス」だと、私が考えるところの心性の特徴を記し、そのような「前近代的エトス」は人間のふつうの自然なありようではないかと問いました。
今回は、私が、ふつうの人間のありようだと考える「前近代的エトス」なるものを、別の観点から検証し、私の考えを補強したいと思います。ここで、私はややこしい面倒なことはせず、深く考えることもなく愚痴りながら悲しみながらも環境を受け入れ、頑張ることはしないで、そこそこ楽しく生きてゆくホビット族が活躍するJ・R・R・トールキンの『指輪物語』の「中つ国」に言及したいと思います。映画化もされていますので、ご存知の方々も多いと思います。

『指輪物語』の舞台である「中つ国」は、たくさんの部族種族が住んでいますが、彼らは、自給自足できる土地と資源があるので、互いを少しだけ嫌いながらも(自分とは違う存在は誰だって少し嫌いで苦手ですから)、争いません。争いの種になりがちな交易がほとんどありませんし、大量移動もありません。それぞれの流儀で自由に適当に楽しく暮らし棲み分け、(異質の)共存をしています。
その自由で平和でのんきな世界が、万能の権力を保証する「指輪」を入手したい冥王サウロンによって戦場となります。「中世的平和な停滞」を享受していた人々の世界が、停滞や現状維持ではなく拡大や増大という「改善変化進歩」(?)を欲望する存在によって乱世となるが、また平和(と停滞)を取り戻すというのが、『指輪物語』の大筋なのです。
『指輪物語』が、とんでもなく長大なものにも関わらず、ずっと読まれ続けてきた理由のひとつは、あの物語が前提としている世界観や人間観や政治観が、大多数の人間にとって一番無理なく受け入れやすい質のものだからではないでしょうか。もっと正確に言えば、あの物語は「規範(道徳)が実現された中世的停滞」を祝福しています。作者のトールキンがカトリック教徒であることが、あのような「幸福な中世」世界を創造することに影響があったのかもしれません。
『指輪物語』において、君主は君主らしく君主の責任を果たし、臣民は臣民らしく君主に従い君主を支えますが、それは主従関係ではあるが、断じて主人と奴隷の関係ではありません。男は男らしく女を守り、女は女らしく男らしい男に従うという伝統的性的階層秩序が守られてはいますが、男女は対等で互いに敬意を払いあう関係です。仲間は、仲間らしく信頼しあい協力しあいます。あの物語の登場人物たちは、何かをする場合、いつでもどこでも話しあって決めます。互いに敬意を払い意志を確認しあいます。
あの物語が読んでいて快適なのは、主な登場人物がみな「・・・らしさ」を体現し、「・・・らしくあろう」としている点です。「・・・らしさ」とは、人間に求められる行動規範です。つまり、『指輪物語』は、行動規範という道徳に立脚した(責任と能力ある)君主制身分制民主主義自給自足体制なるものを描いています。あの物語は、その意味において、「らしさ」が崩壊し、無規範(anomy)がはびこる現代世界に対する批判となっています。
『指輪物語』を例に出して、私が何を言いたいかといえば、「前近代的エトス」というのは、悪いものでも、後進的なものでもなく、ある条件が実現されていれば、大多数の人間にとっては最も自然で気楽で好もしいものであるということなのです。
では、その実現されているべき条件とは、何でしょうか。それは、前述の「・・・らしく」行動する規範が規範として道徳として守られ秩序があること、および自給自足体制です。道徳が遵守され秩序があれば、外部にわざわざ逃げる必要もありません。自給自足の世界であれば、外部に財を求める必要もありません。
しかし、実際の歴史において、中世は終り近代の幕が開きました。神の代理人であるはずの教会の腐敗と聖職者の堕落を告発した宗教革命が起きました。君主が君主らしく国を治めることができないので臣民が臣民らしく君主に従っても割が合わない、意味がないという理由で起きた市民革命によって王制は消えました。もしくは王制は残っても、王は憲法や議会によって厳しい制限を受けるようになりました。
英国からのアメリカ独立革命は、大航海時代の領土拡張政策に付随した英国とフランスの北アメリカ大陸領土獲得合戦のひとつフレンチ・インディアン戦争によって生じた国庫逼迫が原因でした。アメリカ植民地在住者への重税で財政赤字を補填するイギリス王室の政策への叛乱によって起きました。つまり、自給自足体制で生きていれば生じようもなかった戦争も中世的平和を終らせました。
あの当時の人民にとって「王様」というのは、まさに雲の上の存在であったはずですが、その雲の上の存在が、裸の王様にしかすぎないと知らなければ、つまり「仕える価値などないフツーの人間」であるという認識が生まれなければ、反乱とか謀反とか革命とかは起こせません。
身分制が崩壊すれば、富と機会を求める個人の才覚競争は熾烈になります。「・・・らしく」行動する道徳が遵守されなかったので、また自給自足体制を作るかわりに外部に行って財を獲得する政策を採ったので、中世的秩序が崩壊したヨーロッパは、次に帝国主義政策を採るようになりました。
ヨーロッパ列強は、「前近代的エトス」もしくは「中世的停滞エトス」、もしくは「普通の無理のない生き方」で生きていた自給自足のアジア諸国やアフリカ諸国に侵攻し、そこを植民地化し、あるいは属国にし、自給自足体制ではなく宗主国に左右される経済体制にしました。かつ自分たちヨーロッパのエトスを内面化させるべく「土人」を教化することも始めました。特に「土人」の上層支配層の教化が要点でした。
「ヨーロッパ近代」とは、個人も社会も絶え間のない自己革新改革進歩を重ねる社会階層間の流動性が高い社会です。「ヨーロッパ近代のエトス」とは、そのような社会を生き延び勝ち抜くのにふさわしい現実対処能力や思考力や科学的分析力を個人が養い習慣にできる心のありようです。冷静に状況を見て、かつ状況に対処する自分自身を管理する油断のなさ(awareness)が、「ヨーロッパ近代のエトス」です。
日本も、また明治維新によって「ヨーロッパ近代のエトス」を伝播されました。物の製作法や技術はすぐに学習できます。しかし、エトスや思想は実体ではありませんから、学習はされても内面的規範になるには、時間がかかります。伝統的エトスとすぐに交替できません。「ヨーロッパ近代のエトス」は、まだまだ平均的日本人の心には内面化されておりません。そこが「精神文化」というものの根強いところです。
太平洋戦争の敗北の理由のひとつは、「ヨーロッパ近代のエトス」で行うべき近代戦をするには、日本人が「前近代的エトス」でありすぎたということがあります。戦後の冷戦時代のアメリカにとっての極東における浮沈空母であった日本は、独立国家というよりはアメリカの属国でもありましたから、自前で明晰に思考して方針を決定する必要性もなく、内なる「前近代的エトス」は温存されました。しかし、日本人も、いつまでも「ホビット族」をやっていられなくなってきたのです。(続く)



























