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エッセイ:秋林哲也の文章の話

文章をめぐるエッセイ(23)

秋林哲也
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「機関車」と「機械」


江坂光守写真集『わが鉄(くろがね)のメロス』(鉄道ジャーナル社刊)より

「ポエジー」は、花鳥風月や秋の夕暮といったものとは限りません。日本文学がそうしたもののなかに強く傾斜していったことは確かですが、それは日本人の世界観・文学観と連動しているでしょうし、仏教思想とも関りがあると思います。

新しい思想をもって登場した中野重治は、ことさら古いものとの決別を鮮明にしたかったに違いありません。前回引用した詩「お前は歌ふな」の先きには、

すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべての物憂げなものを撥き去れ

という勢いのいい言葉があります。そしてそれまでの日本の文学作品には見られなかったものを、自分の「歌」の対象にしました。

彼は巨大な図体を持ち
黒い千貫の重量を持つ
彼の身体の各部は悉く測定されてあり
彼の導管と車輪と無数のねぢとは隈なく磨かれてある……

「機関車」という詩の冒頭です。中野重治はポエジーを否定しようとしたのではなく、新しいポエジーを創出しようとしたのです。「赤まゝの花やとんぼの羽根」から「黒い千貫の重量」の機関車まで、ポエジーはどこにでも見出すことができるでしょう。中野の詩は「抒情的な世界からの脱出ではなくて、抒情の内質の変革」である、というのです(伊藤信吉)。

文章、散文においても同じことが起きていて、やはり「変革」の試みがなされています。中野重治が「機関車」や「歌」の詩を書いているちょうどその頃に、横光利一の小説「機械」も書かれていました。詩における「抒情の変革」に対して「文学の変革」とも言うべきもので、自然主義文学の平板なリアリズムを打ち壊そうというものでした。

「機械」は有名な作品ですから読んだ方も多いと思いますが、特異な文章で知られています。400字で50数枚の短編ですが、全編を通して改行が非常に少ないのです。原稿用紙の1行20字だと全体で1080行になりますが、改行はたったの7個所しかありません。平均154行に1回しか改行していないということです。が、これはただの実験ではなく、主人公「私」の心理、意識の流れが息つぎもないように刻々と変ってゆくのを捉えているのです。


江坂光守写真集『わが鉄(くろがね)のメロス』 (鉄道ジャーナル社刊)より

じつは私は、この作品を『昭和文学全集』に収録するために編集・校正をしたことがあって、その字数や行数、改行数をなんども数えたことがあるのです。

特にこの作品の最後の方の段落には338行というのもあって、読者は普通の本の組みだと10数ページもの改行なしに直面します。このあたりの殴り合いも含む場面と、主人公の意識がつぎつぎにうつり変ってゆく描写は圧巻で、改行なしの効果が納得できるでしょう。また20字で10数行も句点のない文章もいくつかあって、それに同調しています。

中野重治の「機関車」が社会の変革を目指す詩として書かれていた時代に、横光利一は方法の変革を試みてこのような小説を書きました。「新感覚派の文学」と呼ばれました。

真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けていた。沿線の小駅は石のように黙殺された。

(「頭ならびに腹」)

という文章は、よく教科書に引用されます。

この時代、さまざまの新しい試みが誕生し、声をあげています。未来派、表現派、ダダイズム――などといったアヴァンギャルドが叢生した時代、文章も影響を受けました。

2010年3月29日号
(第4巻150号)