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エッセイ:秋林哲也の文章の話

文章をめぐるエッセイ(18)

ツルゲーネフが好きで

秋林哲也
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「好きな作家は?」と聞かれたとき、さっと答えるのは意外にむずかしいものです。編集の仕事でつきあっていて、時折一緒に飲んだりするけれど、作家としてはそれほど評価していないという人もいます。ぎゃくに、あまり親しくはないけれども、作品は高く評価している、という作家もいます。

「トロッコ」のような歴史的作品には、そのような面倒はないわけですが、一度は会ってみたい作家です。あの怖い表情の写真は、作者の一瞬の隙(すき)を写しとったのではないでしょうか。

「トロッコ」を読むと、私は望遠鏡をさかさまに覗いたときのような思いにとらわれます。丸く長い筒の向うの風景が遠くミニチュアとなって見え、なん10年も前の体験や風景が小さくクッキリと現れるのです。

そんな「トロッコ」から入って文学作品を読みはじめたのですが、もうすこし後になって、こんどはツルゲーネフに出会いロシア文学が好きになりました。ドストエフスキーのような大きな山へ登る前は、もっぱらツルゲーネフを読んでいました。

ツルゲーネフなどというと、明治期の日本の自然主義作家が影響を受けた人と言われ、ずいぶん「古典的」な感じがするかもしれませんが、昭和20年代には、その作品集がなん巻も新刊発行されていたのです。創元社からだったと思いますが、レヴィタンの絵を装丁か口絵に使った美しい本で、でもやはり高校生には買えなくて代わりに文庫で読みました。

夕べの鐘
チェホフと親しかったレヴィタンの絵「夕べの鐘」(1892)。

私が今でも持っているものでは、『猟人日記』は戦前からの岩波文庫ですが、『父と子』は新潮文庫、『煙』は近代文庫(創芸社)、『その前夜』『散文詩』は角川文庫、『春の水』は市民文庫(河出書房)といった花盛りで、いずれも昭和26年から28年に発行されています。ちょうど私の高校時代です。私が田舎にいて特別古めかしい読書をしていたわけではなかったと思います。

日本の自然主義作家が、ツルゲーネフの『初恋』や『あひゞき』の文章から影響を受け、模倣に近い文章も多く生み出されたと言われます。近年、そのことについて新しい論評もありました。

ツルゲーネフの文章が日本語文章の自然描写を一変させた――という従来の見方に対して、いやあれは西行や芭蕉につながる日本の伝統的な感性なのだ、というのです。『あひゞき』などを訳した二葉亭四迷の訳文が、同時代の日本の作家によく理解されたからだ、というわけですが、そうなると翻訳の力というものがひじょうに大きいことになります。

私にとっては、『あひゞき』が訳されてから50年後という時代で、「戦後文学」のまっただなかになります。が、雪国の中で生活していたので、雪国ロシアの風土とロシア文学の自然描写は、とても親しいものに感じられました。ロシア文学、とりわけツルゲーネフの叙情性は、レヴィタンの絵やチャイコフスキーの音楽とともに「美しいもの」としてとらえられていました。

もう一つは、昭和20年代(1945~1955年)という時代背景もありました。敗戦による劇的な制度改革、その最大のものは日本国憲法の制定ですが、私の身の周りの農村では「農地改革」ということがありました。小作地の80%が解放されたのですが、これとツルゲーネフの時代の1861年の「農奴解放」と重ね合わせて見たのです。

ツルゲーネフの代表作『父と子』が描いている新旧の世代間の対立が、実際にいたるところで起っていました。そんな雰囲気の中で読んだ『父と子』の主人公バザーロフは輝いて見えたし、じっさいバザーロフとよく似た人と出会ってサークル活動にあけくれた時期があります。

ツルゲーネフとは、そのような結びつきでした。

黄金の秋
レヴィタンの絵「黄金の秋」(1895)。ツルゲーネフの情景描写を思わせる。
(つづく)
2009年7月13日号