文章をめぐるエッセイ(15)
トロッコを押して
1950年9月発行の新潮社版「芥川龍之介集」。私はこれを同年10月に買った。320円、中学2年生にとっては高い本だったが、なんども読んだので元はとれた?
カルチュアの小説講座では、よく「作家ではだれが好きですか?」と質問されることがあります。「やはり三木卓さんがいいね」とか「黒井千次が好きでね」と答えれば、その場の会話としては済むのでしょうが、私は質問する相手の書いているものなどをつい考えてしまい、即答するのをためらってしまいます。
なにか書いている人には、きっと好きな作家というものがいるはずです。その作家のものはほとんど読んでいるとか、本が出たら必ず買うといったつき合いをしていると思います。こんな作品を書いてみたいという目標にもなるし、いい意味で真似る、学習するという対象にもなるわけです。いろいろな作家を読んでみるよりも、好きな作家の全作品を読むといい、とはよく言われることです。
前回話した「情緒」とも関係しているのですが、どうしようもなく好きな作家とか好きな作品があって、それを読むと「書きたい」という意欲が湧いてくる――という経験をお持ちでしょう。アルコールやタバコでなく、もっとメリットの多い直接的な刺激を受けるわけです。
私のことで言えば、若いころには芥川の『トロッコ』がそれでした。わずか12枚か13枚の短編ですが、その中には、くり返しなんど読んでもそのつど心を動かされる文章がいくつもいくつもあります。
三人の子供は恐る恐る、一番端にあるトロッコを押した。トロッコは三人の力が揃ふと、突然ごろりと車輪をまはした。
私の生まれ育った田舎の町には、秋田杉を運搬する森林軌道が山裾に延びていて、空の無蓋のトロッコがいつもレールに乗っていました。ちょうど主人公の良平と同じ年ごろの私たちは、よくそれを押して遊んでいて、大人が来ると逃げだしたものです。
そんな共通の体験から、私は自分のトロッコにまつわる「冒険」を、いつか書いてみよう、この芥川の『トロッコ』のように書いてみよう、という気持を抱いていました。
トロッコの厚い木の台や木枠は傷ついたり汚れたりしていましたが、その下の大きな車輪だけはレールと同じにピカピカに光っていました。それをうんうん押していると、「突然ごろり」と動くのです。そのリアリティは体験したものでないとわからないと思うのですが、どうして東京に生まれ育った芥川龍之介が、このように描けるのだろう、と感嘆の念をもって読みました。
最後に良平が土工たちと別れて、夕暮の線路わきの道を必死に走り続け、ようやく、
……村へはひって見ると、もう両側の家家には電灯の光がさし合ってゐた。
という情景も、昔の日本の赤い電灯の点った家並を思わせ、貧しかった時代を思いおこさせますし、やっと家にたどりつきわっと泣き出すところも、そのまま自分の体験に重なります。
こうした共通する多くのものから、私の場合は理屈からではなく、大いに「情緒」を通しての結びつきであり、刺激でした。
いつか私の「トロッコ」を書いてみよう、と考えてからもう50年以上もたってしまいました。良平は「今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆を握ってゐ」て、理由もなくトロッコのことを思い出すのですが、私も長い間出版社に勤めていました。まだ「トロッコ」は書き出していません。いつか書いてみよう、書いてみたい、という気持だけが、
薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続してゐる。……
(『トロッコ』の最終行)
という状態のまま、芥川の人生の2倍も生きてきてしまいました。





























