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エッセイ:秋林哲也の文章の話

文章をめぐるエッセイ(9)

秋林哲也
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「鞭声粛々夜河をわたる」

NHKの人気番組『漢詩紀行』の愛蔵版、DVD・ビデオ全集/全10巻――というのが、私の見た広告です。これだけの大きな広告が出せるのは、きっと視聴率から見て売れる見込みがあるからなのでしょう。

高校の国語の時間に「漢文」というのがありましたが、返り点などわずらわしい規則があって、あまりたのしい記憶はなかったような気がします。それでも、この全集の宣伝文として引用されているいくつかのさわり

国破れて山河あり とか
帰りなんいざ田園まさに荒れんとす
春眠暁を覚えず

などといった一行が頭の中に残っているところをみると、やはり印象ぶかく、また目に触れる機会も多いからだろうと思います。

日本文学史で詩歌について述べると、「記紀歌謡」や「万葉集」から始まって「古今」「新古今」へと続き、その間、大きな比重をもっていた漢詩文についてはあまり述べられてこなかったことを、大岡信さんは指摘しています。

「女手(おんなで)文学」隆盛の間も、一方には「男手(おとこで)文学」が確固とした地位を占めていて、菅原道真や藤原公任など公人の秀才がすぐれた漢詩文を詠んでいました。公文書が漢文で書かれていた時代ですから、こっちの方が主流だぞ、という意識があったことでしょう。

漢詩文は中世にもひきつがれ、例えば「五山文学」、禅宗の僧による漢詩文文学などがあります。また五山から外れたところにいた禅僧・一休宗純、あの一休さんの漢詩集『狂雲詩集』『狂雲集』はすぐれた詩作品といわれています。

江戸時代になると、五山文学の影響からはなれて儒学を背景にした漢詩文が作られるようになり、著名な詩人も現れます。富士川英郎『菅茶山と頼山陽』、中村真一郎『頼山陽とその時代』という名著もありますが、ついこの間、第27回新田次郎文学賞の発表があり、見(み)(のべ)典子(のりこ)さんが『頼山陽』で受賞しました。

見延さんが学生時代に書いた『もう頬づえはつかない』はベストセラーになりました。それから30年を経て、この江戸時代の名文家の生涯を小説として書きました。

頼山陽は史家でもあり『日本外史』の著者ですが、これは漢文で書かれています。私たちが知っている山陽の詩は、

鞭声粛々夜過河 暁見千兵擁大牙

遺恨十年磨一剣 流星光底逸長蛇

というもので、これは七言絶句の詩形です。私などはそれを文字ではなく、詩吟の音声として耳から知っています。「べんせいしゅくしゅく、よるかわをわたる」といううなり声は、よく耳にしたものでした。

とは言うものの、これには世代差があることでしょう。この間、カルチュアの講座で話をしたところ、「べんせいしゅくしゅく」という文句を知っている人は、ごくわずかで、年輩の男の人たちでした。

岩波新書に吉川幸次郎・三好達治著の『新唐詩選』という一冊があり、1952年の出版ですが、ある時期のベストセラーでもありました。2008年2月で
第90刷発行となっています。これにつながる読者が、NHKの『漢詩紀行』を支えているのでしょう。

『源氏物語』の文章が、現在でも日本文学に大きな影響を与えているのと同じに、漢詩文もまた、近代文学・現代文学の文章に脈々と受け継がれ、大きな役割をはたしている、と言っていいと思います。

(つづく)