文章をめぐるエッセイ(5)
「文字と文章」

"Johann Gutenberg and the Amazing Printing Press"
Bruce Koscielniak, HOUGHTON MIFFLIN
この間、あるところで「出版の歴史」に触れて話したのですが、その中でグーテンベルクの活版印刷術の発明に話が及び、あれにはヨーロッパのブドウ絞り機械が大きな役割をはたしていた――ということから、つい好きなワインの方へ話が脱線していきました。
ブドウ絞り機械と、もう一つは金属活字の鋳造ということも大事なことでした。鉛と錫とアンチモンの合金です。活字を造るにあたっては、アルファベット26文字だけの組み合わせで、どんな文章でも書けるというヨーロッパ系言語はとても有利です。大文字小文字合わせても52字です。
日本語の場合は「いろは48字」であり、アルファベットの倍近い数になります。これを平がなとカタカナの両方を入れると96文字で、その差はもっと広がります。
日本にはすぐれた木版印刷技術が昔からありましたが、文字数は別にしても木版と金版とでは印刷部数の差が大きいでしょう。印刷には「できるだけ早く、できるだけ多く」という目的があり、それは現在でも変わりません。
日本語にはまた漢字というものがあります。小学1年生で80、2年生で160という1000余りの教育漢字を含む約2000の常用漢字のほか、200近い人名漢字もあります。この数字枠はしだいに広がる傾向にありますが、漢字全体としては5万以上といわれています。全部わかる人はいるのでしょうか。
日本語の文章を書いて印刷する場合、どれだけの活字を用意しなければならないか、活版印刷技術の能率ということから考えると、26文字のアルファベットで済むヨーロッパ系言語(ロシア語は33文字、ギリシャ語は24文字)と比べると負担が大きことはまちがいありません。
グーテンベルクの印刷術には、プレスと活字のほか、油性インクとか紙といった要素もありますが、ここでは活字に限って話します。
日本の木版印刷には長い伝統があり、世界でも類のない精巧な技術で、瓦版や草紙、浮世絵を生み出しました。草書の一枚摺などは木版でなければできない芸当でしょう。木版の彫りは、いまの私たちの想像を超える早さだったようです。
しかし、明治になってからの「近代化」で、活字印刷技術が導入され、多くの新聞や雑誌、それに創設された数多くの学校の教科書などが、「できるだけ早く、できるだけ多く」発行されるようになりました。社会の変動とそれにともなう情報の量の増大には、木版刷の名人芸では間に合わなくなってきました。
文章もまた、それに合わせて変化します。それまでの文章語、文語候文(そうろうぶん)から「言文一致」という口語文章が誕生することになりました。これは文学の世界が早く、二葉亭四迷の「浮雲」「あひびき」や山田美妙の「武蔵野」などがその最初のものです。
小説の世界で言文一致が一般化したあとも、手紙とか公用文にはながらく文語文が保たれました。「浮雲」は1887年(明治20年)に発行されましたが、その2年後に発布された「大日本帝国憲法」の第1章第3条にはこう書かれています。「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」。
こんなものも知っていますか――「召集令状」、いわゆる「赤紙」です。「右召集ヲ令セラル依テ左記日時到著地ニ参著シ此ノ令状ヲ以テ当該召集事務所ニ届出ヅベシ」
1945年(昭和20年)まで、このような文章が私たちの頭の上に厳然としてありました。


























