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エッセイ:秋林哲也の文章の話

文章をめぐるエッセイ(22)

秋林哲也
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美意識の継承

芥川龍之介集 日本文学の源流『源氏物語』(小学館版)

日本文学における風景描写・自然観賞は、他の国のそれと比べてきわだって大きく濃厚で、強い個性として認められています。これは小説においても詩歌においても同じであり、日本語文章の美学を支えています。

翻訳の仕事をされている方々は、ことさらよく認識されていることでしょう。

日本文学の源流である『源氏物語』では、作品全体に蒔絵のような姿で自然描写がちりばめられていて、人物の内面と呼応しています。『源氏』をまだ全部読んだことのない人でも、あの冒頭の「桐壷」の、帝が亡き人を偲ぶあたりの、

野分だちて、にはかに肌寒き夕暮のほど……
草むらの虫の声々もよほし顔なるも、いと立ち離れにくき草のもとなり。

といったところなど、教科書でお目にかかった覚えがあるでしょう。もっとも、1950年代の戦後派文学のまっただなかにいた高校生の私には、あの雰囲気は「古い世界」のものという印象で親しめなかったのですが――

『源氏』54帖といいますが、そのいくつかを頭から並べてみても「桐壷・帚木・空蝉・夕顔・若紫・末摘花・紅葉賀・花宴・葵……」といった美しいイメージの名詞が並んでいます。いわゆる「源氏名」といわれるものは、この54帖からとって後世宮中の女官にさずけた称号だそうです。江戸時代になって遊女の営業上のネームとなり、現代でも続いているようですね。それだけ美しいものとして流用したのでしょう。

「小倉百人一首」
かるたにもなっている藤原定家選『小倉百人一首』には、日本文学の美意識が凝集している。

『源氏』のすこしあとに『新古今集』(1205年)が成立していますが、この中に「三夕(さんせき)の和歌」として知られる歌があります。

……まき立つ山の秋の夕暮(寂蓮)
……鴫立つ沢の秋の夕暮(西行)
……浦の苫屋の秋の夕ぐれ(定家)

これらの歌にも共通しているトーンは、さきの「桐壷」のトーンと同じもので、日本文学の主流に属しているものでしょう。

川端康成がノーベル文学賞を受賞したときに、「美しい日本の私」と題する講演を行なって、一時流行語にもなったほどですが、

……「雪、月、花」という四季の移りの折り折りの美を現わす言葉は、日本においては山川草木、森羅万象、自然のすべて、そして人間感情をも含めての、美を現わす言葉とするのが伝統なのであります。

と述べています。そしてまた『源氏』や『枕草子』『古今集』などの古典名作が、「日本の美の伝統をつくり、八百年間ほどの後代の文学に影響をおよぼすというよりも、支配したのでありました。」とも述べています。

俳句の世界においても、「花鳥諷詠」はいまなお主流です。

「木曽路はすべて山の中である。」から始まる藤村の『夜明け前』、昭和初期に発表された近代小説の代表作といわれる作品ですが、これの冒頭から2ページはほとんど自然描写からなっています。

日本文学は、この風景描写・自然観賞をとり入れて、他に類を見ない文章の美学の主柱としてきました。これが日本文学の「ポエジー」といっていいものでしょう。

『源氏』や『古今集』から1000年たった昭和のはじめの頃、詩人・中野重治が「歌」という詩を書いて、長い長い「支配」に対して異議申立てを行ないました。

お前は歌ふな
お前は赤まゝやとんぼの羽根を歌ふな
風のさゝやきや女の髪の匂ひを歌ふな
……

2010年2月15日号
(第4巻144号)