入門翻訳勝ち抜き道場
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12月22日号
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田中寿美
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9.未成年者と犯罪

八百屋お七は、江戸時代初期、火付けの罪で江戸市中引き回しの末、鈴が森で火刑に処せられた。放火という江戸に大災害を及ぼす行為に対する見せしめのためである。享年十七才であったと言われる。

江戸時代、犯罪者に対する日本人の考えは、たとえ犯人が未成年者であったとしても、庶民を守ることや社会に及ぼす影響を大切に考え、恐怖を与えるような刑罰を科したのではないだろうか。その昔、武士階級では、元服は十一歳から十七歳ぐらいまでに行われたようだが、元服後は成人とみなし、自分の言動に責任をもたせた。戦争に行くこともあった。女子は若くして嫁がされた。現代の中、高校生の責任とは随分違うように思う。

近年未成年者による無残な犯罪が数多くおきている。だが、その時どれほどの衝撃を受けたとしても、年月がたてば、家族以外の人にとっては、過去の事件として記憶の彼方へ葬られてしまう。

Kip Kinkel15歳、逮捕後の写真である。
この写真は、Kip Kinkel15歳、逮捕後の写真である。オレゴンの地方都市、Spring fieldで起きた事件だったため、The Oregonian(新聞)には、連日彼の写真入り記事が載った。彼は、今年24歳になる。両親と2人のクラスメイトを殺害した罪に対しては、25年の刑が科された。しかし、25名を銃撃して怪我をさせた罪、又保護された後警察官をナイフで刺そうとした罪、一人当たり40ヶ月の服役期間の26名分、86.67年が加算され、計111.67年の刑となった。あと102年、仮出所も許されず刑務所で生活する。彼は、126歳まで生きて罪を償わなければならない。あまりにも悲しい・・・ ・・・。www.cnn.com/US/9806/16/kinkel.arraign.update/

しかし、日本の未成年者犯罪の中でも、2004年6月、長崎県の小学校六年生の少女が、カッターナイフで友人の女の子の首を切り殺害するという事件は、その幼さと動機、残忍さが今でも私の頭から離れない。当時、被害者さとみさんの父親の手記をインターネットで読んだ。小学校六年の娘に読んであげると、オイオイと泣き始め、母子で涙したことを思い出す。子を亡くした親の呆然とした心が痛いほどわかった。新聞社に勤める氏の文に、「父さんとさとみの名前が新聞やテレビにでている、しかし、なぜだかわからない」とあった。加害者の名前は、出てこなかった。

現在の日本では、犯行がどのように残忍であっても、犯人が未成年者の場合、名前も写真も一切公表されない。一方、被害者の方は、連日連夜名前から顔写真、時には家族の詳細までがマスコミによって公表され、悲壮な現場状況から知られたくない家族のことまで報道の的になる。加害者は少年法に守られている。しかし、被害者の少年法は、殺されてしまえば関係ないのだろう。

アメリカでも青少年犯罪は後を絶たない。特に高校生の学校での銃乱射事件は悲惨なものである。1998年、オレゴンのスプリングフィールドという田舎町で、予想しがたい事件が起こった。男の子が両親を殺害後、自分が通う高校のカフェテリアに行き二人を殺し、二十五人に重軽傷を負わせた銃乱射事件は人々を震撼させた。犯人は十五才。名前はキップ・キンケル(Kip Kinkel)。学校では目立たないおとなしい子であった。しかし、家に帰ると、地下室で鉄砲を集め、爆弾まで作っていたらしい。マスコミは、一斉にキップ・キンケルについての情報を流し始めた。新聞の一面に顔写真が載り、テレビでは、後ろ手に縛られうつむきながら連行される様子が、日に何度も報道された。殺害された子供たちや怪我を負った子供たちの写真や話も載せられたが、加害者の比ではなかった。多くの子供たちが、あのようにはなりたくないと思ったことだろう。

その翌年、コロラド州コロンバイン高校で、当時最悪といわれた銃乱射事件がおこった。十八才と十七才の二人の高校生が、在校生二千人を超す校舎にライフル銃を持ち込み乱射した悲惨な出来事だった。殺されたのは、教師を含む男女学生十三名。多くの重軽傷者をだした後、自分たちも自殺してしまった。

この事件はあまりに悲惨だった。その実況中継は全米中に何時間にもわたって「Mass Murderer」(集団殺人)として放映され、誰が何のために何人を殺し、何人が怪我をしたのかわからないまま時が過ぎていった。逃げられると判断された子供たちは戸口から出され、あるものは窓から飛び降りた。テレビを見ていた親なら、子供たちが通う学校で、突然おきる災難からどのように我が子を守ることができるか途方に暮れたと思う。この加害者の少年たちの動機や心理は、本人たちから聞くすべがなかったため憶測のもとに書かれた。新聞でも雑誌でも、彼らの幼少のころのことから家族のこと、交友関係、学校内での行動に至るまで、犯罪に至った原因と経過を探しているかのように詳細が報道された。そして、エリック・ハリス(Eric Harris)とディラン・クレボールド(Dylan Klebold)の名は、少年犯罪史上に永遠に名を残すことになった。

これをきっかけに、過去に犯罪を起こした子供たちの研究があらゆる方面からなされた。普段の家庭での生活、自分の部屋で何をして過ごしていたか、趣味、親子友人関係など、綿密に調査された。調査研究の成果は、犯罪を未然に防ぐ手段として教育機関で採用された。学校では、子どもたちに何か異常な言動がみられれば、すぐに家庭と連絡をとり対処していくようにもなった。

しかし、アメリカの銃による犯罪は、近年、十四才以下の子供たちによるものも増えている。大量殺人でないため印象が薄いが、中学校(ミドルスクールとも言われ、地域によっては六年、七年、八年生)でも喧嘩や男女間の恨み、先生、校長に対しての怨恨を拳銃発砲によって晴らす事件がおきている。最年少の犯罪では、七才の男の子が、教室で、父親の拳銃をつかって六才の女の子を撃ち殺した事件があった。きっと我が家でも、おもちゃの拳銃で遊ぶやんちゃな子供だっただろう。学校でもそのつもりだったのかもしれない。しかし、どこから本物の拳銃を持ち出すのだろう。両親は何をしているのか。アメリカの青少年の銃犯罪の多くは、家庭内にある両親が持つ銃でおきている。

ある少年がおこした殺人事件の特集がニュースであった。私が日本とアメリカの違いに最も驚いたのは、殺人犯の母親が翌朝全国放送テレビに出演していたことだった。その子の日ごろの行動や小さいころのことなどインタビューに答えていた。自分の育て方が悪かったなどと決して思ってはいない。その子の持つ個性が自分の思うのと違う方向に行ってしまった。被害者に対する同情はあるものの、子供と親の責任は区別するという態度が明らかであった。子供が犯罪を起こした場合、親が非難を受け、家庭教育の是非を問われる日本社会とは違うように思う。

キップ・キンケルの姉もハワイ大学在学中であったため事件に巻き込まれることはなかったが、数ヵ月後テレビに出演し、刑務所にいる弟のことや弟に殺された両親の思い出を語っていた。彼女には殺人犯の姉であるという事実以外には、その事件において自分を卑下することも、そのために自分の将来が抹殺されたというような悲惨な様子などもまったく見えなかった。美しく平穏な表情と心情が伺えた。たとえ彼女の心中が人には計り知れないほど悲しく複雑であったとしても、それは彼女自身の問題であるかのように感じた。

スプリングフィールドの高校で、キップ・キンケルに銃で撃たれながら一命を取り留めた高校生たちが、数ヶ月後テレビに出演した。傷もずいぶんと癒え、事件のことを語ることもできるようになっていた。アナウンサーが、事件時の心境やその後の体調や心理的な変化についてのインタビューを終えた後、銃規制についてきいた。

「アメリカでは、個人の銃所有権利があるために、多くの銃による青少年の犯罪がおきています。あなたたちもその犠牲者の一人だと思いますが、銃規制(Gun Control)、つまり個人が銃を持つことに対する厳しい制限を法律で作るべきだという意見について、あなた方はどう思いますか。被害を受ける前と後ではどのように考えが変わりましたか」

女子の一人が答えた。

「銃を持つかどうかは、あくまで個人の判断です。法律でそれを規制すべきではないと思います。銃が悪いのではなくそれを使う人が悪かっただけです。アメリカには、銃で自分の身を守らなければならない人もいるのですから。私自身、銃を規制すべきでないという考えは、銃で撃たれる前と後ではまったく変わっていません」

被害者の友人たちが皆相鎚をうった。私は、わなわなと震えだし、テレビに向かって祈るように叫んでいた。

「お願い!お願いだから、そんなことを言わないで!私の子供たちは、これからまだ何年も学校に行かなければならないのよ。もし、もし、子供たちがこんな事件に巻き込まれたら、私は……生きていけない……。どうか、『自分たちは銃社会の犠牲者だ。これから国は銃を規制し、犠牲者をなくすようにしなければならない』って訴えてちょうだい。それがあなたたちの役目よ。そして、それが将来、たくさんの子供たちを銃の被害から救うのよ。お願い……」

こんな私の悲痛な声は、あの子供たちには届かなかった。

そして、2007年4月16日、ヴァージニア工科大学で、二十三歳の韓国系学生が三十二人を銃殺する悲惨な事件が又してもおきた。どの放送局もこの事件を「Massacre」(大殺戮)として放映した。未成年者の事件ではなかったが、学校内殺人としては最悪の事件となった。事件後のニュースを見ていても、ほとんど銃規制についての話は出てこなかった。彼は店でクレジットカードを使い、銃二丁を571ドルで買った。精神科に通った病歴はあったが、要注意人物としては警察署の名簿には記載されていなかった。ヴァージニア州は、五十州の中でも銃売買や所有に対して寛容な州の一つである。殺されてしまった学生や教授たちの家族は、誰を責めたらよいのだろう。

ニューヨーク・タイムズ、2007年4月22日付の記事「An Accounting of Daily Gun Deaths」によると、2004年度の調査では、十七才以下の子供たちの銃による死者は、一日平均、自殺者一人、銃による事故死一人、殺人二人を含め四人である。一年間では、約千四百名が銃によって尊く若い命を落としたことになる。

この記事を読んだとき、私は、銃による未成年者の死者数の多さに愕然とした。アメリカでは、複数殺人や特殊な殺人犯罪以外全国放送にはならない。ニュースにならなければ、一日にどれほどの殺人が起きているかは知る由もない。

日本では、戦国時代、多くの武将たちが外国から銃を買い取ろうと躍起になった。銃の工場さえあちこちにあった。それらの銃は、江戸時代、徳川幕府によって全て没収され、猟師以外の銃保持は厳しく規制されたらしい。それは何故か?江戸文化を研究している夫は言う。

「徳川幕府は、自分の政権を守る方法をよく心得ていたと思う。貧富の差が今とは比べ物にならないほど激しかった時代、庶民が銃を持つことを許していたら、幕府は百年も持たなかったのではないだろうか。一揆や反乱に庶民が銃を使っていたら、フランス王室と同じ運命をたどっていただろう。そして、その銃規制は、現代まで続き日本社会の銃による被害をどれほど少なくしているかを考えると歴史の不思議さを感じる。徳川幕府の銃規制に感謝だよ。江戸時代があってこそ、僕の研究ができるんだからね」

徳川幕府は、銃規制ばかりでなく、庶民の犯罪に対しての刑罰にも容赦なく、残忍非情な刑罰が科せられた。それは庶民にも直接見る機会を与えていたようだ。それによって十八世紀江戸の町は、世界でもっとも安全な都市となったのではないだろうか。

一方、アメリカの歴史は、独裁者から逃れてきた者たちが、世界で初めて民主主義社会を作ろうとした国だ。当時の政府は、独裁者になろうとする人物や組織から民主主義を守るためには銃が必要であると考え、市民の銃所有の権利を法律に入れた。イギリス植民地からの独立にも銃が必要であった。

独裁的権力を持った徳川幕府、独裁者の台頭を許さなかったアメリカ政府。二つの国の歴史が作り上げた現代銃社会の違いは面白い。

アメリカの「Child Trends Data Bank」による1970年から2003年までの調査記録によると、十五歳から十九歳の未成年者の殺人、銃による事故死は、1985年から増え始め、1994年をピークに徐々に減少してきている。それは何故だろう。アメリカは、州や市、郡によって法律が違う。未成年者に対する処罰も州によって異なる。しかし、犯罪で有名なニューヨーク市では、ルーディ・ジュリアーニ(Rudy Giuliani)が市長だった時代(1994-2001)、マンハッタンを中心に銃規制や警備を強化し、警官をあちこちに配置した。犯罪はすぐに摘発され、罪人の処分は迅速且つ厳しかった。又学校でも、校内暴力や銃持ち込みを容認しない「Zero Tolerance」を逸速く導入した。そのための予算を計上し、学校で入り口にメタル探知機を置くなど、出来る限りの防衛手段を配備した。これによってニューヨークの犯罪は激減したと言われている。

殺人や犯罪の情報を収集し一般に公開することは、犯罪を減らすために大切なことではないかと思う。アメリカでは、未成年者であっても人を殺し社会に恐怖を与えるような殺人犯は、顔や逮捕状況を公表し、一人前の大人と同じように扱い、責任を全うさせようとしているように思える。童顔の十五歳の少年にも百十一年の刑を科す!未成年でも容赦はしないという態度を示している。多人種多民族が共存するアメリカ社会で、人々の安全を守るのは並大抵のことではない。税金を使い、市民の安全と命を守るためには、住民の理解と協力が必要である。一少年の未来を考え、個人情報を公表しないなどとの綺麗事は言っていられないのではないだろうか。日本の現在の法律では、未成年者(二十歳に満たない者)ならば、どのような残忍な殺人を犯した者であっても少年法に守られている。「罪を犯すとき十八歳に満たない者に対しては、無期刑をもつて処断すべきときであっても、有期の懲役又は禁錮を科することができる。この場合において、その刑は、十年以上十五年以下において言い渡す」と少年法に書いてあった。キップ・キンケルの百十一年とは随分違う。

しかし、残念ながら、アメリカから銃はなくならない。銃による青少年犯罪も被害もなくならない。そして、罪のない子供たちがこれからも殺されていくことだろう。

さとみさんの父親の手記を読んであげたとき、娘が尋ねた。
「お母さん、良いことをすれば小さい子でもどんな子供でも褒められるよね。学校でもみんなに紹介されたり、名前が新聞に載ることもあるし、特別な場合はテレビにだって出るよ。だけど、どうして悪いことをしたら名前を隠すんだろうね……」