入門翻訳勝ち抜き道場

Did you know that?

田中寿美
[ profile ]

6. 目の玉飛び出る救急医療費

St. Vincent Hospitalという総合病院の救急(Emergency)出入り口

この写真は、我家から車で10分ほどのところにあるSt. Vincent Hospitalという総合病院の救急(Emergency)出入り口である。赤と青で示されたサインは目につきやすい。空洞のところが救急車や車を停めるところである。写真を撮るために救急車の到来を暫く待ったが、来なかった。

救急医療費が高いため、事故現場についた救急医療隊員が怪我人に初めに尋ねることが、「What kind of medical insurance do you have?」だと聞いたことがある。保険を持っていない場合、病院に搬送してもらえず、その場に置いておかれるという冗談とも本当のこととも思える話もある。もちろん救急隊員の第一の目的は人命救助であるから、保険の有無に関わらず、一刻も早く患者に救急処置を施し病院に運んでくれるが、さて支払いはどうなるのだろう・・・・・・。

四三三七ドル六九セント。約五十二万円、先日、友人の手元に届いた救急医療の請求額である。

その夜七時ごろ、私は友人の真紀さんと電話で翌日の合唱の打ち合わせをし、十一時半ごろ寝ようとしていた。

電話のベルが鳴った。何ごとかと耳を済ませていると、受話器を取った夫が私を呼んだ。

「真紀さんから電話だよ」

明日の打ち合わせに急な変更があったのかと思い電話に出ると、先ほどとは程遠い弱々しい声である。

「夜分にすみません。私、背中が痛くなってどうしたらいいか……。あんまり痛いのでずっと背中を押していたら、もう我慢ができなくなって……。夜中に申し訳なかったのですが、相談したくて……」

「えー! さっきまであんなに元気だったじゃないの。急にどうしたのよ」

「わからないんです。もう手も痺れてきて……」

「えー! 手が痺れてきた? 病院、病院!」

医者でもない私が、電話口でどうこうできることではない。

「救急車呼ぶ?それとも車で病院まで行ける?ご主人はいるの?あ、そうそう、保険はどの会社?いつも行っている病院はどこ?」

私は矢継ぎ早に、病院に行くのに必要な質問をしていた。

真紀さんは、一年半程前に日本から、ご主人の転勤に伴ってここオレゴン州のポートランドに引っ越してきた。今一生懸命英語を勉強中である。ご主人は、仕事の英語は大丈夫だろうが、アメリカの救急病院など行ったこともないだろう。ましてや妻が、急病人である。

「主人は一緒にいるんですけど、主人も不安なんです。保険は○○で、いつも行く病院はセントVです」

「その病院なら私の家からも近いし、今からすぐに行って救急病棟の玄関で待っていてあげるわ。真紀さん、耐えられないほど痛いなら、すぐ『911』に電話して救急車で来てちょうだい」

「今少しおさまっています。主人に連れて行ってもらえると思います」

私はすぐに身支度を整え、電子辞書を持ち、長時間になることも覚悟して本や雑誌をバッグに放りこんで出かけようとしていた。心配した夫が、

僕も一緒に行ってあげようか。真夜中だし……」

私は、夫の翌日のスケジュールが大変なのを知っていたので断った。

「大丈夫。辞書もあるし、どうにかなるわよ。もうあそこの救急には何度か行ったことあるしね」

そのまま車を飛ばして行った。病院の玄関で待つこと約十分。ご主人に付き添われた真紀さんが弱々しく玄関に入ってきた。しかし、大丈夫そうである。

私は、受付の男性に病状を説明した。男性は、真紀さんに痛みの程度を聞いてくれるようにと私に頼んだ。

「真紀さん、痛みの程度を一から十までとし、十が一番痛いとしたら今どの位か教えてくれって言われたけど、どう?とっても痛いって言わなきゃだめよ」

「そうですねえ。六か七くらいかな……」

と答えた。私は男性に嘘の通訳をした。

「八だそうです」

ずいぶん控えめに言った真紀さんを思い、ちょっと加えて男性に伝えた。彼は、真紀さんを見て、

「ちょっと待っていただくことになると思います」

と言った。『しまった。十と言えばよかった』と、思ったがもう遅かった。これは『一時間以上待たされるな』と思って椅子に腰掛けたとたん、真紀さんが唸りながら苦しみ始めた。その様子は明らかに今までと違い、そのまま床に転がってしまうのではないかと思った私は、受付の男性に叫んだ。

「痛みは十!いえ十二!苦しそうです。どうにかしてください」

男性は、状況を見て奥の医療室に連絡した。驚いたことに、すぐに係りの人が待合室に来て、真紀さんを車椅子に乗せ連れていった。しかし、私は思う。人の痛みの程度なんてどうして数字で表すことができるのだろう。痛みに耐えられないから病院に来ていることは分かっているはずなのに・・・・・・。

真紀さんが寝かされた個室に、ご主人と私も入っていった。すぐに看護士が体温や血圧を測りに来たが、彼女の苦しむ様子が伝えられたのか、若い女医がこれまたすぐに来て、背中をちょっと触った。

「腎臓結石に間違いないと思いますが、念のためCTスキャンを撮ります。痛み止めの薬を点滴しますので、暫くすると痛みが治まってくるでしょう」

「あの、じゃ、手が痺れているのはどうしてですか」

「手足の痺れは心配ありません。あまりに痛いので正常な呼吸ができず、酸素が末端に行き届かないため手や足先が痺れてくるのです」

そういうと、医者はすぐに出て行った。その後指示が出されたらしく、点滴や検査のための人が入れ替わり入ってきて、種々の処置をした。

救急病室がいくつあるかは分からなかったが、子供の泣き声が妙に生々しく聞こえる以外は、慌しい動きもなくひっそりとしていた。救急病院って忙しいと思っていたけど、いやに静かでどうなっているのだろう。こんなに暇そうなら、事故などの急患以外、待つことに耐えられると受付で判断された患者が、どうしてそんなに長く待たされるのだろうと不思議に思った。

真紀さんの痛みは、痛み止めの点滴をうち始めても完全には消えないらしく、苦しみながら、

「寿美さん、私大丈夫なんですか。死にそうに痛いんですけど……」

弱々しく話しかけてきた。こんな時、他人とは頼りになるものである。冷静に状況を判断している。

「大丈夫だと思うわよ。死にそうだったら、きっと医者が四、五人ここに来ていろいろな治療をしているはずだから。放っておかれるってことは大丈夫ってことよ」

私のこの答えに真紀さんはちょっと安心したらしい。

一時間ほど経ったころ、CTスキャンを撮るために二人の看護士が来た。ご主人と私は、ついていく必要がないといわれたので、ベッドに乗ったまま運ばれていく真紀さんを、廊下で見送った。二〇分ほどで帰ってきた。

「狭いところがダメで、とても怖いと思ったけど大丈夫でした」

真紀さんはやっと落ちつき、ホッとしたようすで話した。CTスキャンの結果は、先ほどの女医が来て伝えた。

「左の腎臓から出ている管の上部に約二ミリの石があります。良いことは、石が小さいこと。悪いことは石が管の上部にあるため、下っていくのに時間がかかるかもしれないことです」

「そうですか。ありがとうございます。真紀さんよかったね。大病でなくて、本当に良かった」

私たち三人ともホッとした。

その後、強力な痛み止めの点滴のため、吐き気の止まらない真紀さんをすぐに連れ帰るわけにもいかず、私たちは病院に留まった。看護士が、

「今夜泊まって、明日帰りますか」

と聞いた。真紀さんに聞くと、

「もう大分落ち着いてきました。あと三十分くらいたてば帰れると思います」血の気の少し戻った顔で答えた。

吐き気止めの飲み薬をもう一度貰い、真紀さんがどうにかふらふらしながらも病院を出ることができたのは、明け方の四時だった。私は、一月のピンと張りつめた冷たい空気を心地よく感じながら帰路についた。

二週間後、真紀さんより電話がかかった。

「寿美さん、先日は有難うございました。でも、ちょっと聞いてくれますか」

「どうしたの」

「あの、先日の救急病院の請求がいくらだったと思いますか」

「高かったでしょう。アメリカだからね。千ドル(約十二万円)位かかったの?」

「四三三七ドル六九セントなんですけど、これって本当ですか。どうしてこんなに高いんですか」

本当かと聞かれても、どうして高いのか聞かれても、私にはわからない。

「詳細を教えてくれないかしら。何かわかるかもしれないから」

後日、彼女が持ってきてくれた明細書には、CTスキャン・二二六三ドル、救急サービス・一一一七ドル、救急専門職サービス・三〇五ドル、その他の明細が記され、合計額が書いてあった。しかし、私には、この明細書から金額の数字以外何もわからなかった。真紀さんはこの請求書どおりの金額を払わなければならないと思い驚愕したらしい。医療保険加入の大切さはここにある。保険の種類や医療状況によって違うが、今回の場合、保険会社が九十三パーセント支払い、真紀さんは請求額の七パーセント、最終的に約三百ドル(約三万六千円)を払った。

アメリカでは、民主党ビル・クリントンが大統領だった時代、妻のヒラリー・クリントンが、日本のような国民医療保険制度を作り、低所得者も加入できるようにと必死で導入を模索した。しかし、この案は潰れてしまった。今アメリカの医療保険は、民間の商業ベースにのったものがほとんどだ。被保険者は、その種類、支払う保険料、病院での診察料、医師や病院の選択など、自分の家族構成、経済状態などを考慮し、選んで加入しなければならない。収入の少ない人向けの、特別に配慮された医療保険もあるらしいが、収入の検査がとても厳しく年齢の制限もあるとのことだ。また、メディケアー「Medicare」という国家による六十五歳以上の老人医療保険もある。これは、入院、診療、薬のプログラムによって月々の支払いが違う。このメディケアーは、六十五歳以下でも加入できる場合もあるが、心身障害や特別な疾病を持つものに限られている。

アメリカの月々の医療保険料は、日本とは比較にならないほど高い。私の友人は、五十才になってまた保険料金があがったと嘆いている。夫婦で自営業者である彼女は、夫と高校生、中学生の子ども二人の四人家族。家族全員健康で、ほとんど病院にかからないにも関わらず、月額千百ドル(約十三万円)の医療保険料を払っている。これには、歯科保険は含まれていない。我家は、夫の所属する大学職員の医療保険関係で支払われているが、同じくらいの金額だ。そして、診療を受ける場合、ほとんどの保険が、毎回Co-paymentとして、十ドル、二十ドルと別に支払いを要求される。薬代だって安くはない。比較的安い保険も選ぶことができるが、これは、月々の支払いがもう少し安い代わりに、一回のCo-paymentが増え、一般診療、救急治療、手術、入院など、自分で支払う金額の割合がとても高くなる。

日本の社会保険や国民健康保険が、アメリカの医療保険に比べいかに素晴らしいか認識し、存続できるようにするのは国民の義務かもしれない。もし、この国民健康保険制度が崩れてなくなってしまった場合、日本の医療保険と病院の支払いはアメリカのようになってしまう可能性だってある。恐ろしい。

しかし、救急車を使わなくて良かった。病院に泊まらなくて良かった。手術がなくて本当に、ほんとうによかった。あと、どれほどの金額が請求されたか考えるだけで身震いがする。

アメリカでは、医療保険未加入者の増加が問題となっている。この車社会で、事故にあう確率も高く、リスクを負いながらも、医療保険を持っていない若者たちの多くは、

「自分は大丈夫。大病はしない。怪我もしない。事故にも遭わない」

と思っているのかもしれない。保険料が高すぎて、支払いが滞る、或はできない人も多い。そして残念なことは、医療保険、自動車保険、生命保険、火災保険などの保険料支払いが、一般庶民の生活を逼迫させている。