入門翻訳勝ち抜き道場

Did you know that?

田中寿美
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29.「ベジタリアン」とのたもうなかれ!

ベジタリアン(vegetarian菜食主義者)という言葉は、今では日本でもほとんどの人が知っていると思うが、私が初めて聞いたのは、アメリカ人の夫と知り合った1980年代半ばであった。この言葉がアメリカで一般的に使われ市民権をもつようになったのは、1960年代のことである。ベイビーブーム世代が成長し、ヒッピーと称する若者たちが肉食主体のアメリカ食に疑問を持ちはじめ、菜食主義を美徳とし、食の方向転換を始めたころだと聞く。

ベジタリアンと言っても、その言葉にまつわる意味は深い。ベジタリアニズム(vegetarianism)という主義思想は、国や人種によっても違い、ある国では紀元前に始まったとも言われ、歴史の変遷によっても翻弄されただろう。また、宗教上の理由から、生物の殺傷という道徳観念から、豊かな食文化とそれに関わる経済優先主義への反意、健康のため、そして個人の嗜好、主義思想によるものなど、「個々の食習慣の違い」と一口に言えないところに奥深さがあるのかもしれない。また、ベジタリアンを摂取食物別に分類した中には、動物肉、鳥獣肉食を規制したものばかりでなく、卵や蜂蜜、乳製品の飲食を禁じたもの、野菜・植物の種類によってまで厳選する徹底主義者、あるいは鶏肉、魚介類摂取を許容するベジタリアンなど多様である。

さて、夫は、我が家に人を招きパーティをするのが好きである。
日にの関係で10人くらい人を招待したいのだけれど……」

一応、私に伺いをたてる。

招く人が決まり出席の返事がくると、一人一人の食嗜好について調べていく。
「山田さんは、日本人だからだいたい何でも食べるでしょう。コブリッツさん夫妻は、ユダヤ人だから豚肉と貝類がだめ。そうだ甲殻類の海老や蟹も食べられないのよね。メアリーは完全なベジタリアンだから野菜だけ。乳製品は食べるかしら?トムはフィッシュ・ベジタリアンで魚は大丈夫。キャロラインは、鶏肉は食べるけど赤肉(牛や豚肉)はまったく食べない」等々。

結婚当初、夫が人を夕食に招きたいという度に、私は頭を抱えてしまった。
「いったいどんな料理を作ればみんなに喜んで食べてもらえるのだろうか」

独身時代が長かったわりには料理教室にも行ったことがなく、自分一人の食事をまかなう以外、他の人に食べてもらうような料理は作ったことがないのだから当然である。新米主婦の私には、夫と2人分の食事を作るのでさえ大変なのに、パーティを開いて人を10人も20人も招待する……。考えても、無い知恵が浮かんでくるわけはない。私は、料理の本を買い、自分で作れそうなものを招待客に合わせてメニューを作ってみる。すると和食にイタリアン、中華、ときにはギリシャ、ベトナム、韓国料理まで混じるメニューが出来あがる。
「このメニューって何か変よね」

夫に聞く。
「いいんじゃないかな。皆がそれぞれ何か食べるものがあれば大丈夫だよ」

自分が作るわけではないからどうでもいいのか、あまり無理は言わない。このようにして、我が家のパーティメニューは無国籍、多国籍、多種類料理に落ちついていった。

さて、そんな我が家にはいろいろな食の違いを認識させてくれる人がたくさん来る。

キャサリンはベジタリアンである。夫と私が東京に住んでいたとき、
「東京でホテルに泊まるお金も、アパートを借りる余裕もないからしばらく泊めてちょうだい」
と言って、我が家に一ヶ月居候した。その間彼女が口にしたものは、野菜サラダ、生人参、コーラと牛乳だけだった。朝食は、食欲がないと言って冷蔵庫からにんじんを二本取りだし、大瓶のコーラを抱えてそのまま出かける。夕食も私が何を作ってもサラダにしか箸をつけない。安あがりだと言えばそれまでだが、私は、彼女の健康状態が心配になってきて、夫に聞いた。
「キャサリンは、あんな食事で栄養のバランスは大丈夫かしら」
「心配する必要はないよ。キャサリンと君と僕とで一番元気そうなのは彼女だよ。東京の山の手線内は、どこへでも自転車で走り回っている。見てごらんよ。彼女のあの足の筋肉……」

確かに贅肉のないスリムな体を見ると、何も言えるものではない。

マリサはフィッシュ・ベジタリアン(魚を食べるベジタリアン)である。高校で屠殺場見学に行った時、肉は決して食べないと決めたそうである。その後三十年以上、一度も肉を食べたことがないと言う。
「私の父は心臓麻痺をおこしたし、母は乳癌だったから、私には病気の遺伝子がいっぱいなの。自分で健康管理をしなくちゃね」
と肉なし料理の研究に余念がない。近所の牛が売られていこうと、鶏が首を切られて逆さにつるされているのを見ようが、同情はするものの、その想像力の乏しさゆえに肉を食べないぞという結論には一度も至ったことがない私である。子どものころ、農家の我が家では、ベジタリアンなどとのたまわなくても野菜ばっかりが食卓に並んだ。今更この豊かな食生活を諦められようか。

クレアは親戚の20歳になる女子だが、5歳のとき自分でベジタリアンになると決めて以来、全く肉や魚を食べていない。乳製品が好きなためチーズやケーキ、アイスクリームをよく食べる。少々太り気味だ。

マーギーは、自称ベジタリアンだが、付き合っている彼が肉食大好きなアルゼンチン人だからか、彼と一緒にいるときはよく肉を食べている。

エイミーは、体重100kg位の太ったベジタリアンである。料理にもよると思うが、豆、穀類、野菜などだけで作る食事に満足感を味わえない人も多い。その分を量によって補い満腹感を味わおうとする。頻繁に間食をしてしまう。また果物を含めた甘いケーキやクッキーなどのデザートを食べることは、肉ではないという観念からか罪悪感にさいなまれずに済む。糖分の取りすぎによって太ってしまう肥満のベジタリアンも少なくない。

先日、夫と私は、人形劇団の寄付金集めディナーのテーブル(Fundraising Dinner Party)を1テーブル買った。一人40ドルの10人がけのテーブルで400ドルだが、そのうちの250ドルほどが劇団の寄付になる。食事はこの地方で最もおいしいと言われる中華料理店の晩餐メニューであった。

その日の朝になって、このテーブルに招待した私たちの友人知人の内4人がベジタリアンであることが分かった。テーブル全体の食事をベジタリアン中華に注文もできたが、250人以上が集まるパーティなので、当日では遅い。夫と私は頭を悩ませたがどうすることもできず、そのままのメニューで食べることになった。集まった4人のベジタリアンは、そこそこに野菜料理を選んで食べた。他の6人は美味しい中華に舌鼓を打ちながら食事を堪能していた。6品目にこの店自慢の鳥肉料理が出された。余りの美味しさに6人は口々に料理を褒め称えていた。そのうち、一人、二人、三人とベジタリアンであるはずの人たちもその料理に箸を付け始めた。「ちょっと味見……」が2口3口と食が進む。
「えーっ?『ベジタリアン』ではなかったの?おいしいものだったら肉も食べるの?肉も食べられるんだったら、初めから『ベジタリアン』と宣うな!!」

4人の子供を持つアンだけは、野菜のチャーハンを二口食べただけで他には何も食べなかった。私は、ベジタリアン中華にできなかったことを申し訳なく思いながら、彼女の徹底した菜食主義に感心して聞いた。
「4人もの子育てをしながら、どうやって子供たちの食事を作るの?」
「夫はベジタリアンではないし、子供たちにも強要するつもりはないの。食事は子供たちの好きなものを普通に作って食べさせ、私だけ菜食し、ベジタリアン主義を通しているのよ」

それを聞いて、私はなぜだかホッとした。

ある日本人を夕食に招いたときのことである。一緒に招いたアメリカ人客がフィッシュ・ベジタリアンであることを説明したら、彼は、私にこっそりと「私は、ミート・ベジタリアン(肉を食べるベジタリアン?)ですからご心配なく!」と笑顔でいった。そのユーモアに思わず喝采を浴びせた。

私は、この「フィッシュ・ベジタリアン」と言うのがいまだに理解できない。「肉は食べないが魚介類は食べる」と主張したいのだろうが、これでは菜食主義の意味をなしていないのではないか。只一言「私は肉が嫌いなので食べません」と言えば簡単ではないか。自分の食嗜好にわざわざ「フィッシュ」と「ベジタリアン」という代名詞を用い、自己主張をしなければならない理由は何処から来るのか……。

しかし、最近のアメリカでは、ヴィーガン(Vegan)と言う完全菜食主義者も増えてきている。ヴィーガンは、卵や蜂蜜、乳製品(dairy)、つまりミルクやチーズさえ取らない。また、動物実験を要した薬品や化粧品の使用を避け、皮のベルトも締めず皮靴もはかない。絹やウール、真珠や珊瑚さえも身につけないという。いわゆる、動・生物から搾取、あるいは殺傷してできたものは一切食しないばかりでなく、排除する徹底した生活を送る人たちである。又、有機栽培(Organic)にもこだわり、少々高い食品や生活用品にお金を払うことを厭わない。

義父の再婚者フィリスの娘モニカは、4年ほど前からこのヴィーガンになった。丁度長女を出産した後からだったが、どうしても我が子をヴィーガンに育てたいと言う意志があった。仕事を持つ彼女は、昼間、近くに住む義父たちに子供を預けていく。義父もフィリスもベジタリアンではない。フィリスはこの幼児に何を食べさせるか迷った。ベジタリアンなら、卵や乳製品を食べさせることもできるが、ヴィーガンとなると何を食べさせたらよいか分からなかったそうだ。早速ヴィーガン料理本を買ってきて研究した。基本的食事はモニカが作って持たせてくれた。

ところが、フィリスはチョコレートやアイスクリームが大好きで、食後に必ずデザートを食べる。孫はジーッとフィリスを見つめる……。
「この孫は、おいしいアイスクリームの味を知らずに一生過ごすのだろうか」と考えると哀れみを感じたそうだ。その後モニカとの交渉の末、アイスクリームは食べさせても良いということになったらしい。

このようなヴィーガン主義者、招かれた家の革張りの椅子には座らないのだろうか、スーツを着たときや結婚式にはどんな靴を履くのだろうと、他人事ながら心配してしまう。

さて、私のイメージの中にある究極のベジタリアンといえば、お坊さんであった。幼いころ「○○お祖父さんの命日だ」「ご先祖様の五十回忌だ」と言ってはお寺に連れて行かれた。そのとき出された食事の印象が、ご飯に野菜の煮物、麩の入ったお吸い物であったからである。お寺では、毎日こんなものだけ食べているのだと信じていた。純真だったのね!

我家のパーティの来客の中で一番珍しい組み合わせだったのは、二人の僧侶が来たときだった。一人はダライ・ラマの内弟子で、ゲシャラ(位の高い僧という意味)・ダムドゥール、チベット仏教の高僧である。もう一人は、和歌山県の高野山でアメリカ人女性として初めて修行をしてきたスーザンという真言宗のお坊さんであった。夫は、大学の先生方と知人を十五人ほど招いた。私はこの二人僧侶のことを考え、出汁も鰹を使わない精進料理を何品か余分に作った。

スーザンが初めに来た。剃髪ではなかったが、短く刈り上げた黒髪が美しい。白人の細面の顔と黒い袈裟が妙に似合って、神秘的な雰囲気をかもしだしていた。
「胡麻豆腐を作ってきたのですよ」

差しだされた器には、ぷるんとした美しい胡麻豆腐が入っていた。私は準備したパーティ料理の説明を始めた。
「スーザン、野菜料理はこれとこれですよ。出汁も昆布と椎茸しか使っていません」
「気を遣ってくださってありがとう」

彼女は美しい日本語で答え、野菜料理だけを選んで皿にのせた。

皆がそろって食事を始めようとしているところに、ゲシャラ・ダムドゥールが、
「遅くなりました」
と言って入ってきた。剃髪に、赤っぽいオレンジ色の布を半肩出して体に巻きつけた、ダライ・ラマそっくりの格好であった。
「こんばんは。ゲシャラ・ダムドゥールです。今日はお招きいただきありがとう」

と英語で言って、両手を胸にあわせ軽くお辞儀をされたときには、なんだかその場がいつもと違った神妙な雰囲気に包まれた気がした。

私は彼の食事の心配をしながら、テーブルの上に並べた料理の中から野菜料理だけを選んで、どんな料理かを説明し始めた。
「この料理は、茄子とトマトを……」

と言いかけると、
「ご心配なく。私は肉も魚も野菜も何でも食べます」
「えっ?」

驚いてしまった。彼は、自分の皿にいろいろな料理を少しずつ取りわけ、ダイニングルームに行き、皆と話しながらおいしそうに食べはじめた。この様子を見て、なんだか彼の崇高さがなくなってきたような気がしてきていた。

私は招待した客の食ついての勝手な思いこみをしていた。しかも、宗教と食については、特別勉強したわけでもなく、仏教の宗派や日本の宗教の食については、何の知識もないことを改めて恥じた。

パーティが終わり、片付けも済んで一息ついたとき夫に聞いた。
「スーザンが菜食主義であることはわかる。でもゲシャラ・ダムドゥールさんが何でも食べるって不思議な気がしたわ。と言うことは、ダライ・ラマさんも肉でも魚でも食べるってことよね」
「さあ、それはわからないけど、僕だって驚いたよ。だから、彼に食事の後でチベットの食について聞いたんだ。あの寒い乾燥した気候や草原地帯の土地を考えてみると『私は菜食主義者です』などとはいえない状況であるらしい。その土地で収穫できたもの、そして食用として生命を維持するために食べられるものを食べる。また、中国の圧政による混乱した歴史の中で、今そこに食べ物があることに感謝して生活しなければならなかったのだろう。僕だってチベットやネパールなど行ったことがないからわからないけれど、人間、生命あっての宗教だと思うよ」

ベジタリアン、菜食主義。野菜、果物、穀、雑穀類のみを選んで料理を作り、健康を保ち生活できることがいかに贅沢であるか。豊かな土壌と安全な国家の支えがあってこそ食の選択が可能であるということを改めて考えさせられた。

アメリカでは、「ベジタリアン」「肉は食べない」と主張する人は、近年の健康志向と相成って多くなってきていると思う。自分がいかに健康に気を遣っているか、又肉食を好む人への動物愛護の言葉を変えての抗議かと思えることがある。

戦後、政治的混乱も食料難もない比較的平和な国で、雑食民族日本人として育った私は、ここアメリカで『食とは何か』を深く考えさせられている。もう忘れかけているが、狂牛病に大騒ぎしたこともあった。ホルモン剤入り飼料、ブロイラーチキン、養殖サーモンの染色、農薬まみれの野菜果物等など食の問題は尽きない。一時期何を食べるべきか、家族に何を食べさせたらよいか悩んだこともある。しかし私は、子供たちを育てるとき、子どもの食の好き嫌いを殆ど許さなかった。肉や魚、野菜、なんでも料理した。嫌いなものでも、必ず2、3口食べさせた。次第にどのような食品にも慣れて何でも食べられるようになった。もちろん成長した今、食べ物の好き嫌いはあるが、子供たちは目の前に出されたものは、どのような食べ物でも食べることができると思う。

日本語で「いただきます」「ご馳走さまでした」という言葉が、作物を、料理を作ってくれた人に感謝する意味であることを我が家の食育とした。アメリカ人の夫も、納豆を含めた和食はもちろん、私が出す粗食、雑食にも文句を言わず、いろいろな国の違った食を尊重し、楽しむ人であることは幸いである。

多民族、多人種、多宗教が混在するアメリカで、誰でも食べられる料理は存在しない。食嗜好のみならず、アレルギーや宗教を考慮に入れるとなおさら複雑だ。気心の知れた友人はともかく、夫の関係でいろいろな人を夕食に招くのが時には億劫になる。しかし、我家では懲りもせず人を食事に招待し、パーティも開く。

捻くれ者の私は、時として、グタグタと食の自己主張をする客に向かって、こう叫びたくなる。
「お客様、今日のお料理に『』は入れておりませんので、食べたって死にゃしません!何だかんだと文句言わずに全部食べてくださいよ~!」ってね。

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書店で販売されている「Vegan主義と料理本」

レズビアンカップルのパーティに招待された時の食事。彼女たちはヴィーガンである。
コップに挿してある人参と豆は生であった。布に包まれた豆の芽は、貝割れ大根のように容器に植わったまま出されていた。摘んで食べてみたが、「私は兎でも青虫でもないぞ!」という気がした。いろいろな野菜をバーベキューして焼いたものは、味付けも濃くなかったので、野菜そのものの味がしてとてもおいしかった。後は、パンにトマトとバジルを乗せたもの、豆を煮たもの、果物、チップス、クラッカー、チーズなどが出された。乳製品を食しない彼女らは、チーズをパーティ用に準備したのだろう。工夫されたパーティ料理だと思った。

 

2009年8月24日号