27.日本の婦人科検診は変わったかしら?
「三十歳にもなって、婦人科検診に一度も行ったことがないの?」
友人マーサの驚きの声に、
「だって、結婚もしていないし、妊娠だってしたことないんだもの。行く機会がないのに、どうしてわざわざ恥ずかしい思いをしに病院にいくのよ」
「恥ずかしいとか何かの問題じゃないでしょ。大人として恋人がいれば、性病を移されることだってあるかもしれない。それに、乳癌や子宮癌の心配だってあるわ。アメリカには、手遅れになる人だって若くてもたくさんいるのよ。寿美、あなたもすぐ診てもらったほうがいいわよ」
これは、20数年前、私が初めてアメリカで一年間生活した時、私のアパートの隣に住んでいた友人との会話である。マーサは、身長155センチぐらいの、アメリカ人にしては小柄の美しい白人女性だった。マーサとは、ポートランドに来て一週間もたたないころ、私がぼんやりとバス停に立っていたとき知りあった。
「あなた日本人でしょう? 私、北九州に一年間住んでいたことがあるの」
美しい日本語で話しかけてきた。彼女は、その後、アメリカの生活について何もわからない私に、アパートの世話から生活のこまごましたことまで面倒をみてくれた。27歳で大学に再入学した彼女には、20歳年上の恋人がおり、半同棲状態だった。過去に何人もの恋人がいたらしく、新しい恋が始まると、性病を心配する。また、自分の母親が乳癌にかかったことがあるので、二十歳を過ぎたころから、年に一度、必ず婦人科検診にいくとのことだった。私は、彼女のこのような考えかたにすっかり感心してしまった。
マーサの強い勧めもあり、帰国する前に思いきって婦人科検診にいくことにした。どの病院のどの医者にするかは、マーサが決め手配してくれた。
「初めていくのだったら女医さんがいいわね。このマーサ・ローガンって医者、私と同じ名前だからきっといい人よ。この医者に予約をいれておくわ」
「あ、そっ……」
三週間後に予約が取れた。
当日、予約時間の十分前に着いた。それほど大きくないクリニックの待合室には女性が三人いるだけで、ひっそりとしている。
「この医院、繁盛していないらしいけど、大丈夫かしら」
それは私の間違いだった。アメリカの病院では、病気の感染を防ぐ、又、待ち時間の無駄を少なくするため予約が原則となっている。救急病棟を除いては、待合室には予約の患者以外ほとんど人がいない。
暫く待っていると、
「この質問用紙に記入してください」
と紙を手渡された。用紙には、自分の病歴や妊娠経験の有無、祖父母の代までさかのぼった家族の病歴まで書くようになっている。特に祖母、母、姉妹が婦人科系の癌にかかった率を知ることは大切らしい。この記録が患者を診断する重要な情報の一つともなる。
十分も待つと個室に入るように案内された。部屋は4畳くらいの狭いところだが、全てがコンパクトに収まった清潔な部屋であった。ちょっと太目の女性の看護師が来て挨拶をした後、名前を見て、
「あら、タナカ?あなた日本人?私、京都に行ったことがあるのよ。美しいところねえ。車もトヨタよ」
気軽なおしゃべりをしてくる。そして、記入した紙についての簡単な質問をしたあと、体重、血圧と体温をはかって、
「血圧も正常、平熱ですね。ドクター・ローガンはすぐ来ますから、服をすべて脱いでこのガウンに着替えて待っていてください」
と言って部屋を出ていった。
「全部脱ぐの? 当然よね、診察してもらうんだもの」
私は覚悟を決め、ガウンに着替えて医師を待った。別のシーツのような布が与えられ、むき出しの足が寒くないようにしてくれている。暫く待つと、ドアをノックする音が聞こえた。入ってきたのは、四十歳くらいの白人女性であった。
「田中寿美さんですね。私がドクター・ローガンです。It’s nice to meet you.」
にこやかに話しかけられたとき、私の緊張は一気にゆるんだ。彼女は、私の病歴や家族のことを世間話でもするかのように聞きながら、診察をはじめた。
「胸のほうは、しこりもないし大丈夫のようですね。まだマモグラムの必要もないでしょう。お腹に硬いところもありませんね。PAPも検査しておきましょうね」
「パップって何ですか」
「パプ・シミアー(Pap Smear)の略語で、子宮頸癌検査のことですよ。そこの細胞を取って検査するのです。十日くらいで結果がわかり、手紙で通知が来ますので待っていてください。婦人科検診はとても大切です。検診によって命を救われる人がたくさんいます。若いときでも、少なくとも二年に一度くらいは検診を受けてくださいね」
診察をしながら、婦人科系の病気のことや定期検診の大切さを教えてくれる。私の些細な疑問にも快く丁寧に答えてくれた。診察を終えると、 「It was very nice meeting you, Toshimi. Have a nice day!」
と言って、部屋から出ていった。
何と気持ちの良い医者だろう。胃の中だろうと頭の中だろうとぜーんぶ診てもらいたい気分になった。お互いの顔を見、話をしながら信頼関係の中で行なわれる診察は、恥ずかしくも何ともなかった。
十日後、手紙が届いた。『子宮頸癌の検査がもう一度必要です。連絡してください』と書いてあった。しかし、帰国の迫った私には、次の予約をとることは難しかった。ドクター・ローガンに電話をかけると、
「日本の病院で調べてもらってもいいですよ」
と言ってくれたので、東京で病院にいくことにした。一度婦人科に行ったから、もう恥ずかしくないもんね!
東京にもどってすぐ、妹の勧めもあり、新宿区にある婦人科では評判のよい大学病院に決めた。予約は取れないので、朝早く病院に着き、番号札を取り順番を待つ。一時間半ほどして名前が呼ばれた。
「田中寿美さん、こちらにお入りください」
看護師に通されたカーテンで仕切られた部屋は、婦人科診察用ベッドだけがある所だった。右横に四つ、左横に二つほど診察ブースがあっただろうか、定かでない。
「全部脱いで、これに着替えて、ここに足を乗せて待っていてください」
膝までの高さに吊るされた両脇のカーテンからは、隣のベッドの足が見える。壁で仕切られた空間ではないので、隣どころかその向こうのかすかな声まで聞こえる。いったいこれは何なのだろう。これが日本の一流大学病院なのだろうか。私の上半身と下半身は、これもまたカーテンで仕切られ、裸の下半身だけが窓に向かった公の場にさらされている。これはまるで馬の品評会か競り市のようではないか。初めて日本の婦人科医に行った私は、アメリカとの違いに、受けたショックが余りにも大きかった。
時々看護師のおばちゃんが来て、
「足はちゃんと広げて待っていなさいって言ったでしょう!!」
と叱っていく。
『なんで私が怒られなければいけないの?私は、只ここに検診を受けに来ているだけの患者よ。それにまだ、医者は来ていないじゃないの……』
右の方から検診が始まったらしい。しばらくすると、どやどやと足音が聞こえて隣で止まった。男性医師が診察をしながら、
「この患者は、何とかが問題で……」
説明している声が聞こえる。
『ふーん、となりの人はそうなの。顔が見えないから診察内容が判ってもいいと考えられているのだろうけれど、個人情報漏洩よね……』、などと思いながらカーテンの下のほうを見ると、男物のズボンの足が四、五本見えている。
『医者は一人ではないのかしら』
と思っていたところ、急に私のところに全員が移動してきた。医者がどのような顔をした、どんな人物なのか見えるどころか、足が何本もあるではないか!
『いったいこの男の人たち(女性もいたかもしれない)は誰なの?何も聞いていないわよ!なんで私がこんな風に見世物にならなきゃなららいの。私はこの病院に検診を受けに来ただけよ!』
診察を受けていると言う意識よりも、突然に起きた出来事に私の頭の中は混乱していた。そして、あまりの恥ずかしさに、医師が私の診察をしながら何を言っていたか全く記憶にない。
診察が終わったあと着衣し、医師の部屋に行った。私は、怒りと恥ずかしさを抑えながらも、名も知らぬ目の前の『医者』という人間を眺めながら、
『この人は、どのようにして患者の顔と下半身が同じだってわかるのかしら』と考えていた。何を言われているのか上の空だった。そして、病気のことよりあの男性たちの存在の方が疑問だった。聞いていいものかどうか迷ったが、余りに腹が立っていた私は、聞かずにはおれなかった。
「あの~、一緒に診察に来ていた人たちは誰ですか?」
「彼らは、インターンだよ」
冷たい答えがかえってきた。私は、愕然としてしまった。そして、
『なぜこの病院では、医学生の研修回診について患者に前もって話し、許可を得ないのか、また自分がどれほど恥ずかしい思いをし、怒りをおぼえたかをその医師に伝えなかったのか』と思うと、病院を出たとたん涙が出た。私は、この体験を誰にも言えず、日本の大学病院の婦人科には決して行くまいと覚悟したほどだった。
幸い、子宮頸癌の疑いは消えた。しかし、この検診には思わぬ土産がついてきた。その後、私は自分の意志に関係なく、時、所かまわず顔が真っ赤になり、突然、身も縮むような恥ずかしさに身体がガクガク震え、立っていられなくなる症状がおきるようになったことだった。この症状は、次第に間隔は遠くなっていったものの、結婚し初めて子供を生むまで2年以上続いた。病院にとっては、長年続けてきた普段の検診の一場面。これ程精神的にショックを受ける女性がいると、病院側は考えたことがあるだろうか……。
その後、アメリカで長男を出産するとき、病院で幾枚かの紙に署名したのを思い出す。出産に際して、緊急の場合、帝王切開を容認するか、男児の場合、割礼をするか、生まれてすぐの子供のスタジオ写真を撮りますかというのもあったなぁ。その中の一枚に、医学生インターンの出産立会いを許可するかどうかの書類があった。私は、この一枚の書類にいたく感動した。日本とは違う!アメリカの病院は、患者の人権を十分に尊重していると思った。私のような者で役立つなら、医学進歩のためと思い承諾した。しかし、初産の陣痛は長く、午前1時54分に長男が生まれたとき、そこに夫と医者や看護師以外に誰がいたかなど記憶にない。
戦前日本では、産婦人科病院は少なく、多くの分娩は、助産婦によって自宅でなされていた。いつ誰が、病院でのあのような診察を考えだしたのだろう。
私の知り合いに有名な舞踏家がいらっしゃる。長年ドイツに住まい、舞踏をヨーロッパから世界中に広められた功績を持たれ、今もいろいろな国でワークショップや公演をされている。氏の下には多くの外国人が教えを受けに東京にやってくる。ある年、ドイツ人女性が長期滞在で氏のところに来た。東京に来て暫くして、彼女は妊娠していることがわかった。奥様が面倒を見ることになり、彼女を産婦人科医院に連れて行った。診察台で日本式に上半身と下半身をカーテンで遮られたとき、彼女は何が起きているのか分からず驚いて、すぐにカーテンをはずしてくれるように頼んだそうだ。医者の顔も見えない。どのような診察をされているかも見えないことに強い恐怖心を覚えたそうである。少なくとも現在のドイツの婦人科には、医者と患者を仕切るカーテンはないのだろう。
私の婦人科経験から二十数年、日本の産婦人科も良くなってきていることと思う。診察も大学病院や個人病院では違うだろう。素晴らしい病院、医師、看護師もたくさんいるとも聞いている。一人でも多くの女性たちが、婦人科定期検診を受けやすい病院が増え、婦人病の予防や早期発見に役立つようになって欲しいものである。
私が大学病院で経験したような婦人科診療は、特に大病院では未だに続いているとも聞いた。日本で、このような診療を続けているお医者さんたちに、こんなことを言えたら、すっきりするだろうな~。
「あなた方も、診察を受ける患者たちと同じように、上半身をカーテンで隠し、裸の下半身を剥きだしにして、並んでベッドに横たわってみられてはいかがだろうか。そして、後学のため、成人した女性や妊産婦たちに集団で順番に見てもらおう。女性の繊細な心理を無視した産婦人科では、このように扱われるのですよ」ってね!
追記1:
私は、その後アメリカ人と結婚しアメリカで出産した為、保険の関係からも日本の産婦人科医にかかったことがない。残念ながら、現在の日本の産婦人科状況は余り分からない。 また、私も二人目を生んだ後数年間は、婦人科検診も受けていなかった。しかし、友人の紹介でドクター・シュースターに検診をしてもらうようになった十年程前から、定期検診を欠かさないようになった。
先日、今年の検診を受けてきた。私と同世代の彼女は、私の加齢とともに出てくる身体の変調を同じ視点で考えてくれる。内科の主治医の下で受けた血液検査の「ビタミンD欠乏症」も彼女が最初に見つけ、主治医に連絡してくれた。処方後の結果を彼女は、「すぐに元に戻ってよかったわね」と喜んでくれた。2-30分ほどの診察中、彼女と私は、友人でもあるかのように(英語なので丁寧語や尊敬語がない)更年期障害のこと、どんな運動がいいか、ビタミンやカルシュームの取り方、今後の検診をどのようにするかなど話した。診察が終わった後、彼女はいつものように私をキュッと抱きしめ、「Toshimi, stay healthy!」と言って診察室を出て行った。私も「Thank you! You are my important doctor. Please stay healthy too!」と言って見送った。
追記2:
今年3月、東京に住む友人の一人が、乳癌で亡くなった。51歳の若さだった。胸にシコリがあったので病院に行ったが詳しい検査まで行かず、良性との判断だったらしい。しかし、数ヵ月後、詳しい検査を受けたときには、乳癌はリンパから肝臓まで広がり、手術不可能な手遅れの状態だったそうだ。僅か一年の闘病生活だった。
私は、このコラムの「第8回、乳癌治癒募金運動に参加して」というエッセイの中で、「アメリカでは、25年前、スーザン・コーメン・救済レースが始まった頃、乳癌罹患者で転移がない人の五年生存率は、74パーセントであった。それは現在、98パーセントにまで伸びた」と書いた。癌にもいろいろな種類があり、一概には言えないが、もし定期健診を受けていれば……。マモグラムを受けていれば……。早期発見であれば……。細胞検査をしてもらっていれば……。セカンドオピニオンを受けていれば……。悔やまれてならない……。健康にも食生活にも気をつけて生活する聡明な美しい人だった。
このコラムを読んだ方、早速、検診を受けてください……。

今アメリカでは、どの医者を主治医に選ぶかが患者にとって重要な課題である。
この写真は、私の家族が使う病院の入り口近くに掲示してある、専門科別医者の写真と履歴である。名前、出身地、何の専門か、どの大学の医学部出身か、どの病院でインターンシップを経験したかが記してある。この中に、私の婦人科と内科の主治医の写真もある。私は最近、内科の主治医を変えたいと病院に相談したが、人気のある医者は開き待ち(waiting list)で、当分無理なようだ。どうしても変えたければ、この病院は大病院の分院なので、他の分院で好きな医者を探すこともできる。このような分院には救急施設や手術、入院設備はないが、殆どの検査や治療はここでできる。写真で気づかれるかもしれないが、この病院は女医が3分の2以上を占めている。特に婦人科、内科、小児科は女医が多い。インド、中国、韓国系の医者もいる。「Oregon’s best doctors」というウェブで、良い医者を探すこともできる。



























