25.「おばさん」パワーの使い方
※このエッセイは、教育関係の新聞に連載している記事の一つです。おばさんやおばさん予備軍読者の多いこのウェブマガジンの読者にも是非読んでいただきたいと思い、掲載していただくことにしました。
私は日本語の「おばさん」という言葉が好きだ。これが、「おばさま」でも「おばちゃん」でもいけない。ましてや「おばちゃま」などもってのほかだ。
おばさんと言う言葉には、なぜだかパワーを感じる。これがおばさんの「力」ではない。英語の「Power」という言葉には、力だけでなくエネルギー、威力、威厳や才能、集団の力までも含まったような強さを感じる。多くのおばさんにはこれがある。
では、なぜ日本では「おばさん」と言う言葉が特別な意味を持って使われるようになったのだろう。おばさんは、バーゲンで黒山の人だかりにもめげず自分のほしいものを手に入れようとする競争力、家計を助けるためあちこちのスーパーを駆け巡る行動力、買い物で値切る経済力、電車の中で少しの隙間にお尻を割り込みすわってしまう無駄のなさ、人気歌手、あるいはどこかの国の俳優たちを追いかける若さ、をも持っている。このような他人を気にしてできないようなこと、あるいはちょっと恥ずかしいとされがちな行動を、人目も気にせずできるおばさんたちの勇気を称えて言うようになったのだろうか。
私もおばさんである。
英語で、あるいはアメリカで日本語の「おばさん」に当たる言葉はない。また、中年女性を蔑視したようなスラングもきかない。これは、女性を大切にせざるをえなかった移民の歴史、Ladies Firstの国、あるいは、Ladies First とは全く反対の理論Women’s Lib運動の影響もあるのだろうか。
さて、日本の女性は、学校を卒業し仕事に就いても結婚や出産などで退職する人が今でも多いと聞く。子育てが一段落し、子どもたちが小学校に上がる、あるいは中学や高校ともなると時間にも余裕ができる。しかし、十年以上も現役の職場を離れていた母親たちにとって、正社員としての再就職はとても難しいようだ。特に日本の求人広告には年齢制限がある場合が多く(改善されてきていると聞いているが)、条件のよい会社や企業には履歴書を送ることさえできないらしい。私の才能ある友人おばさんたちは、教員免許、あるいは特別な免許や資格があったとしても、四十歳以上になると正社員の職を探すのは難しく、パートしかないと嘆く。
アメリカの女性たちは、結婚あるいは出産後、専業主婦になった場合、子どもが少し手を離れると大学に戻る人も多い。完全に復学するのではなく、子育てと平行しながら復職のために少しずつ受講する方法をとる人が多いということである(最終的に学位をとるために入学した場合、少しずつとった単位が加算されるので、卒業を早めるために優位である)。もちろん、キャリアのため、あるいは経済的理由から結婚、出産後も働き続ける女性も多い。特に移民や低所得者の家庭では、主婦も働き続けざるをえない。
アメリカでは、求人広告に年齢、性別、人種の制限を書くことが法律で禁じられているため、長年専業主婦だった人もどのような状況の人でも、希望する職に応募することができる。好きな職に就けるという保障はないが、応募するのは何歳になってもできる。年齢や性別、人種に関係なく、意欲があり有能な人物を書類のみで見極めるのは難しい。もちろん、現実が厳しいことはアメリカも同じである。しかし、もう驚かなくなったが、アメリカの航空会社のフライトアテンダントは、若い人は少なく、中年以上の女性が多いように思う。また、近所の大きなFabric store(布地屋)には、髪の毛の真っ白な60,70歳代の女性が何人も働いている。私のいく病院の顧客係の受付などにも50歳から60歳代の女性をよく見かける。60、70歳代の人たちは、正規社員ではなく、引退後のパートタイムかもしれないが。
さて、私には四十歳代で大学に入学した二人の友人がいる。ひとりはレスリー・ローガン。彼女は、私と一緒に長年小学校でボランティアをしてきた。子どもたちが手を離れた四十五歳のとき、教職の修士号を取るため大学院に入った。小学校教師になりたいとの意志からだった。アメリカでは現在、教職に就くためには、ほとんどの人が修士号を取得する。この歳で大学院に苦労して行っても、四十歳代後半で就職先があるのだろうかと、日本人の私には半信半疑であった。しかし三年後、修士号を取得した彼女は、新興住宅地が増えたため新設された公立小学校の教師に採用された。
彼女は言った。
「二人の子どもを抱え大学院に進むのには、時間だけでなく経済的にとても無理があったの。スチューデント・ローン(student loan学生向け借金―働き始めるまで返済する必要がない)を組んだのよ。でも歳が歳でしょ。大病することだってあるかもしれない。でも、それなら現代医学で治してもらって又働けるわ。だけど、就職する前にぽっくり死んでしまって、借金だけが残ってしまったらどうしようかと悩んでしまったの。夫や子どもたちが私の借金を払っていかなければならなかったら、余りに悲惨よね。それで、決断する前に思い切ってローンの会社の人に聞いたの。そうしたら、死んだら返さなくてもいいって言われたので、安心して借金に踏み切ったわ。思い残すことはない!頑張ろう!ってね」
ことの切実さに反し、彼女の屈託のない話に二人で大笑いしてしまった。
もう一人の友人は、真理子さん。アメリカ人夫との間にできた二人の男の子の母親である。離婚したあと、自分の進路を求め、Community College(短期大学)に通いはじめた。そこで優秀な成績を収め、奨学金を得、大学に編入、大学院まで無料で行き修士号をとった強靭な精神の人だ。彼女は、Special Educationという障害児教育を勉強した。五十歳に手が届きそうな年齢で、市の公立小学校に正教員として職を得た。私は、真理子さんが、どんな若いアメリカ人教師よりも熱心に、上手に子どもたちを指導できると思っている。そして、市も学校もそれを信じて、移民である(市民権を持つ)彼女を採用した。素晴らしいと思った。
他にもボランティアとして学校に来ていた近所の四十歳代の母親二人が、子どもたちが通った公立小学校とカソリック系私立小学校で正式に採用され、立派な先生として働いている。私は、アメリカの小学校が、新卒だけではなく、ボランティアなどで学校に貢献してきた母親たち、いわゆる「おばさん」を、教員として数多く採用していることに驚いた。
多くの母親たちは、社会で職場経験もあり、その後、子育てを通し子どもについて学ぶ、子どもの友達のことも取り扱いもわかる。忍耐を学ぶ。子どもを取り巻く社会環境も、学校も、教師の立場も、保護者のこともわかる。まだまだ若くて、エネルギーもあるおばさんたち。
日本でも、昔とった教員免許を更新するため、子育てをしながら大学で少しずつ勉強することができる、あるいは子育てを終えた母親たちが、受験勉強などしなくても入学でき、一生懸命勉強して教員免許をとることができる機関や大学が全国にできないのだろうか。日本の国立大学も法人化を進めている折、これからは、アメリカの大学のようにますます経済的に大変になっていくことだろう。ましてや少子化。おばさん入学を考慮に入れてみては如何だろうか。
頑張って勉強し、資格を取ったそんな「おばさんたち」を思い切って採用する市や区の教育庁、小学校は現れるだろうか。
「えっ?そんなことをしたら新卒者の先生の就職口がなくなる?」
「そんな心配はいりません!日本では、若くて優秀な人はいろいろな就職口があるでしょう。しっかり社会経験をして強くなって『立派なおばさん(おじさんも)』になって学校にもどっていらっしゃーい!」
おばさんには、少々乱暴な、わがままないじめっ子など、ふっ飛ばしてしまうようなパワーがあるように思えるだが……。
※2008年秋からの世界的経済恐慌で、世の中どこも暗~い話ばかりですね。しかし、こんな時こそ「おばさん」の底力、パワーを物見せる時かもしれません!
【素敵なおばさんたち】
![]() Brigitは43歳。一児の母親である。病院のPhysical Therapistであり、スポーツクラブの講師でもある。泳ぎ、走り、クラスを教える彼女の身体には、多分1グラムの贅肉もない。年初めのクラスで、年頭の決意を聞かれたので「ブリジッドのような身体を目指して贅肉をとるよう頑張ることだ」と言ったら、クラスに来ていたおばさんたちが皆笑った……。 |
![]() 「ブロンドジョーク」(18回参照)金髪女性のブラット直美さん。大学院生と高校生のお嬢さんの母親である。彼女は長年アメリカの建設会社で会計を担当しているが、業者や下請け会社の未払い、滞納の請求も取りまとめる。建設業界のどんな荒くれアメリカ人の言い訳や苦情も彼女にかかっては敵わない。彼女の奇想天外のアイディア溢れる服装も会社では人気の的である。この写真は、前日から左目が充血し気になったので、黒いパッチをはめ「カリブ海の海賊の格好」で出社したそうだ。日本女性としての謙虚さを持ちながら、服装も生活も楽しみ、発想の自由さを持ち続けている若々しいおばさんである。 |
![]() 私の究極のおばさん友だちEllen Reingold(左)とCindy Brenn(右)。 彼女たちは何歳だと思いますか? この写真は、Cindyとご主人Bruce の結婚50周年記念パーティで撮ったもの。Cindyは、二男一女を育て、自宅にタップダンスの教室を持ち、今でも中学校と高校でタップを教えている。その均整の取れた美しい肢体は、彼女の年齢を疑わせる。EllenはPilatesとヨガの先生である。彼女には五人の娘がおり、大学生の孫のことを嬉しそうに話す。時々身体にぴったりの服を着ているのを見ると「この人、本当は何歳なのだろうか」とため息をつく。2人共ご主人の仕事に伴って長い海外生活の経験があるが、70歳代の今もイキイキと生活し、笑顔の美しい2人を見ると、かく歳を重ねることができたら思う。 |
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