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田中寿美
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22.セーラ・ペイリンとアメリカ大統領選挙

私は、このコラムの第三回「ジョージ・ブッシュ大統領とわが夫」の中で、「アメリカの選挙は面白い」と書いた。まさにその面白いアメリカ大統領選挙当日が近づいてきた。

八月末月の民主党大会(Democratic National Convention)と9月初旬の共和党大会(Republican National Convention)は、熱狂的な支持者のお祭り騒ぎで終わった。その後、10月15日の第3回目Presidential Debateを終え、選挙戦は最終段階に入った。Presidential DebateとVice Presidential Debateの放映は、彼らの生の声を聴くことのできる絶好の機会として高視聴率を上げた。その要因は、民主党指名候補者が初の黒人であること。また選挙直前に起き、世界中に波紋を広げているアメリカの経済恐慌。そして、共和党大統領候補John McCain上院議員が選んだ副大統領候補Sarah Palinの出現である。

9月初旬に開かれた共和党大会に、マッケインが選んだ若き美しい女性、アラスカ州知事ペイリンが現れたことは、アメリカ国民にとって晴天の霹靂だった。それは、大統領本選を間近に控えた民主党と共和党の混戦状態の中、政局からメディア、一般民衆までの話題をセーラ・ペイリン一色にするほど衝撃的であった。民主党支持者である夫と私は蒼然となった。オバマは終わった……。目鼻立ちのはっきりとした印象深い顔、張りのある声、隙のない濃い化粧と服装。インテリのように見える縁なし眼鏡。夫と私が最も懸念したことは、多くのアメリカ国民が彼女の容姿とパフォーマンスに深慮することなく魅了され、熱狂するだろうと思ったからである。

共和党派にとってマッケインは、米国史上最高年齢72歳の大統領候補者であり、予備選では、有望視されていた他の候補者を早々と退け共和党指名を受けた。しかし、マッケインは、民主党のオバマ、クリントンの白熱した予備選に煽りを受け、8月末まで、あたかも共和党大統領候補者などいないかのような影の存在であった。 ペイリンは、そのマッケイン上院議員のどんよりと曇った空に、輝く太陽のように現れ、共和党に勝利をもたらすかのように思われた。

Sarah Palinは、1964年アイダホ州に生まれたが、すぐに父親の仕事のためアラスカ州に移った。高校時代はバスケットボール選手として活躍し、アイダホ大学に進学する。大学卒業後、アンカレッジのテレビ局のスポーツレポーターとして働く。大学時代とこのレポーター時代を除き、そのほとんどをアラスカのワシラ(Wasilla)という街で過ごした。20歳のときワシラ市のミスコンテストで優勝、アラスカ州で第2位になったことは、彼女が容姿端麗である証しとなっている。その後、漁業に従事し、1992年ワシラ市の市議会議員を経て、1996年32歳で市長に就任し二期を務めた。ちなみにワシラ市の人口は、2000年の人口調査(US Census)によると5,469人、2007年には9,780人である。ペイリンは、当時616票を得て市長になった。2006年8月、42歳でアラスカ史上最年少、初女性知事として当選。現在一期目。

私生活では、1988年、24歳のとき高校時代のボーイフレンドTodd Palinと結婚した。Toddは、BP(British Petroleum)社のアラスカ油田で働く一方、漁業の自営業者であり、スノーモービル大会の優勝者として名を馳せている。ペイリンはこの夫との間に二男三女をもつ。

若きペイリンは、老兵マッケインの強力な片腕として、この激戦の大統領選挙をともに乗り切るはずであった。マッケインは、ペイリンを副大統領に指名することを、共和党大会が開かれる直前まで側近にも知らせていなかったと言われている。そして、その唐突の発表は、共和党首脳陣がペイリンを副大統領候補としての資質が十分であるどうかを確認する時間もないまま国民に知らされることになった。

メディアはペイリンに飛びついた。民主党副大統領候補Joe Bidenが話題性を孕まない地味な候補者であるのに対し、ペイリンには華がある。その生い立ち、学歴、職歴、家族構成、宗教思想、趣味嗜好、そしてスキャンダルまで詳細がメディアによってさらされた。

ペイリンは、人口67万人のアラスカ州知事としての評価や支持率の高さには定評がある。しかし、政治経験と言う観点から見れば、人口一万人に満たない市の市長経験と油田が絡んでいる以外は陸の孤島のようなアラスカの州知事を勤めているだけである。彼女に国政を委ねることができるだろうかという疑問が沸き始めた。ペイリンは、43歳まで北米を出たことがなかった。2007年夏、知事としてアラスカ州兵慰問のためクウェートを訪れる際、初めてパスポートを作ったらしい。市長時代を含め外国に興味がなかったのだろうか。彼女の州知事政治には、アメリカが世界のリーダーとして他の国々と深くかかわっているという理念はあったのだろうか。

ペイリンは、9月初旬にあった共和党大会で、確固とした演説ができることを証明し、共和党大会を華々しいものとした。(スピーチは、例に漏れず彼女が書いたものではなく、ブッシュ大統領の有名な演説のいくつかを手がけたMathew Scullyが書いたものであった)しかし、ペイリンがこの混乱を極める国政と外交を任せるだけの資質を持つ人物かどうかという疑問は、その後アメリカのテレビ局の凄腕アンカーたちのインタヴューによって暴露されてしまう。

その一例を紹介しよう。9月24日アメリカ三大テレビ局CBSのKatie Couricの質問の一つである。

“Have you ever been involved with any negotiations, for example, with Russia?”
「これまでに何か(外交上の)交渉に携わったことがありますか、例えばロシアとの……」
Palinの返答:
“We have trade missions back and forth. We-we do. It’s very important when you consider even national-security issues with Russia as Putin rears his head and comes into air-space of the United State of America. Where- where do they go? It’s Alaska. It’s just right over the border. It is from Alaska that we send those out to make sure that and eye is being kept on this very powerful nation, Russia, because they are right there. They are right next to-to our state.
「わが州とロシアには貿易使節が行き来しています。い、行き来しています。ロシアとの国家安全保障問題を考えることはとても大切なことであり、プーチンが頭を出して、アメリカ合衆国の領空に入り込んでくることだってあります。どこ、彼らはどこに行きますか?アラスカです。国境のすぐそばだからです。アラスカから、それら(この代名詞が何を指すか分かりにくい)を送り、とても強力な国家であるロシアを見張っているのです、なぜなら、ロシアはすぐそこにあります。ロシアは私たちの州のすぐ隣にいるのです」

この翻訳は難しかった!私は彼女の言った言葉をできるだけ忠実に訳しようとした……。ABCテレビ局Charlie Gibsonのインタヴューに続く失態で、ペイリンの副大統領としての知識、資質の欠如は、民主党ばかりでなく共和党の知識人たちをも呆れさせるばかりか恐れさせた。もし老齢のマッケインに健康上何かがあれば……、大統領になりうる立場にペイリンを置くべきだろうかと。

マッケインは、共和党でも人間の私生活、例えば同性愛や堕胎の権利などに関しては比較的リベラル派である。過去、共和党が大統領選挙を勝ち抜くために得てきた票は、これらに断固として反対する保守右派のものであった。右派支援を得るためには、極端なまでに右派であることを印象付ける副大統領候補ペイリンが必要であった。

ペイリンは、この春、44歳で5人目の子供を生んだ。ダウン症児である。Pro-life(中絶合法化反対)主義者として、堕胎に反対している彼女がダウン症児を中絶せずに生んだことは、右派Pro-life主義者の支援を得るには十分である。しかし、長女はこの12月に17歳で初出産をする。私生児になるところであったが、共和党大会直前にホッケー選手であった18歳の相手をどうにか説得し、婚約者として公表している。19歳の長男は9月にイラクへ出兵した。ダウン症のわが子、初産の娘ことは、副大統領としての仕事に比べれば取るに足らないことなのだろうか。

もし、もし私がペイリンの立場だったら、私は自分の進退をどのようにするだろう。まず中絶絶対反対(ペイリンの主義は、近親相姦でも強姦でも堕胎を許さない)であれば、ダウン症児になる可能性のある44歳で子供は生まないだろう。現代の良識に沿った避妊を考えるべきであると思うが、ペイリンは避妊も反対している。「神の意志 (敬虔なクリスチャン、ペイリンの常套句) 」に任せ避妊をしないのなら、あまりに無責任といえるのではないだろうか。今後何歳まで子供を生み続けるのだろう。もし、胎児がダウン症児と分かった場合、私も生んだかもしれない。しかし、その子に、自分のできる限りの愛情と時間の許す限りの労力を注ぎ、成長させ社会の一員となれるよう責任をもつという覚悟をして。

私には16歳の娘がいる。娘が聞いた。
「お母さん、もし私が今妊娠して私生児を生んだら、どうする?」

私は答えた。
「お母さんは、まず、自分の子育ての責任、監督不行き届きを反省し悔いると思う。そして、舞弥が自立し自分で養育できるようになるまで、お父さんと一緒に舞弥の子育てを手伝っているだろうね」

娘は、「ふ―ん」と言って、また宿題に目を向けた。「親はなくとも子は育つ」と言われる。わが子を一人前に成人させ自活できるよう社会に送り出すことが、なかなか大変な仕事であると考えるだけでは、器が小さすぎるか……。
「千載一遇の副大統領席は?」
「あは~!州知事では物足りない?」

さて、終盤に近づいた過酷な大統領選挙戦、当選すれば副大統領。ペイリンを最も支援する敬虔なキリスト教信仰者、そして良妻賢母を奨励してきた多くの共和党保守右派の女性たちは、ペイリンの家族との繋がりをどのように受け止めているのだろうか。

ペイリンは言う。「私は、知事であり副大統領候補でありながらも、あなたたちと同じように家族の問題を抱えているのですよ。だからあなたたちの悩みも理解し共有できるのです」多くのアメリカ人は、英雄たろうとするものが発する「自分と同じような」という言葉に感銘を受ける。ペイリン自身の市長時代、州知事時代の仕事に関しての業績やスキャンダルはともかく、ペイリンの家族は今、アメリカばかりでなく全世界の注目を浴び、メディアによって、知られたくない秘密までが公表されている。

12歳で洗礼を受けた熱心なキリスト教信者である彼女は、州知事の仕事、天然ガス・パイプライン・プロジェクトについて ”God’s will” と言い、またイラク戦争に関しては “a task that is from God, …that plan is God’s plan”などと発言をしている。民主主義政治は、「政教分離」が憲法で定められていることは習わなかったのか。世界の歴史を顧みれば、そのほとんどが民族間の宗教戦争であったことを知らないわけではないだろう。また、彼女は、私の嫌悪するNRA(National Rifle Association全米ライフル協会―共和党の大きな支持団体)の熱心な会員である。趣味が、アラスカの広大な自然の中での「釣り」は理解できる。しかし、「熊やムース(moose北米鹿)の狩猟」を思うと、殺す必要のない野生の動物を趣味や娯楽として銃で撃ち殺すことは、私には到底考えられない。学校や社会でこれほど銃犯罪がおきているアメリカで、彼女は銃規制に強く反対している。

ペイリンは、テレビインタヴューの失敗をVice Presidential Debateで繰りかえさないよう、政治外交の集中講義を受けさせられたと言われている。Vice Presidential Debateはどうにか乗りきった。しかし、愛嬌を振りまきウインクをしながら(本当に気持ちが悪かった!) 質問に答えるペイリンが、今この国が、国民が、そして世界が直面している問題を本当に理解し、自分の使命として政治生命を懸けるぐらいの覚悟があるのかどうか疑問に思った。

共和党の支持者は、テレビを主体としたメディアを情報源として生活している人が多いといわれている。多民族多宗教というアメリカ独自の国家構成の現実から隔離されたような内陸の環境に住み、州外に出ることも少なく、異人種、異宗教、外交、外国という概念さえなく生涯を送る人も少なくない。

夫は言った。
「マッケインほどアメリカ国民を馬鹿にしている人はいないと思う。今回の選挙でよく分かった。彼は、超右派の若くて美しい女性知事を副大統領候補に指名することによって、無知な国民が喜んで投票するだろう判断しペイリンを選んだんだよ」

私は答えた。
「そうね。副大統領という最高のアメリカンドリームを獲得できるかもしれないペイリン。マッケインは、共和党右派の、特に女性たちが、自分よりちょっと成功した、価値観を共有できるような庶民派の美人政治家に熱狂し、彼女たちが、ペイリンの政治知識や政策など考えずに支援するような思慮のない人たちだって思っているのね。そのような人ばかりではないと思いたいけれど……」

夫は続ける。
「マッケインは、自分はいつもアメリカの将来を考えて行動していると言う。もし、彼がこの国の危機を憂慮する大統領候補者であれば、ペイリンの政治手腕、政治知識、外交問題など深く調査することなく指名はしなかっただろう。共和党にも有能な副大統領候補者は何人もいたはずだよ。ペイリン選択は、マッケインが『大統領になりたい!』と言うだけのエゴイズムの策だと思う」

私は、オバマが言った、
「私は、複雑な家庭環境の下に生まれましたが、母と祖父母の深い愛情に包まれ育ちました。決して裕福ではなく、時には※1 Food Stampsを受け暮らすような時期もありました。しかし、私は、アメリカの、貧しいものにも教育の機会を与える立派な教育制度のおかげで※2 最高の教育をうけ、今このように大統領選挙候補者になることができました。私はこのことに深く感謝しています。そして、この素晴らしいアメリカを次の世代に受け継がなければならないという使命をもっています」

と言う言葉に感銘を受けた。私は、どのPresidential Debateもオバマが勝ち、Vice Presidential Debateは、バイデンがペイリンより遥かに優れたディベートをしたと信じている。残念なことに、どの共和党支持者もマッケインとペイリンがオバマやバイデンより優れていると信じている。

オバマが優勢であると言われている。しかし、蓋を開けて見なければ分からない。中間票と言われる無党派層の流れが今回も勝敗を決める。

夫の親族、友人は、ほとんど全てが民主党支持者である。第44代大統領が決まる日、彼らはホッと胸をなでおろしているだろうか。それとも「カナダに引っ越したい」と言っているだろうか。「カナダへ引っ越す」は、大統領選で予備選を含め選挙支持者が敗退した時よく聞く言葉である。

夫の同僚の一人は、ブッシュ政権がいやになり、本当にカナダのVancouverに移住してしまった……。

※1 低所得者に配布される食料品チケット
※2 Harvard Law School, Columbia University, Occidental College


夫Toddと今春生まれたTrig
celebritybabies.typepad.com/photos/uncategori

2枚の写真はObamaとMacCainを支持する有権者が、家の前に出すサインである。

近くの住宅地を車で回ってサインを探したが、Obamaのサインの多さ比べ、MacCainのサインは、わずか2軒だけだった。Bush大統領選挙の時とは比較にならないほど少ないのに驚いた。