入門翻訳勝ち抜き道場
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12月22日号
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田中寿美
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20.龍門の滝

2005年夏、熊本の実家に帰ったとき、姉がどうしても行ってみたいと言っていた大分県にある観光地「龍門の滝」に行った。

母、姉夫婦と姪、我が家の四人、それに東京から里帰りしていた妹と総勢9人、久しぶりの集合に和気あいあい出かけた。

お盆も過ぎていたので道も比較的空いていた。私は、以前観光案内に出ていた広告を思い浮かべた。それは、黒い岩肌から流れ落ちる滝を楽しそうに滑り降りている子供たちの写真であった。

滝に着くと、そこは夏休みの暑さを逃れる家族で大賑わい。狭い駐車場には車がひしめき合っていた。駐車場から五百メートルほど歩いていくと、眼下にあの広告と同じ雄大な景色が広がった。
「わー、すごいね。あの岩の大きさ。黒光りしているよ」
「九州にこんなところがあるなんて、どうして今まで知らなかったのかしら」

皆それぞれに感嘆の声を上げていた。高さ約二十メートルのこの滝は、上部三分の一ほどは普通の大きな滝だが、その下にある滝壺から横幅四十メートルの大岩を水が這うように流れ落ちているところが壮観だ。

大勢の人がいた。滝に近づいていくと、ピクニックシートを敷いた家族があちこちにいる。ご飯を食べたりお酒を飲んだり楽しそう。一個百円の特製ポリ袋をお尻に敷いた大人や子供たちが、滝の上から岩を滑り降りていた。誰も監視人のような人はいなかったが、それぞれに順番を守って一人ずつ滑っていた。プールの滑り台とは違い、高さが十メートル以上もある自然の滑り台は、豪快でスリル満点のようだった。大人は誰もが若く、女の人もたくさんいた。ビキニの水着で滑っている人のパンツが、半分ずれて取れかかっている。パンツを引き上げながらポリ袋をつかんで滑るのは、なかなか難しそうだった。子供たちは、一番小さい子が八才ぐらいだった。ポリ袋の調整がうまく行かない子供は、思い通りにまっすぐに滑れず、小さな岩にぶつかったり途中でひっくり返ったり、見ている人をハラハラさせる。痛そう……。しかし、どの子も普段の生活にない野生の醍醐味を味わい、イキイキしていた。コンピューターゲームよりずっと健康的だ。下の水溜りには小さな子どもたちが浮き輪を使って泳いでいた。

私たちは、滝から流れてくる小川の傍に腰をおろし、滑る人たちを眺めていた。しばらくして、夫と息子、娘、それに姉と姪が滝の方に行き、端側の水が流れていないところをゆっくりと上っていった。途中で、平坦な岩場にくると、皆で景色を眺め楽しんでいた。暫くすると、夫と息子は、滝を横切れるようなところを見つけ渡りはじめた。水量は多く、押し流されようとするのか、黒光りした石が滑るのか、一歩一歩足元を確認しながら用心深く、這うようにして途中の水量の少ないところまで渡った。その間、上から滑ろうとしている人たちは、夫たちが渡ってしまうのを辛抱強く待っていた。横切るや否や、次々と上からツルンツルンと滑りはじめた。

姉は、心配なのか夫たちが横切っていったところを少し滝側に入り、二人の様子をじっと見ていた。姉の横を滝側に通りすぎていった女の人がいた。流れる水が足元に当たり、気持ちよさそうに立っていた。そのうち姉と話し始めた。暫く二人でなにやら楽しそうに笑っていた。

突然、上から滑り降りてきた男の子がコントロールを失い、滝の端側の姉たちが立っている方向に流され突っ込んできた。
「危なーい!」
なんて、下から叫んでも、ゴーゴーと流れる水音に掻き消され聞こえるはずがない。姉の真横に立っていた人にドーンとぶつかった。女の人は岩の上にバーンと仰向けに叩き落とされ、そのまま滝下に流れていった。「あっ!」という間の出来事だった。姉があと五十センチ女の人に近かったら、姉も一緒に巻き込まれていたに違いない。恐ろしさに身震いがした。

女の人は流れ落ちた岩の上で、両手をつき、肩を上げ、頭を垂れながらもどうにか上半身を起こした。そして、頭を手で押さえうずくまった。遊びに来ていた多くの人たちが、凍りつくような思いで女の人を見守った。その間誰も滑らなかった。ぶつかった男の子は、下まで流れそのままどこかへ行ってしまった……。すぐに何人かが心配そうに近づいて行った。一人の男性が話をしたようだ。大丈夫だったのか、男性は両腕を抱えるようにして女の人が立ち上がるのを手伝った。女の人は頭を押さえ、介添えの男性の手をかりながら、家族がいるところへゆっくりと歩いていった。

姉は呆然とその人を見ながら同じ場所に立っている。私は下のほうから、
「おねえさーん!危ないからすぐそこをどきなさーい!自分もぶつかられるよー!」
と大腕を振り、力の限り叫ぶがこちらを見ようともしない。ただただ先程まで話していた人がどうなったか、目で追っているのが精一杯らしかった。

私たちは、「頭を打っているんだったらその場から動かさないほうがいいんじゃないの。内出血している可能性だってあるわよ。救急車を呼ぶべきだと思う」などと話していたが、女の人と家族は、救急車を呼ぶ必要はないと判断したらしい。落ち着くと頭をタオルで押さえながら男の人に付き添われ、小さい子供と一緒に駐車場の方へ歩いていった。姉もそれを見届けると安心したのか、そのまま下に降りてきた。

「あー、怖かった!」
と一言。体が金縛りにあったようで暫くは動けなかったらしい。もう楽しむ気分どころではない。話はその事故のことで持ちきりだった。夫と息子は、滑って見たいと言っていたが、そんな気分はふっ飛んでしまった。しかし、滝には、その事故をものともしない若者や子供たちが滑り続けていた。

私たちは、冷たく澄んだ川の浅瀬に足を入れ、しばらく涼んだ後、興奮冷めやらぬまま駐車場に向かって歩いた。

途中の龍門神社境内には、お土産物の籠や陶器を売っている人たちがいた。この滝の観光客で生計を立てているのだなと眺めていると、突然、駐車場の方から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。と言う間もなく、担架を抱えた救急隊が私たちの横を通りぬけていった。その後を続くように、別の救急隊がもう一つの担架を抱えて下に降りていった。

「さっきの女の人のためではないわよね」
夫に確認すると、
「又事故が起きたんだよ。これだけ多くの人が来て、あれだけ高いところから岩を滑っているのに、監視人もいなければ規制も規則もないんだから、事故が起きるのは当たり前だよ」
「じゃ、あの岩場がそんな危険なところだって分っている人が、なんで息子まで連れ平気で滝を横切ったのよ!」
「僕は、用心深いから大丈夫なんだよ」

私は開いた口が塞がらない。横から息子が口を挟んだ。
「僕は三回も転んだんだよ。だって、あそこの岩は苔でぬるぬるしていて、気を抜くとすぐにスッテンころりん滑るんだから・・・・・・。岩の上にこけるってとっても痛いんだよ。ほら、ここの腕のところ怪我しちゃったよ」
と、ずぶ濡れになったズボンと擦り傷のできた腕や脚を見せた。私は、姉の傍で起きた事故に気をとられ、息子がひっくり返ったところは見ていなかった。息子の怪我を見ながら、あの女の人がどれ程痛かっただろうかと思い、どうか軽症ですんでいますようにと祈るばかりだった。

私たちは、一時間半程ここにいた。その間三人の怪我人がでた。私たちがいた間の怪我人は、その日偶然多かっただけかもしれない。しかし、夏の間には大小含め何人が怪我をしているのだろうと考えてしまった。

この滝の管理は誰がしているのだろう。もし、ここがアメリカなら、土地の持ち主か安全管理を怠った地方自治体は、たくさんの怪我人から訴訟を受け、長引く裁判と賠償金で破産していることだろう。

アメリカは広い。その自然を楽しむ人々、自然に対する好奇心や挑戦、恐れを知らぬ無謀さを制御することは、どのような自治体にもできない。
「立ち入り禁止」や「遊泳禁止」の警告札が立ててあるところもあるが、ほんの限られた場所で、人々が集まりやすく事故が起きる可能性がある、または以前に事故が起きた、死者がでたようなところである。

この龍門の滝のようにたくさんの人々が集まる自然の遊び場、つまり、観光地化されたような場所の管理や対策には訴訟を避けるため万全を期す。しかし、それ以外の場所での事故に対しては、一切関知しない。

今年6月下旬、この地方では記録的な暑い日があった。102度(39℃)の灼熱に、川で泳いだ人たちがたくさんいたらしい。その夜のニュースでは、高校生と大人の二人が溺れ死んだと言う報告があった。どうして溺れるような危険な川で泳ぐのだろう……。もちろん川の遊泳地には、資格のある監視も緊急に救助できる設備も殆どない。また、Mt. Hoodでは、雪の残る真夏にもスキーを楽しむことができる。一年を通し、この山への挑戦を試みる人は後を断たない。7月初旬、夏山登山者が下山途中に尾根から落ち大怪我。ヘリコプターが救助に向かう騒ぎもあった。

自然を愛で遊び戯れ、自然に挑めば危険が伴う。日本では、「気骨ある野性的な器の大きな人間に育てたい、育ってほしい」などと思っても、子供の成長を育む自然環境は少なくなっていくばかり。

龍門の滝のようなところは、大人や子供が豪快な自然に挑み楽しむ場所として、また家族の行楽地として、これからも人々を迎え入れ続けてほしいものである。

怪我人が出ないような安全対策がなされていることを願っている。

姉と怪我をした女性は、流れの速い滝の左端に立っていた。この日は水量も多く、滑るスピードも相当速かったのではないだろうか。
この大量の水は、左下に流れる小川となって川下にながれていく。その水の清さと美しさは、しばし「自然破壊」「環境汚染」などという言葉を忘れさせてくれた。

オレゴンの名所Mt. HoodをTrillium Lakeから望む。この湖には、夏の間キャンプや日帰りピクニック、バーベキュー、泳ぎ、釣り、ボート遊び、自然散策などを楽しむ大勢の人たちが訪れる。湖の周りでは、家族連れや友人のグループが自分たちの場所を決め、規則を守り周りの人に迷惑をかけないよう一日を過ごす。
花は、Trillium Lake由来の野生植物“Trillium”。手折ることも掘って持ち帰ることも法律で禁じられている。

下記の写真は、Trillium Lakeの出入り口、駐車場などに掲げられている案内及び警告板である。迷惑行為も警告違反も罰せられる。

Thousand Trails House Rulesの「House」は、ここでは「私たち皆の」と言うような意味。