The Oxford Book of Children’s Storiesシリーズより出題中
入門翻訳勝ち抜き道場

Did you know that?

田中寿美
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19.大変だぁ!裁判員

写真は、娘が小学校最終学年5年生のとき、Field Trip(遠足)で裁判所見学に行ったときのもの。ボランティアの母親たちが各自生徒3人を受けもち、裁判所内の指定されたコースを廻って勉強していく。

左の写真は、大きな事件の裁判で使われる法廷、陪審員席も数が多い。右の写真は、軽い事件のための法廷。子供たちは陪審員席に座り、陪審員になったつもりで裁判官に質問ができる。本物の裁判官が子供たちのために質問に答える。裁判官は、次々にこの部屋を訪れる子供たちに丁寧に対応してくれる。この後、実際に裁判が行われている法廷で10分ほど傍聴もできた(裁判は離婚の裁判であった・・・)。

訴訟や裁判が多いこの国で、学校もそれに即した教育をしているように思う。裁判員制度を導入したから司法や裁判が身近になるのではなく、子供の頃から教育の一環として「訴訟とは、裁判とは、裁判官、検察官、弁護人、そして陪審員(裁判員)とは何か」を生活、社会の一部として考えさせる教育が必要なのではないだろうか。

3人の女の子は娘と同級生のLaurenとElizabeth。二卵生の双子で我家のそばに住んでいる。彼女たちの父親は弁護士である。

2006年春、東京に住んでいたときのことだ。日本で裁判員制度が導入されると知って驚いた。新聞などにもシリーズで取りあげられていたので読んでみた。だが、まず裁判員という文字を見て、
「えっ?陪審員じゃなかったの?」
と思った。英語でいう「jury」を通訳、翻訳するときの日本語は「陪審員」だと思うけれど……。辞書でひくと「jury」は「陪審員」と載っている。「陪審員」とひくと「jury」と書いてある。私は、日本語での陪審員が何をするかよくわからなかったが、いわゆるアメリカの「jury」と同じことをするのだろうと思っていた。

それなら陪審員の意味は何だろうと辞書をひいてみた。広辞苑には「陪審」で、 「一般市民から選定された陪審員が審判に参与して、事実の有無などにつき評決する裁判制度。日本では1923年(大正12年)の陪審法により刑事事件に関する 審理陪審が認められたが、1943年停止」

と書いてある。やっぱりアメリカの「jury」と同じではないか。しかし、辞書に「裁判員」という言葉はまったく載っていない……。

知人の有名大学法科大学院に通う学生が教えてくれた。
「田中さん、日本はアメリカのように陪審員だけで審理する制度ではなく、ドイツの参審員に近い制度を取りいれたのですよ。だから裁判員という新しい言葉を作ったのです。アメリカと違い、一定の刑事裁判において、国民から事件ごとに選ばれた裁判員が裁判官とともに評議し、審理に参加するんです」
「ふーん、そうなの。陪審員と参審員は少し違って、裁判員と参審員が殆ど同じなら、どうして『参審員』って言葉を使わなかったの? それから、参審員はドイツ語を訳したものだから和英辞書で「参審」と調べても日本語さえ出てこないけれど、裁判員は英語でなんと言うの?「Japanese Jury/Juror」なんて新しい英語を日本人が作るのかしら?もし「jury」をそのまま使うなら、これから通訳者や翻訳者は、英語の「jury」とは少し違うって一々説明するのかしら? あー大変だ……」

私は続けた。
「それから、アメリカの陪審員は陪審員だけで評議、審理し、陪審員の決定に基づいて裁判官が量刑を決めるけれど、日本の場合、裁判官と民間人が一緒に話し合い量刑まで決めるのでしょう?責任も重いわよね。それに例えば、裁判の知識の全くない私なんかが選ばれて一生懸命勉強したとしても、裁判用語なんて日本語であってもそんなにすぐには理解できないでしょう。しょっちゅう質問したり、変なことを言ってしまい、裁判官に『田中さん、それは間違っていますよ。過去の判決ではそのようにはなっていません』なんて言われたら、もう口をきけなくなってしまうわ。だって、付焼刃で得た知識では、日本の超エリート裁判官には逆らえないもの」

裁判員制度導入が素晴らしいと思っている学生は、ちょっと困った顔をした。

アメリカの陪審員制度は、1600年代の移民以来、母国イギリスの制度をそのまま使っていたが、1787年にアメリカ合衆国の建国の法律改正案の一つとして定められた。

アメリカでは、離婚、家族問題や交通違反には陪審員は使われない。しかし、それ以外の軽犯罪、つまり不品行(misdemeanor)、窃盗や暴力などの裁判にも陪審員が関わってくるので、陪審員の数は相当多い。

住民から裁判ごとに人を選び、手紙を送る。受諾した人への裁判についての連絡。陪審員決定のための面接、日当や交通費支払いなど雑用の多さは計りしれない。アメリカでは、司法も州の独立した権利が認められ、ほとんどの裁判は州で行われる。それも州という大きな単位ではなく、地方裁判所はカウンティという「市」、あるいは「郡」の裁判が主である。これらの経費捻出も州税に頼ることになる。連邦裁判所(the Federal Court)で行われる裁判もあるが、事件は限られている。

オレゴンの市や郡の陪審員の日当は僅か10ドルである。それに交通費(あるいはバス券)が支給される。この日当の金額からもわかるように、陪審員は市民の義務と責任と捉えられているようだ。

さて、アメリカに長く住んでいるので、「jury」が何であるか少しは理解しているつもりだ。しかし、私自身は日本国籍を持ち続けているので、アメリカの市民権(citizenship)がなく陪審員の資格がない。過去に二度「あなたは、陪審員に選ばれました」という手紙をもらったことがあるが、「市民権を持たない」という欄に印をつけ返送すると、「陪審員の義務がない」という連絡がくる。残念ながら一度も陪審員になったことがない。夫は、オレゴン州に二十三年住み、その間三度陪審員指名の通知を受けた。

夫の陪審員指名経験の一度目は、裁判の日、海外に出張の予定が入っていたのでできなかった。その旨を裁判所に伝え、数ヵ月後に延期する許可を得た(拒否はできないので、都合のつく裁判に延期する)が、最終的に陪審員には選ばれなかった。二度目は、指名者三十名の中から六人、(あるいは八人、十二人、事件の内容によって異なる)の陪審員を選ぶため、まず面接に行った。夫は、大学の授業を他の教授に入れ替えてもらうことを頼み、時間をつくった。

事件は、ある黒人が警察官に職務質問を受けたとき、反抗し暴力を振るったため検挙された事件についてだった。三十名は全員揃って面接を受けた。時間を節約するためである。事件によっては、個別に面接が行われるものもある。部屋には検察官(prosecutor)と弁護人(defense counsel)がおり、陪審員候補者にいくつかの質問をする。その中で双方が同意した候補者だけが裁判の陪審員となる。

夫は、この事件の黒人の被疑者と白人の警察官の人種偏見についての所見を聞かれたらしい。夫は言った。
「理想としては、両者が同じ立場であるべきだと考えているが、まだ白人の警察官は、黒人に対し偏見を持っているのではないかと思う」

夫は陪審員には選ばれなかった。帰ってきた夫に私は尋ねた。
「ねえ、陪審員に選ばれたの。えっ、選ばれなかったの。どうして?」
「僕自身が人種に偏見を持っていると思われたのだろうね。裁判において陪審員になる人は、あくまで公平に人物や事件を判断できる人。人種偏見を持っている人は選んではいけないようになっているんだよ」

私は驚いた。
「あなたほど人種や性別に偏見の少ない人はいないと思うけど……」

夫は答えた。
「僕は正直に答えただけだよ。ちょっと頭を使ってね……」

三度目は、面接を受けに行ったものの、陪審員候補者が50人来たがそれほど必要なく、多くの人がすぐに帰されたそうだ。

さて、仕事を持つ人たちにとって、裁判のため仕事を何日も休まなければならないのはアメリカでも大変なことである。たとえ法律で定められ休む権利を認められているとしても、自分の仕事なり家庭生活のスケジュールを裁判にあわせなければならなくなるからだ。一日、二日で終わる場合はよいが、裁判が長びくと仕事との調整は想像以上だ。その上、陪審員になると一切のメディア、つまり影響を受けやすい情報から隔離されることもある。複雑なあるいは長期にわたる事件になると、ホテルなどに缶詰め状態にされることもあるが、これはなかなか大変なことらしい。日本では、殺人罪、強盗致死傷罪、傷害致死罪、現住建造物放火罪などが裁判員制度の対象になるとのことらしいが、そんな裁判が二、三日で終わるのだろうか。

大学で教える夫にとって、裁判のため何日も休むためには、他の教授か講師に頼むこともできるが、専門の授業を代行してもらうのは難しい。別の日に授業を延期する方法は、学生のスケジュールも詰まっており、出席できない学生が必ず出てきて問題となる。アメリカでは、女性も専門の仕事を持つ人が多い。主婦であっても、小さい子供がいればベイビーシッターを雇わなければならないし、学校の送り迎えを友人に頼まなければならない。陪審員になると大変である。

日本の裁判は、他国に比べ長くかかると言われている。異例かもしれないが、もし、オウム真理教麻原彰晃のような裁判になったら、仕事を持つ人はどうなるのだろうか。このような裁判の裁判員にはどのような人がなれるのだろう。定年退職者(日本人の平均寿命は長いのでこの点では助かる)、あるいは無職の人?

日本で司法制度改革の一環として導入された裁判員制度は、一般国民が刑事裁判に参加することにより裁判の期間が短縮されること、又裁判が身近で分かりやすいものとなり、司法に対する国民の信頼向上に繋がることが期待されているらしい。

しかし、アメリカでは、陪審員そのものを疑問視する声も聞かれる。陪審員による判決で問題となったものとしては、1994年に起きたO.J. Simpson(O.J. Simpson murder case)事件がある。O.J. Simpsonが、妻とそこに一緒にいた男性を殺した(かもしれない)裁判の結末では、O.J. Simpsonは無罪となった。これは黒人の陪審員が多かったためと言われている。この事件の裁判は、約9ヶ月かかった。

日本人に関係した事件では、1992年10月、ルイジアナ州での服部君射殺事件が話題となった。ハロウィンの仮装パーティで、間違った家を訪問しただけで射殺されたこと。また英語の「freeze!動くな!」という簡単な言葉が理解できなかったことが射殺の原因になったと言われ、英語の日常会話の難しさを改めて考えさせられた。この刑事裁判では、12名の陪審員全員が被告を無罪としたのも不思議な気がした。その後の民事裁判では、服部君の家族が被告に対し損害賠償請求訴訟を起こした。ルイジアナ最高裁判所が最終的にピアーズ被告の上告を却下したため、服部君の家族が勝訴した。

これらの事件からも察することができるように、アメリカの陪審員制度が万全のものでないことは明らかである。アメリカには、母国イギリスの歴史ある重厚な制度を引継いできた結果、これを他の制度に変えることができないジレンマがあるように思える。

犯罪や訴訟の多い国アメリカで生まれ育ち、弁護士になる目標を学者に変えた夫は言う。
「これほど事故や事件が多い世の中で、僕は、自分の一生が弁護士や裁判所に関わらずに生活できたら、こんな幸せなことは無いと思う」

夫は続ける。
「現在世界中で、日本ほど弁護士や裁判官になるのが難しい国はないだろう。そして、その難関を突破してきた彼らはきっと優秀だと思うよ」 「そうね。そして日本の優秀な人たちは、新しい制度を作ろうとしたとき、日本の社会や国民性に合った独自の制度を作ることは考えられなかったのかしら。日本が21世紀初期に作った素晴らしい裁判制度を、後々世界の国々が見習うようなものを……」

などと言おうものなら、
「まったく!素人の考えはこれだから困るよ。何もわからないくせに、理想論や叩く口だけは大きい……」

と超エリートの偉い方々に叱咤されそうな……。あー、やはりもの言わぬ方が賢いか……。

来年度から始まる裁判員制度。どのような人が選ばれ、どのように裁判が進んでいくのだろう。市民の関心も高まるに違いない。

うまくいくことを祈りたい。

※the city of Beaverton (Oregon) :Jurors are paid $10 for each day that they report for jury service. Payments are sent out on a monthly basis.