15.ハンカチは使わない
私のタンスの引き出しには、使わなくなって何年も経つハンカチが15枚ほどある。シミがついたもの、色があせたものは少しずつ処分していったが、捨てるにはもったいないほど綺麗なものは、まだ残している。しかし、私がアメリカに住んでいる限り、これらのハンカチを使うことはあまりないだろう。
日本に住んでいたころ、ハンカチはちょっとした贈り物として重宝していた。頂き物のお礼に、お誕生日に、お土産に、昔は白いハンカチが香典返しにも使われていた。デパートでは、一階の入り口に近い主流の場所をハンカチ売り場が占めている。その色やデザインは、無地やシンプルなものから、有名デザイナー作品まで多種多様だ。
日本では、ハンドバッグやポケットから出てくるハンカチに、その人の生活や趣味が現れているようで面白いと思った。女性はもとより、男性だってどんなハンカチを持っているかで、その人の家庭環境や妻の愛情まで測った。会社の上司のハンカチが、大きめの渋い色のハンカチでピシッとアイロンがきいていると、素晴らしい奥さんがいるように感じた。一方、ぐしゃぐしゃだとだめ女房を貰っているようで、先見の明のない男性は出世にまで響きそうだと勝手な解釈をしていた。しかし、独身の男性が、これもまたアイロンのかかったハンカチを持っていると、
「どういう性格をしているんだろう。まさかハンカチまでクリーニングには出していないでしょうね」などと、いらぬ詮索をしていた。
アメリカに住み始めてしばらくは、私のハンドバッグの中にもハンカチは入っていた。毎日取りかえることはなかったが、二、三日に一度はアイロンのきいた素敵なハンカチをハンドバッグに入れて出かけた。そのうち、ほとんど使うことのないハンカチは、バッグの底でグシャグシャになったまま何週間も放っておかれるようになった。一年もすると、ハンカチは、その存在も、価値も私の生活のなかから消えてしまった。
結婚し子供ができると、大きなバッグにはハンカチではなくタオルが入るようになった。そんな生活が何年も続くと、ハンカチを持っているという意識さえなくなった。
日本では、主婦は、家族が朝出かけるとき、
「忘れ物はない?ハンカチとちり紙持った?」
と皆にたずねることも多いだろう。そして、ハンカチのアイロンがけが主婦の仕事であると思う。アメリカの生活に慣れてしまった私は、
「忘れ物はない?ハンカチとちり紙持った?」
と夫にも子供たちにも聞くことはない。我家には男物のハンカチもあるが、夫は、日本に出張するとき以外、これらのハンカチをほとんど使わない。夏場、暑くても湿気の少ないこの地方では、汗もあまりかかない。子供たちにいたっては学校にハンカチを持って行ったことはない。
学校では、学年初めの連絡の中に、必ず各自ティシュボックス一箱を学校に持ってくるよう依頼する。教室にはあちこちにティシュボックスが置かれ、子供たちは、それを共有物として自由に使う。又教室には手洗い場があり、その傍には必ずペーパータオルが備えつけてある。トイレにペーパータオルがあるのはもちろんのこと、昼食をとるカフェテリアには、必ずペーパーナプキンが山のように置いてある。ハンカチは要らないのである。
車社会のアメリカでは、車の中にティシュボックスを入れておき、仕事場の机にはティシュボックスを置いておく。トイレにもレストランにも紙はある。ポケットティシュをハンドバッグやポケットに入れておけば急場はしのげる。ハンカチは紙に取って代わられたのである。
しかし、アメリカ人の誰もハンカチを使わないのだろうか。私の知っている限り、ハンカチをよく使うのは、義母の夫ピーターだけである。彼のポケットには、鼻をかむためのハンカチがいつも入っている。鼻をかみたくなると皺くちゃになったハンカチをポケットから取りだし、大きな音をたて勢いよくかむ。食事中であろうとなんであろうと構わない。しかし、若いアメリカ人がこのようにするのは見たことがない。夫もしない。ビジネスマンやスーツを着た男性の胸ポケットにネクタイの色に合わせたハンカチが形よく入っているのを見かけることもあるが、あれで鼻をかんだり汗を拭いたりするとは思えない。そんなおしゃれな、身だしなみに気を使う男性たちのポケットには、ハンカチが入っていることもあるそうだ。
ボストンに住む義父の妻フィリスに電話で聞いてみた。
「アメリカ人のハンカチに対する意識について聞きたいんだけど、フィリスはハンカチっていつも持っているの」
「え、ハンカチ?持っているわよ」
「本当?アメリカ人にしては珍しいわね」
「ハンカチって、使い捨てのね」
「えっ!使い捨てのハンカチなんか使っているの。すごい!」
「紙のハンカチでしょ。クリネックスのことよ」
「紙のハンカチ?クリネックスのことをハンカチって言うの?そんなこと知らなかったわ」
フィリスは、布のハンカチも持っているけれど、もう五十年も使っていないので、ハンカチと聞いても何のことだかはっきりわからなかったそうだ。若いころ、クリネックス・ティッシュが手ごろな値段になり、一般に普及するようになると、ハンカチを使う人が急激に減り、自分も全く使わなくなったとのことだった。
クリネックスは、1924年、当時、女性の化粧落しとして使われていたコールドクリームを拭きとるのを目的として、アメリカのキンバリー・クラーク社(Kimberly Clark Inc.)が開発した。それまでは布を使ってコールドクリームを拭きおとしていたが、化粧のついた布は洗っても完全には落ちず、清潔感もなかった。そこで社は、「クリネックス・コールドクリーム落とし」として販売した。しかし、販売は今ひとつ伸びなかった。数年後、ティッシュの用途を調査したところ、女性たちは、このティシュを化粧落しよりもハンカチ代わりに使っているという結果が出た。そこですぐに商品名を「クリネックス・使い捨てハンカチ(Kleenex disposable handkerchief)」と変え販売したところ、売り上げが急増したそうである。現在のクリネックスの箱にそんなことは書いてない。その後の調査によると、ティシュは、鼻をかむのによく使われていることがわかり、その目的のために開発が進んだようだ。
ハンカチは、四百年程前のイタリアで、ハンカチらしき布が円や長方形などの形で使われていた。しかし、これらの用途は、貴族が刺繍や豪華な飾りで贅沢を競う持ち物のひとつであった。正方形の形状は、フランスのルイ16世王妃マリー・アントワネットが規格として統一させたことが始まりらしい。ハンカチを持つことは、個人の衛生上の目的であり、手を拭こと、鼻をかむことも紙が重宝されていた時代には大切であったようだ。アメリカには、移民の持ち物としてヨーロッパから入ってきた。日本には、明治以降、洋装が導入され普及した。
江戸文化を研究している夫は言う。
「江戸時代、日本人ほど紙を使っていた民族はいないのではないだろうか。紙漉(す)きの技術は前漢時代中国で発明され、朝鮮半島を経由して7世紀ごろ日本に伝えられたが、その後は和紙として独自の発展を遂げた。和紙の素晴らしさは格別だ。ヨーロッパ諸国で、まだ羊皮に書き物をしていた時代、日本では、国風文化が花開いた平安期の上流階級では、和歌や詩歌をしたためるために紙の需要は増えていった。それから、この豊富な紙産業は、当時の文学作品を書き残し、後世に残る名作を誕生させた。江戸時代、紙漉き工場はあちこちにあり、庶民の間にも普及していったようだ。懐紙、ふところがみ、畳紙(たとうがみ)と呼ばれた紙は、茶道にも重要な役割を持ち、庶民にも鼻紙や筆記紙、多目的紙として欠かせなかった。これらのことを考えると、日本人は、アメリカ人よりずっと以前から紙を使う習慣をもっていたのは明らかだよ」
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一方、15世紀初期、綿が韓国から輸入され日本で栽培され始めると、綿製品は、柔らかさ、吸汗性、丈夫さで人々の間に急速に普及し使われるようになった。「綿の手ぬぐい」は、日本独自のものとして生まれ、手を拭うことや風呂道具として暮らしの必需品となった。手ぬぐいは、冠ものとして、今の帽子のような役割も果たした。髪を結い上げた時代、土埃を除ける実用面と現在の帽子やスカーフのように、粋な手ぬぐいで髪を包むのは町人のおしゃれでもあった。旅に出るとき、手ぬぐいは欠かすことのできない七つ道具の一つだったようだ。傘の下に被って日除けに、腰帯にもされ、荷物の紐に、急場の包帯に、目印の旗にも使われる万能布であった。そんな手ぬぐいも、現在は、西洋文化のハンカチに、タオルに、帽子に、スカーフなど様々なものに取って代わられ、無用の長物のようになってしまった。
さて、ここオレゴン州は、アメリカでも有数の木材の産地州であり、長い間日本への木材の輸出を産業として関わってきた。七、八年前、日本の木材輸入先が東南アジア木材に移ることによって、この地方の材木産業は大きな痛手を被った。倒産の憂き目にあった会社も少なくない。
紙が安価になった現在、日本でも、ペーパータオルは一般家庭でも使われるようになり、料理番組などでも、昔は布巾を使っていた作業を紙タオルに代えている。デパートやレストランなどでは、紙のペーパータオルはもちろんのことトイレットシートがおいてあるところもある
資本主義社会によって作り上げられてきたアメリカ人の消費生活が、世界中の贅沢生活の憧れようになってしまった昨今、アメリカの紙大量消費社会の影響は、これからも世界中に広まっていくことだろう。
ふと想う。中国やインドで、ハンカチは使われているのだろうかと。
アメリカのデパートには、日本のようなハンカチ売り場はない。男物のハンカチは靴下や下着売り場のまったく目に付かないようなところに置いてある。女物は、パーティ用にレースの縁取りの小さめのハンカチが、探せばデパートのどこかに売っているらしい。
ハンカチは、英語でハンカチーフ(handkerchief)というが、ハンカチチーフそのものよりも、ユニークな模様の四角い布が「バンダナbandanas」として子供たちに人気がある。また、男性の飾りポケットに入っているものは「ポケット・スクウェアーズ(pocket squares)」と呼ばれる。
義母が言う。
「ハンカチがぺーパータオルやティシュペーパーに取って代わられたのは事実よね。でも、偉い人たちや有名人の集まり、とっても高級なレストランに来るような人たちは、そこでポケットティシュを取りだしたりはしないわね。男性は、アイロンのかかったハンカチ、女性はレースの縁取りの小さいハンカチを何げなく使うのよ。タキシードやスーツ、肌もあらわなロングドレスを着てポケットティシュを取り出したんでは様にならないでしょ」
アメリカでは、ウーマンリブの出現、クリネックスの用途の変化と共にハンカチの存在は消えてしまった。
やはりハンカチの洗濯もアイロンかけも女の仕事だもの。



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