入門翻訳勝ち抜き道場
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12月22日号
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田中寿美
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14.「パパとママ」は日本語?

Dads & Moms in America

古今東西、親が子を思う気持ちに変わりはない(と思いたい)。写真は、この地区の2つの公立高校のバスケットボール試合である。高校の体育館には、選手の親、兄弟姉妹、祖父母など、子供たちの応援に万障繰り合わせて集まる。

息子がこの高校のバスケットボールチームの選手だったとき、夫と私は、シーズン中、週2回の試合を欠かさないように観にいき、声を張り上げて応援した。

この日は、ハーフタイムに、娘のダンスチームが応援のダンスをするので観にいった。親たちは、フットボール、サッカー、野球、ラクロス、水泳、ダンス、チアガール、演劇、コーラス等々、我が子が所属するクラブの応援にできるだけ両親揃って駆けつける。離婚率の高さ、家庭内暴力など問題の多いアメリカ社会だが、この親たちの熱気から影の部分は想像しがたい。


親側の観客席。左手は立ったままで応援する相手(Visitors)高校の生徒たち。

生徒たちの応援席側。左:親側席、右:生徒側応援席。ホームゲームのため、高校のスクールカラーである紫色が目立つ。中ほどには、この高校のシンボル「Apollos」に扮した生徒がいる。生徒たちは、試合の間中立って応援する。前には、チアガールたちがいる。

2006年春、夫の仕事の関係で半年間東京に住んだときのことだ。私は住み始めてすぐ、本屋さんで目についた本を何冊か買ってきた。アメリカの紀伊国屋書店でもいろいろな本を購入できるが、値段が日本で買う1.5倍もするので、どうしても買うのをためらってしまう。

アメリカでは、私は何処に行くのにも車を運転するので、移動時間に本を読むことはできない。しかし、東京はいい。出かけるとき本を持っていけば、電車やバスの中で読書ができる。私は、車中の誰にも邪魔されない読書時間が大好きだ。その時買ってきた本の中で、有名な芸術家兄弟を育てた母親の教育白書と日本の教育事情を憂い国語教育の重要性を説く本は、特に興味深く読んだ。

さて、この二冊の本に感銘を受けながらも、私には違和感を覚える共通の言葉があった。それは両親の呼び方である。

教育白書では、子供たちが立派なご両親を「おとうちゃま、おかあちゃま」祖父母を「おじいちゃま、おばあちゃま」と呼ばせておられることだ。これは、ご子息たちが成功を収められ立派な社会人となられた今も変わりはないらしい。国語教育の重要さを説かれる本では、ご子息たちは父親を「パパ」と呼んでおられ、子供たちと話されるとき、ご自分のことも「パパ」と言われるようである。「ママ」という言葉はこの本には出てこなかった。

友人が言った。

「日本にも上流社会というのがあってね。そのような家庭では、お父さま、お母さま、○○ちゃまなど使われる家庭が多いらしいわよ」

「そうなの……」

しかし、「ちゃま」は日本語だろうかとふと思った。「さま」は辞書にあるが、「ちゃま」という言葉はなかった。「パパ、ママ」はどうだろうか。ヨーロッパから入った外来語ではなかったのだろうか。分からないので辞書を引いてみた。

「パパ『papaお父さん』反対語はママ」。「ママ『ma(m)ma①おかあさん』反対語はパパ ②バーなどの女主人」。

このパパとママという言葉が、いつどの国からどのように日本に入ってきて、一般人に使われるようになったかは残念ながら書いてなかった。しかし、ローマ字で書いてあるということは外来語なのだろう。今は日本語になってしまったらしいけど……。

では、日本の正式な両親の呼び方は何なのだろう。長い間「お父さん、お母さん」だと思っていた。私が小学生のときの教科書にも「お父さん、お母さん」と書いてあったように思う。しかし、これも覚束なくなって、辞書を引いてみた。

「御父さん『江戸末期、上方の中流以上の家庭の子女の語。明治末期の国定教科書に使われて以後一般に広まった』子供が親しみと敬意を込めて父親を呼ぶ語。子供以外のものが子供の立場でその父親を指して言うことがある」「御母さん」も父親と同じような内容が書いてある。

江戸時代以前、日本人は親を何と呼んでいたのだろうか。「父上、母上」「おとう、おかあ」「ちゃん(父親)」などは、テレビの時代劇を見ていて聞いたことがある気がするが、不確かだ。漢字は中国から4世紀半ば伝来したと言われているが、父母という漢字は、日本でいつごろから使われるようになったのだろうか。

さて、子供が生まれ、親である自分たちをなんと呼ばせるかは、命名ほど重要なことではないような気がする。子供は生まれてもすぐに話せるわけではないし、三才ぐらいまでは、はっきりしない幼児語をしゃべる子も多い。親もつい子供がしゃべりやすい言い方を選んでしゃべるようになる。ある親は、将来もずっとパパやママと呼ばせようと意識して決めたのだろうか。それとも、乳幼児期に呼ばせたまま、気がついたら大人になっても使っている家庭も多いのだろうか。

私の妹の子供たちは、両親をお父さんお母さんと呼んでいる。小さいころパパ、ママと呼んでいたが、子供たちが幼稚園に入ったとき、先生方に両親をお父さん、お母さんと呼ぶように指導された。それ以来パパ、ママと呼ぶのを止めてしまったそうだ。妹は、

「私は、息子たちが今でもパパ、ママって呼んでくれたらなぁって時々思うのよ。だって、なんだかいつも甘えられているみたいで可愛いじゃない。もう成長してそんなことがなくなったから、尚更思うのだろうけど……」 と、残念そうに言った。

私は、両親のことを「お父さん、お母さん」とよんでいるが、私が小、中学校のころ、昭和三、四十年代にも両親を「パパ、ママ」と呼ぶ友人が何人かいた。決まって核家族の子供で、父親がサラリーマンや医者の家庭だった。私も「パパ、ママ」って呼んでみたい気がした。なんだか上流階級の西洋文化を理解している家庭のような印象を受けたからだ。しかし、残念ながら、我が家は農家の大家族、祖父母、両親、子供が四人、預かっている従姉弟もおり、住み込みの使用人が三、四人暮らしていた。日々の生活を送るだけでも精一杯の両親の顔は、どう欲目に見ても「パパ、ママ」と呼べるものではなかった。

夫は、第一子の長男が生まれてすぐに、自分のことを「ダダDada」と呼ばせた。それは自分が幼少のころ父親を呼んだ言い方だったからだ。そしてこれは、「ダディDaddy」と共にアメリカ人の一般的な乳幼児期の父親の呼び方である。私はというと、「生まれてすぐの子供に『お母さん』はきついかな」程度の考えだった。アメリカに住んでいるし、「父親が『ダダ』なのに母親が『お母さん』では変かもしれない」と思い、まずはアメリカの幼児期の母親の呼び方「マミーMommy」と決めた。自分が「親」になったという意識さえまだ培われていない新前母親のときだった。

私は自分の子供たちに日本語しか話さなかった。長男が比較的はっきりと言葉をしゃべるようになった二才くらいのとき、私は、息子と話しているときの母親の呼び方に不自然さを感じた。

「マミーはね、今忙しいの。ちょっとあっちに行って遊んでいてちょうだい」
「どうしてマミーの言うことが聞けないの。だめって言ったでしょう」

母親の自覚がすこし出始めたころだったのだろう。私は自分が「マミー」ではないような気がしてきた。その上、

「マミーのお母さんはおばあちゃんで、いやマミーのマミーがおばあちゃんで、 ダダのマミーはおばあちゃん、じゃなくてグランマで……」

と、息子が家族の広がりを理解するようになり、英語を話す機会も増えてくると言語は複雑になってきた。

あるとき、私は息子に真剣に伝えた。

「今日からマミーは『お母さん』になりました。日本語で話すときは必ず『お母さん』とよんでください。ダダは『お父さん』です。英語でしゃべるときは、今までのように『ダダとマミー』でもいいです」

息子は初め戸惑ったようすで、時にマミーと呼ぶこともあったが、何度かいい直しをさせると、数日後には自然に「お母さん」と呼ぶようになった。

第二子、長女には、初めから「お母さん」と呼ばせた。何も難しいことはなかった。幼児語は一切しゃべらなかった。

私は、アメリカで生まれ育つ子たちではあるが、自分の子供たちとずっと日本語で話したかった。自分の本当の気持ちは日本語でしか言い表せないと思った。私が育つとき話してきた言葉を子供に教え、一緒に日本語で気持ちを分かり合えるように育てたかった。私は、子供たちが日本語を話すとき、正確な日本語を習うために英語を混ぜて話すことを許さなかった。日本語が分からず英語で言った場合、必ず日本語を教え、日本文に言い直しをさせた。子供が、

「お母さん、スクールでね。ティーチャーがね・・・・・・」
と英語が混じると、私は、
「え?学校で、先生がどうしたの。もう一回、日本語で言ってちょうだい」
「あのね。学校で、先生がね……」

この繰り返しが長い間続いた。アメリカの学校で起きた出来事を日本語に訳し話さなければならないことは、子供にとって苦痛であったと思う。そのうち英語との語彙力の差が出てきた場合、日本語を話さなくなるのではないかと案じた。

「えーい、もう勝手に英語でも日本語でもメチャメチャに喋ったらいいわー!」
と、時には私自身も面倒だった。しかし、毎週土曜日にある日本人学校補習校に通ったお蔭もあったのだろう、子供たちは日本語を話すばかりでなく、読み書きもできるようになってくれた。英語との使い分けもうまくするようになった。

そして、両親の呼び方は、英語で話すときはアメリカ人のほとんどの家族で使われている「ダード(Dad)とマアム(Mom)、FatherとMother」、日本語で話すときは「お父さんとお母さん、父と母」を使う。

しかし、子供たちは、私には日本語で話し、父親とは英語で話す。つまり私は「お母さん」だが、父親は「Dad」なのである。私はずっと「お母さん」のはずであった。しかし、息子は高校生になると、自分の要求によって母親の呼び方を使い分けるようになった。
「かあちゃん、おふくろ、おっかあ、お母さま、母上、マミー、ママ、時には、おばば……」

一番大切な両親の呼び方も多様性のある日本。外来語のパパもママも戦後数十年で日本語にしてしまった日本。そのうち、「お父さん、お母さん」など死語になる時代がくるのかもしれない。有史以来、長い間中国大陸文化の影響を強く受けてきた国。漢字だって元々は中国語だ。時代に沿って和製漢字だって作ってきた。今使われている湯水のような外国語、外来語だって、あと数十年もたてば、誰でも理解できる日本語になっているだろう。

日本の大人たちは、若者が使っている言葉を理解できないと嘆く。一方、新聞、放送、出版などの大衆伝達媒体(これも日本語でマスメディアmass media)で働く大人たちは、若者や国民が理解できるか否かに関わらず、自分たちが知っている外国語、外来語、和製英語(外国語)などを意気揚々と乱用する。

「国家の品格」「女性の品格」「ハケンの品格?」、品格が話題になっている今、「日本語の品格」とは何だろうか?