The Oxford Book of Children’s Storiesシリーズより出題中
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田中寿美
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11.クリスマスプレゼント

仏間と神棚のある古い日本家屋で育った私にとって、クリスマスとは、親戚のおじさんが毎年持ってくる、バタークリームの不味いクリスマスケーキのことだった。クリスマスに、サンタクロースが、プレゼントを持ってきてくれるという話も聞いたことがないではなかった。しかし、我が家にいる四人の子供に、何も持ってきてくれたことがなかったので、私たちは良い子の部類に入らないのだと思っていた。

そんな御伽噺のような慣習も、成長するにつれ、誰にクリスマスプレゼントをあげるか、誰から貰うかに気持ちが移って数年が過ぎた。どのプレゼントも効をなさず、一人で寂しいクリスマスを過ごすことが多くなったころ、縁あってアメリカ人と結婚した。

日本で結婚式を挙げ、夫とアメリカに発ったのは1987年のクリスマスイヴだった。結婚する前、ポートランドで知り合った友人のダイアンが、
「ぜひ、クリスマスを一緒に過ごしましょう。日本から帰る日には、空港まで迎えに行ってあげるわ。そのまま我家に来てちょうだい」
と、その日アパートに直接帰っても、何も揃っていない私たちを案じ、自宅に泊めてくれることを申し出てくれていた。クリスチャンでもなく、クリスマスが家族にとってどんな意味があるかなど考えたこともなかった私にとって、アメリカ人家族と過ごすクリスマスは、とても興味深いものであった。

ダイアンの家には、オーナメント(Ornaments)で飾り付けられた三メートルもあるモミの木が玄関脇の部屋に飾られ、木の周りに巻きつけられた電球がピカピカ光っていた。そのクリスマスツリーの下には、美しい包み紙に包まれリボンの付いた大小のプレゼントが、山のように積んであった。
「両親と子供の三人家族なのに、どうしてこんなにたくさんのプレゼントがあるのだろう」と不思議に思いながらその晩は寝た。

翌日は、クリスマスだった。

クリスマスの朝の過ごし方は、それぞれの家族や宗教で違うが、アメリカの多くの家庭では、イヴの真夜中にサンタクロースが来る。そして、朝、サンタクロースから届いた子供たち宛のプレゼントを開けることから一日が始まる。我家では、子供たちがまだサンタクロースの存在を信じていたころ、夫は、サンタクロースに労いの意味を込めて、クッキーとミルクを暖炉の傍に置いておいた。朝、子供たちは、食べかけのクッキーと飲み干されたミルクを見て本当にサンタクロースがきたと信じていた。大人たちも子供たちの喜ぶ様子を見て落ち着くと、ツリーの下に積まれたプレゼントを一つずつ開けていく。プレゼントは、高価なものは、別荘、ボートや車などもあるらしい。これらはツリーの下に置けないので証書や鍵で贈るそうだ。しかし、そんな高価な贈り物を貰ったことがないので本当かどうか信じられない。安いものは、フキンや靴下、チョコレートやキャンディーなど、こんな物まで立派な箱に入れ、美しく包んである。何だろうとわくわくしながら開けてみると鍋つかみだったりして……。それでも、
「わー、素敵な鍋掴みを有難う! 今使っているのが古くなったので、嬉しいわ。私のキッチンにぴったりよ」

蔓延の笑みをたたえながらお礼を言わなければならない。

さて、ダイアンの家族も7才のキャシィがサンタからのプレゼントを開けると、両親もそれぞれのプレゼントを開け始めた。ダイアンから旦那様のマイケルへシャツやセーター、マイケルからダイアンへイヤリングやジャケットなど、個人的なものが主だ。そして、一つ一つの箱を開けるたびに、
「Oh! My Darling! 素敵なネグリジェ、ありがとう。ずっと前からこんなのが欲しかったのよ。どお? 似合うかしら」
「Oh! Dear! それ、君にとっても良く似合っているよ。ダイアン、このネクタイとても珍しい柄じゃないか。どこでこんなの見つけたんだい。最高だよ」

お互いのプレゼント選びを賞賛しながらキスしたり、抱き合ったりする。
「あのすけすけのポリエステルの寝巻き、寝心地悪そう。あんな派手なネクタイどこにして行くんだろう」
と思っても、決して口にすることはできない。

遠くに住む夫婦の両親、祖父母や兄弟姉妹からのものも加えると、一人当たり数は、相当な数になっていく。時には一体どれが誰から貰ったのかさえ判らなくなるほどだ。小一時間もかかって全てを開け終わると、そこには、空き箱と無残に破られた包み紙の山が残される。

まだ祖母が生きていたころ、頂き物の包み紙の皺を伸ばし、また何かに使えるかもしれないからと大切にしまっていたのを見ながら、ものを粗末にしないということを習った。その紙はいろいろなものに使われた。ちょっとした手土産を包んで渡す。子供の折り紙や紙細工に使われ、白い部分はお絵描きや習字の練習紙などに重宝したものだった。そんな資源のない国からきた者を驚かすのに十分に、それらの美しい紙はごみ袋に詰め込まれていく。まだ使えそうな箱だって捨てられる。プレゼントも包み紙もカルチャーショックだった。

その日から始まった私のアメリカ生活、もう何度クリスマスを迎えただろう。我が家のクリスマスは、夫の家族のクリスマスの過ごし方に従っていった。そして、その習慣は、ダイアンとマイケルのクリスマスとたいして違わないものである。

しかし、多人種多民族、多宗教の国アメリカ。キリスト教にも宗派はたくさんある。また移民の人々にとっては、同じ宗派でも母国や代々伝わってきた家族の慣習もある。そんな国でのクリスマス。祝い方は、プレゼントの贈り方、ツリーの飾り方、クリスマス食事の時間や内容もそれぞれの家庭で違う。

ある友人の家族では、近年家族間のプレゼント交換はやめてしまったそうだ。毎年その時期には、プレゼントに使うお金を慈善団体に寄付することにしている。75歳を超えて一人暮らしをする祖母からの提案だった。ユダヤ人家族では、ハヌカ(Hanukah)を祝う。ハヌカの週に毎日一個のプレゼントを子供たちにあげるため、クリスマス当日のプレゼントは少なくすると聞いた。友人のイギリス人家族は、クリスマスツリーをクリスマス前日に飾りつける。イヴ夜に、家族でツリーにオーナメントを飾るのが家族の儀式のようなものだそうだ。アメリカの家庭では、ツリーはThanksgiving(感謝祭、毎年11月第4木曜日)が終わったあと、飾り付けを始める家庭が多い。

しかし、親がどのような宗教を信じ家族が持つ慣習をアメリカで続け、子供たちに受け継がせようとしても、この国で生まれ育った子供たちは、結婚し二つの家庭が融合し新しい次世代の家庭を築くとき、自分たちに合ったクリスマスを作り上げていくのではないだろうか。

そして、長い間培われてきた慣習でさえも変わっていく。近年アメリカでは、学校や公的機関では、「Merry Christmas!」という言葉を、クリスマスシーズンの公用語として使うことはほとんどなくなった。「Happy Holidays!」が、休暇を祝福する言葉として使われる。我家のクリスマスカードの表記も「Happy Holidays」、「Season’s Greetings」や「Peace on Earth」などを選び、まとめ買いする。友人や知人の信仰は、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ユニタリアン、仏教、無宗教など様々であり、各個人の宗教を考慮して区別していたら埒が明かないからである。

さて、毎年12月になると、頭を悩ますプレゼント選び。義母とその夫、義父とその妻。夫の妹、弟家族四人、そして自分の夫と子供たち。私の日本の家族には何もあげないので、わずか12人分のプレゼントではあるが、個人的贈り物であるため大変である。スカーフだったりジャケットだったり、その人のそれぞれの好みと必要を考えて一人当たり1つから3つぐらいのものを買う。その上に、家族向けに食べ物などの詰め合わせを贈るのが我家の習慣だ。

75歳になる義母エレノアは、毎年1、2回海外旅行に出かけ、ショッピングを楽しんでいる。比較的自由なお金と時間のある彼女は、欲しいものは何でも自分で買う。何でも持っている人に、何かをプレゼントしなければならないというのがこれほど大変だ、と気づくのに時間はかからなかった。何をあげれば喜んでもらえるのだろう。手作りのものをあげるほど器用でもない。

ミシガンに住む夫の妹にぴったりだ、と思って買って送った素敵なブラウスが小さかった、義母に良いと思ってあげたセーターがまったく似合わなかったということもあった。初めの数年はプレゼント選びがわからず、ずいぶん無駄なことをしたと思う。

しかし、クリスマスプレゼントには、やはりその歴史が作り上げてきた良さも十分にある。子供たちは、毎年両親や祖父母、叔父叔母たちから贈られるプレゼントを楽しみにしている。普段買ってもらえない高価なものは、クリスマスプレゼントとしてねだるよい機会でもある。義母は、自分の母や祖母から受け継いだ宝石を、毎年少しずつ嫁である私や孫娘に美しい箱に入れて贈る。私は、日本から珍しいものを買ってきてクリスマスプレゼントにする。

最近の我家での家族間のプレゼントは、もっと実用化してきている。経済状態も考え、お互いや家族の必需品になってきている。

「炊飯器が壊れそうなの。今度のクリスマス、私はそれね」

「僕のスキージャケット、ずいぶん古くなってきているから、そろそろ新しいのが欲しいな」

驚きもない代わりに無駄もない。

成長してきている子供たちも、

「ドラムセットが欲しいから、プレゼントはそれにして! グランマやグランパ、お父さんとお母さん、皆でお金を出しあって僕たち二人に一つのプレゼントを買えば楽だよ」

「私は、アイポッドが欲しいな。他に欲しいものもあるから現金でもだいじょうぶよ」

と具体的に言ってくる。

どの家庭も、その家族の歴史によってクリスマスの祝い方が変わっていくのだろうと、今は思える。

しかし、一度でよいから箱を空けたら「ハワイ一ヶ月休養の旅券」や、「新車の鍵」が入っている夢のようなプレゼントも貰ってみたいものである。無理だな・・・・・・。



解説クリスマスプレゼント

アメリカ人にとって、クリスマスは、家族と過ごす最も大切な行事である。離れて暮らしている子供たちは親元に帰る。親が、家族を持った子供たちの所でクリスマスを過ごすことも多い。家族や恋人のいない人にとって「クリスマスほど辛い日はない」と聞いたことがある。プレゼントは、送られてきたものや買ったものを少しずつ包んでツリーの下に置いていく。子供たちは、毎日自分宛の箱が増えていくのを楽しみにツリーの下を覗きこむ。

もみの木は、元来ヨーロッパの多神教(pagan religion)において、それぞれの目的に応じて利用されていた。キリスト教としてツリーを飾る習慣は、16世紀にドイツで始まり、アメリカにはドイツ移民よって19世紀に伝わったようである。

オレゴンは、アメリカで最もクリスマスツリーを産出する州の一つである。 2002年度には、650万本のクリスマスツリーが全米に出荷された。
この写真は、ポートランド近郊のツリーファーム(Tree Farm)である。クリスマス前には一般に公開され、木を切りに行くことができる。自分たちで好きな木を選び切り倒し、車に積んで持ち帰るのは、なかなか面白い。木は新鮮なので、水を足していけば家の中で一ヶ月以上新鮮さを保つ。

私の家族は、2006年末をボストン、ニューヨーク、ワシントンD.C.で過ごした。
マンハッタンのいくつかの建物は、ビル全体が様々にライトアップされ、人々の心を和ませていた。雪の結晶はとても美しく、私たちは、点滅するこの電飾をいつまでも眺めていた。