第93回 『斎藤静代の翻訳勝ち抜き道場』の評価結果

出題日:2011/12/26  応募締切日:2012/01/23  講評・成績発表日:2012/01/30

出題テキストIt did not take me very long to fall in love with her, but a long time passed before I could make up my mind to do more than nod to her every morning, when the old woman moved me from my bed to the sofa at the window, and again in the evening, when the little maid left the balcony for that day. One day, however, when I saw her reflection looking at mine, I nodded to her, and threw a flower into the canal. She nodded several times in return, and I saw her direct her mother's attention to the incident. Then every morning I threw a flower into the water for 'good morning', and another in the evening for 'goodnight', and I soon discovered that I had not altogether thrown them in vain, for one day she threw a flower to join mine, and she laughed and clapped her hands when she saw the two flowers join forces and float away together. And then every morning and every evening she threw her flower when I threw mine, and when the two flowers met she clapped her hands, and so did I; but when they were separated, as they sometimes were, owing to one of them having met an obstruction which did not catch the other, she threw up her hands in a pretty affectation of despair, which I tried to imitate but in an English and unsuccessful fashion. And when they were rudely run down by a passing gondola (which happened not unfrequently) she pretended to cry, and I did the same. Then, in pretty pantomime, she would point downwards to the sky to tell me that it was Destiny that had caused the shipwreck of our flowers, and I, in pantomime, not nearly so pretty, would try to convey to her that Destiny would be kinder next time, and that perhaps tomorrow our flowers would be more fortunate—and so the innocent courtship went on. One day she showed me her crucifix and kissed it, and thereupon I took a little silver crucifix that always stood by me, and kissed that, and so she knew that we were one in religion.
 One day the little maid did not appear on her balcony, and for several days I saw nothing of her; and although I threw my flowers as usual, no flower came to keep it company. However, after a time, she reappeared, dressed in black, and crying often, and then I knew that the poor child's mother was dead, and, as far as I knew, she was alone in the world. The flowers came no more for many days, nor did she show any sign of recognition, but kept her eyes on her work, except when she placed her handkerchief to them. And opposite to her was the old lady's chair, and I could see that, from time to time, she would lay down her work and gaze at it, and then a flood of tears would come to her relief. But at last one day she roused herself to nod to me, and then her flower came, day by day, and my flower went forth to join it, and with varying fortunes the two flowers sailed away as of yore.
 
総合評価 年が明けたと思ったら、もう1月も終わり。まさにTime flies。こんな調子で1年があっという間に過ぎるんですね。デパートではチョコレートを売り始め、いや待て、その前に節分だろうが、そういえば、年末に節分の恵方巻きの予約受け付けの文字も見たなあ、と、あまりの季節感先取りに少々鼻白む気分です。でもチョコレートには魅かれますねえ、自分用に美味しそうなのを探してこよう、っと。
 
 ①And then every morning and every evening she threw her flower when I threw mine, ②and when the two flowers met she clapped her hands, and so did I; ③but when they were separated, as they sometimes were, owing to one of them having met an obstruction which did not catch the other, ④she threw up her hands in a pretty affectation of despair, ⑤which I tried to imitate but in an English and unsuccessful fashion.
 
 【試訳】
 それからは毎朝毎晩、ぼくが花を投げると彼女も花を投げ、二人の花が一緒になると彼女は喜んで手をたたき、ぼくも手をたたいた。ところがときどきあるのだが、片方の花が何かに邪魔されてもう片方に追いつけず、そのために離れ離れになってしまうと、彼女は両手をあげて、かわいらしくがっかりした様子を見せた。ぼくも真似てみたが、イギリス風でうまく決まらなかった。
 
 【解説】
 ①会釈の次に花作戦! やがて投げた花に向こう岸の彼女が反応してくれました。それを受けてand thenです。「それからというもの」「こうして」「それからは」「そんなわけで」などが適当でしょう。every morning and every eveningは毎日の朝晩が表現されていればOK。she threwとI threw、原文で同じ動詞が使われていますから、「投げた」「投げ入れた」などを重ねて使いましょう。
 
 ②the two flowers metは難しかったと思います。おそらく情景は頭に浮かびます。アレを何と言うか。「ふたつの花が出会う」「一緒になる」「寄り添う」あたりは物語らしさが出ますね。ところで「2本の花」はどうでしょう。茎がついていれば「2本」ですが、味気ない気もします。「ふたつの花」とか「二人の花」のように、花の部分を強調するか、それを投げ入れた二人を強調するか、そんな訳が私は好きですが、いかがでしょう。
  ①のthrewが繰り返されたのと同じように、ここでもclappedが繰り返されます。ところがso did Iの形になっているので、「同じようにした」「そうした」「ならった(倣った)」が多かったですね。その通りですが、繰り返すことでリズムや面白さが生まれるので、「わたしも手をたたいた」でいいのではと思います。手をたたくというのは喜んでのことなので、「手をたたいて喜んだ。わたしも喜んだ」という訳もありましたが、ここで気をつけたいのは、so didの内容がclapped my handsであること。手をたたいたことを繰り返したいですね。それから「わたしもたたいた」もありましたが、表現が中途半端な気がします。
 
 ③but「ところが」。花がmeetすれば(喜んで)手をたたいた「けれども」、です。「反対に」「逆に」も可ですが、そんなに大層な受け方でなくてもいいのではないでしょうか。
  さて、ここは少し複雑な構造になっています。when以下すべてが副詞節で、④のshe shrew…がそれを受けての主節になります。as they sometimes were(as they sometimes were separatedの略)は、語りの途中で「あ、そういうのはときどきあったのだけれど」のような感じなので、ちょっと隠して、when they were separated owing to one of them having met an obstruction which did not catch the otherで考えます。
 主たる文はthey were separated、owing to以下が副詞句、「~のせいではなればなれになった」。何のせいかというとone of them、投げ入れられた二人の花のどちらか。having met an obstructionはone of themを説明する分詞構文。「何かの障害物に会ってしまった花」、さらにone of themをwhich以下で説明しています。つまり「障害物に会ってしまったので、もうひとつの花をつかまえられなかった一方の花のせいで、二つの花がはなればなれになったとき」となります。
 先ほど隠したas they sometimes wereですが、「ときには、一方の花が何かにひっかかって、一緒になれず、はなればなれになることもあるが、そんなときには」とつなげた訳が多かったのですが、asが使われた挿入節らしく処理してほしいと思って、そのような訳は不可にしました。それから「よくあったが」のように、sometimesではなくてoftenのニュアンスを出した訳がありました。わずかな差かもしれませんが、sometimesで処理してください。
 英語特有のone of themやthe other、catchやobstructionは、その言葉のイメージを損なわずに日本語らしい表現を探さなければならないので、処理が難しいですね。
 
 ④花が一緒になれないと、she threw up her hands「手をあげた」ですが、ここでは文脈からバンザイではなくて、手のひらを上向きにして肩をすくめて「残念、がっかり」などのポーズをすることです(『しぐさの英語表現辞典』研究社、P.436参照)。「お手上げのポーズをした」という訳がありましたが、「お手上げ」というのは動作の意味であって、throw one’s hands upそのものを表さないので、不可としました。むしろ続くin a affectation of despairが「お手上げ」を説明していますね。それから「手を投げ上げる」「放り投げる」などは、手が身体から離れて投げ飛ばされるイメージなので不可にしました。
  さてin a pretty affectation of despairのprettyは文脈上「かわいい」でしょう。prettyがaffectationに直接かかる形容詞であることからも、「とても」「すごい」などの副詞にならないことがわかると思います。affectationは「様子を見せること」。「ふり」「しぐさ」などもいいでしょう。ただ気をつけたいのは、嫌味にならないこと。わざとらしくしているわけでも、ぶりっこしているわけでもなく、言葉をかわせない相手としぐさで会話するのですから、そういう気もちがわかるようなしぐさをした、と解釈できる表現でなければなりません。despairは「がっかり、残念」などが一般的でしょう。「失望、絶望」では強すぎると思います。
  なお「可愛らしく両手をあげた」のようにprettyをthrowにかけたものも、大意は変わらないと判断して可としました。
 
 ⑤じつは今回の課題、ピリオドが⑤の最後にしかありません。「それでね、~でね、だからさ、こうで、ああで、こうなったんだ。」と一気に語っている文だと考えられます。でも日本語でずっとそれをやられたら、ずいぶん読みにくくなるでしょう。適宜休息を入れながら一気に読ませる訳文を目指したいですね。
  さてwhich(これが一気に読ませる文の大きな特徴ですね)は女の子の「がっかりポーズ」を指します。but以下をどう解釈するのかが分かれ道でした。He did it but in vain(「それをやったが、むだだった」)という用例が辞書のvainの項にあります。これと同じに考えることができます。「それ(which)を真似ようとしたが、Englishでunsuccessfulな方法だった」。in~で、結果こうなったという状態を表します。したがって、「Englishでunsuccessfulなやり方で真似した」は不可とします。
  さてEnglishでunsuccessfulとはどんな様子でしょう。「in an Englishは、これだけでは意味が通りにくいと思い、『堅苦しいと言われる』」を補足しました」と考えた訳もありました。そうかもしれませんね。物語の舞台はイタリア、イタリアの男性は女性を口説くのも上手い、女性も明るく好意的、なんて考えると、イギリス人の真面目でちょっと暗めの気性では、嫌みなく楽しく「ざーんねん!」とは言えないかな、と想像します。敢えて「暗めのイギリス(人)風の」などとは言わず、そこは読者にまかせて「イギリス(人)風の」のみでいいでしょう。Englishとunsuccessfulは同等の形容詞としてfashionを修飾しています。「イギリス人だからunsuccessful」「イギリス人(式)ではunsuccessful」は明らかに二つの形容詞が同等でないため、不可としました。
 
 【質問】
 ・前回、「ここは副詞句でher reflection nodded in replyが主節なので、そうわかるように訳してみましょう」というコメントをいただきましたが、日本語らしい文にするためには、原文における主語述語の 関係や品詞が何であるかは、むしろ積極的に変えていく方がよいと考えて来ました。主語述語や品詞も原文を尊重して変えない方がよいのでしょうか?
 ・どこまで原文の構文に忠実でいなければいけないか、迷うときがあります。今回の、unsuccessful fashionを、うまくいかなかった、など、形容詞的に訳すのは有りでしょうか?
 ――気になったのは、「積極的に変えていく方がよい」の部分です。「変えることもあり得る」なら賛成できます。でも主節と従属節の関係は無視できないと思います。なぜなら著者にとって主節が一番言いたいことであり、従属節は付属的説明、だから逆の役割で訳したら、意味が違ってしまいます。主語と述語の関係も、本来なら忠実に生かしたいところ。ただ英語と日本語の文法や語感にはズレがあるため、ぴったり同じ表現を用いることは必ずしも可能ではありません。そこでできるだけ近い表現を選ぶことになる。品詞も同様に考えます。
 原文に忠実な訳か日本語らしい訳か。私も以前はこれらを相対するものとして考えていましたが、英語を読み、そこから情景を思い浮かべる作業を繰り返すうちに、原文に忠実で且つ日本語らしい訳は可能だと思えるようになりました。原文に忠実とは、原文が表す内容を正確に読者に伝える、ということ。著者が原文で表そうとした映像Aを訳者が完ぺきに思い描いて、それを映像A′(Aダッシュ)として日本語に変えて読者に届ければいいのです。その過程でもしかしたら、名詞を動詞に変えなければならないことも起きるでしょうし、名詞を形容詞に変えることもあるかもしれない。でも映像の中で同じことを表すなら、それも仕方ないと思います。
 
 以上
 

優秀者

氏名訳文得点コメント
あさむらさきそれから毎朝毎夕、私が花を投げ入れると彼女もまた花を投げ入れた。そして二本の花が出あうと彼女は手を叩き、私も同じように手を叩いた。けれども時々あるように、一本が何かじゃまな物にぶつかってもう一本に追いつけず、二本が離ればなれになってしまうと、彼女は手のひらを上に向けて、上手に*1わざとらしくがっかりしてみせた。私も真似をしようとしたが、どうにもイギリス人という感じでぱっとしなかった。
読解:★★★★★
  +★★★★
表現:★★★★
*1 解説4    花が一緒になれない場面がきれいにまとめられています。いい感じです。ところが「わざとらしく」で……。affetationをもう一度確認しましょう。
mitsukoそれからというもの、毎日朝と晩に、わたしが花を投げると、彼女も花を投げ返した。二人の花が一緒になると、彼女が手を叩くので、わたしもそうした逆に、時々あったのだが一方の花が障害物のせいでもう一方と一緒になれず、二人の花がばらばらになると、彼女は両手を挙げてがっかりした様子をして見せた。その仕草はとても可愛らしかったのだが、真似てみようとしてもどうしても英国流になってしまい、うまくできなかった。
読解:★★★★★
  +★★★★★
表現:★★★
大きな誤訳はないのですが、前半がもたもたしました。でも後半、「二人の花」以下が自然な表現になりましたね。「二人の花」が素敵です。
にごさんそれからというもの、毎朝そして毎晩、僕が花を投げると彼女も自分の花を投げてきた。そしてふたつの花が触れ合うと、彼女は手を叩いて喜び、僕も同じように手を叩いた。ところが時々*1、どちらかの花が障害物に出会って、相手の花に触れることができずに離れ離れのままでいると、彼女は両手を上げて可愛らしく諦めの仕草をした。僕も彼女の仕草の真似をしようとしたが、イギリス風となってしまい上手くできなかった。
読解:★★★★★
  +★★★★
表現:★★★
*1 解説3    きれいにまとめているのですが、「自分の」や「彼女の仕草の」「となってしまい」が余計かな、という印象です。絞ったらもっとよくなったでしょう。