~翻訳以前、本を知る楽しみ~
公開講座―プロになるぞ!! の藤岡啓介先生のいいぐせに「それは翻訳以前の問題だ」という言葉があります。
でも、その翻訳以前とは、いったいどういう状態なのか?
このブログは、お昼寝の先生の枕頭をおしゃべり雀がさえずりまわりああだこうだ
それは読書論でもあり、文章論、翻訳論でもあります
【この質問に答える】では、本文中に登場する短い英文の翻訳を受け付けております。お寄せいただいたなかから、
藤岡先生が選んだ優秀作を選出、誌面で発表します。選ばれた方には\500のアマゾンギフト券を進呈します。みなさま、是非、ご参加下さい!
書いておこうよ、書いてみようよ
子供のときに父の話した、母の話したオハナシを書いてよ、と呼びかけているのに、桃山まやさんだけで、他にだれも書いてくれない。原稿料を払える「ブログ」ではないけど、「……得」という言葉があるじゃない、このブログだって「功徳」があるよ、自分の文章が世界を飛び回るんだ、文だけじゃない、【profile】で自分の宣伝もできるんだ。翻訳やろうというなら、こんな素敵な「場」はないぞ。
このブログの末尾に、「ご意見・お問い合わせ」欄があるんだ、どしどし名乗りを上げて挑戦してくれないかな。淋しいや。
ところで、今回はディケンズの短篇集『マグビー乗換駅』を種におそらくは誰も眼にしたことのない挿絵を掲げて、得意になろうか、驚かそうか、と準備していたのだけど、編集の偉い人から、本ブログで皆さんに挑んだディケンズの引用句や、「巻頭エッセイ」でのラッセルの文章の絵解きを先にやった方がいい、とのお達し。フィービー嬢の絵姿は次回のお楽しみに。いや、もしかしたら、だれか創作童話を送ってくれるかも知れない。そうなればフィービー嬢はお正月になるかな。おやおや、我が『公開講座』にガブガブさんが「洋書の森」への注文を寄せてくれた。これにも応えなければならないな。
まずはディケンズ、たった一人の応募だったけど
前回は「熟年女性とビンテージワイン」にからむ出題だったので、たくさんの課題応募をいただいたが、今回はディケンズ、やはり敬遠されたかな、でも、「love_daigo98」さんが挑んでくれた、有り難や! ところで、気を悪くするかもしれないけど、この横文字と数字のハンドルネーム、頂けないな、自己満足と自己顕示は違う。文を書いたり訳したりするのは「顕示」だ。日本語なんだから日本語のセンスを生かしてほしいな。
さて、課題はディケンズの長編小説“The Pickwick Papers”の第33章。前後を引くとつぎのような情景で、ボールド体で引用箇所を示すけど、およその様子は「ピックウィック氏の付き人サミュエル・ウェラーが手紙を書いているところに父親が入ってきて、何を書いている? と問いただし、それがご婦人宛だと知って、息子に皮肉っぽく家訓らしき訓戒を垂れる、なにしろ父親のトニー・ウェラーは二度目の結婚にひどく悩まされていて、この日の朝も尋常ならざるところだったのだから」というところ。
この言葉が引用句辞典に収載されているのは、ディケンズの道中もの『ピックウィック・ペーパーズ』がそれほどに不滅の名作であるからか、サム・ウェイラーが小説を飛び出して英語圏の超有名人になっているからか。(ぼくの使った『引用句辞典』は“Speaking, A Dictionary of Quotations on Engineering, technology and Architecture”(C.C Gaither, A.E.C Cavazos-Gaither., 1999)で、“Knowledge”の項に掲載されている。)
'Vell, Sammy,' said the father.
'Vell, my Prooshan Blue,' responded the son, laying down his pen. 'What's the last bulletin about mother-in-law?'
'Mrs. Veller passed a very good night, but is uncommon perwerse, and unpleasant this mornin'. Signed upon oath, Tony Veller, Esquire. That's the last vun as was issued, Sammy,' replied Mr. Weller, untying his shawl.
'No better yet?' inquired Sam.
'All the symptoms aggerawated,' replied Mr. Weller, shaking his head. 'But wot's that, you're a-doin' of? Pursuit of knowledge under difficulties, Sammy?'
'I've done now,' said Sam, with slight embarrassment; 'I've been a-writin'.'
'So I see,' replied Mr. Weller. 'Not to any young 'ooman, I hope, Sammy?'
'Why, it's no use a-sayin' it ain't,' replied Sam; 'it's a walentine.'
'A what!' exclaimed Mr. Weller, apparently horror-stricken
さて翻訳だが、すさまじいCockneyをものともせずに言葉を追うと、
――しかし、お前がそこでしていることは何だね? 困難のもとにあって知識を求めよ、かい、サミー?
父親は息子に「結婚なんてするもんじゃない」と生きた実例で教訓を与えているのに、娘っ子に手紙を書くとは何事ぞ! と驚き呆れている場面なんだが、やはり原作を読んでおかないと難しい。
love_daigo98 訳:
――でも君がやってるそれ何なの? ひょっとして、五十の手習いってやつ? サミー。
――でもさぁ、君がはまってしまってるって、それ何なの? 三日坊主にならなきゃいいけど。石の上にも三年って言うだろう、サミー
これは困った! 課題訳はどうやら「手習い」の方に気をとられてしまった。ここのキーワードはknowledge。古めかしく訳すなら「いかに艱難辛苦あろうとも、めげず知識を探求せよ」になるかな。「苦難覚悟で知識を求めよ」「苦難ありとも知識を求めよ」、砕いて訳せば「知識を得るにゃ艱難辛苦がつきものよ」。「知識」はここでは人生の、つまり結婚のこと。これを現場的に訳すといいのだが。
love_daigo98さん、豊富な語彙の持ち主で、改訳までして挑戦してくれたので「評価」しなければいけないのだけど、今回はゼロ評価だな。(出題が悪かった、とは思うけど、「原典」を示しておいたので、やはり苦労しなければ。翻訳の、これは「原点」だな。)
ラッセルでは頑張った!
もう半世紀も昔だけど、ラッセル(Bertrand Russell、1872~1970)を知らなければインテリじゃなかった。知ってるぞ、とのけぞっているのも小馬鹿にされたけど。
なんといっても英国人で貴族、それに哲学者、数学者、おまけに九十八歳の長寿を得た平和主義者であるというのだから文句ない。いや、だから文句がついたのかな。近頃は忘れられている。
このラッセル卿は素直に、あからさまに『自伝』で青春を綴った。課題文はその自伝の冒頭で彼が昂然として吾輩の人生をうたい上げた言葉。これは引用句辞典からの引用でなく、『工業英語』誌の巻頭言を書いていた70年台に話題になっていた著書で、ぼちぼち読んでいたもの。「課題」はボールド体の部分ですよ。ここもknowledgeがある。そうだ、思い出しぞ、藤岡さん、会社を興したとき、壁面に「無知は犯罪である」とのスローガンを掲げていたっけ。
――Three passions, simply but overwhelmingly strong, have governed my life: the longing for love, the search for knowledge, and unbearable pity for the suffering of mankind. These passions, like great winds, have blown me hither and thither, in a wayward course, over a deep ocean of anguish, reaching to the very verge of despair.
――わが人生を支配したものは、三つの情熱、単純だが圧倒的に強力な情熱で、それは愛への憧れと知識の探求、そして人類の苦難に対する忍びがたい憐みの念である。これらの情熱は、苦悶に満ち満ちた大海原をあちらへこちらへと航路定まらぬまま大風に吹き飛ばされ、ついには絶望の淵へと流されていくかに思えた。
哲学者が「自伝」の冒頭に書いた言葉だから、一語たりと疎かにはできない。さりとて、口語体で訳してはラッセルの「情熱」が伝わらない。どうしよう? というのが訳出するときの思いだ。どんな引用語句も、その部分だけでは訳せない。少なくとも、ラッセルが何者であったか、『自伝』を買わぬまでも、アマゾンなどの【なか身!検索】で調べられるだけ調べてから挑んだ方がいいな。目次と序文は読める。
ヨシノスケさん、頑張ったね
以下、受け付け順にぼくの手元に送ってこられた応募訳をそのまま並べて、コメントをつけてみた。優秀作は「ヨシノスケ」さんだ。図書券溜めて『自伝の世紀』(佐伯彰一、講談社文芸文庫、2001、1600円)を読むといいな。すさまじい日本語(難文)、すさまじい教養。この本を何度か通読すると、「学ぶ」ということがどういうものか分かる、痛切に分かりますよ。名著です。
がーよん訳:
――愛情の渇望,飽くなき探求心,そして苦しみ悩む人々を憐れんで止まぬ我が心情である。
コメント:
ディケンズではpursuit of knowledgeだったけど、ここではsearch. 思想の根は同じだな。やはり「知識の探求」と平凡にするのがいい。「我が心情である」としたのは引用句らしい苦心。
moumou訳:
――愛の探求、知の探求、そして人類の艱難への忍びがたき憐れみ。
コメント:
「憧れ、憧憬、熱望」とmoumouさんの「探求」とは違うな。考え抜いたのだろうけど、藪の中で立ち往生だな。よくできる人なんだろうな。「知」も困るな。後段で「知」について一言しておく。
ヨシノスケ訳:
――愛へのあこがれ、知識の探求、そして人類の苦難に対する耐えがたい哀れみ。
コメント:
これはよかった! なによりも素直。できれば「耐えがたい」を「忍びがたい」とすると、ラッセルの鼓動に迫るのではないかな。
きょん訳:
――愛へのあこがれと知識への探究心、そして人間であるという苦しみに対する哀れみ。
コメント:
後半が変だな。「人間であるという苦しみ」なら、ほかの英語になる。困ったな、どういう英語が適訳かな。
【この質問に答える】※この質問は締め切りました
milka訳:
――愛への憧れ、知の探索、それと、人類の苦しみに対する耐えがたいほどの哀れみ。
コメント:
ヨシノスケさんと似た出来だけど、ここではどうしても「knowledge=知識」は押さえておきたいな。moumouさんも「知」としていたけど、「知識」は「知恵と見識、学び知った内容」で「知」ではない。「耐えがたいほど」も気になる。とくにこうした短文では「ほど」がおかしい。




























